由緒
麻布氷川神社は、天慶年間(938年頃)、清和源氏の祖とされる源経基が天慶の乱を鎮めるため東征した際、武蔵国豊島郡谷盛浅布冠の松、現在の麻布一本松の地に創祀したと伝わる。江戸期には「江戸氷川七社」の一つとして氷川信仰を集め、徳川将軍家の崇敬も篤く、将軍の鷹狩りや遠出の際に参拝されたとされる。二代将軍秀忠の正室・浅井江が安産祈願を行い、三代将軍家光誕生の守護神として崇敬されたとも伝わる。明治4年(1872)には氷川大明神から郷社氷川神社となり、麻布総鎮守として氏子区域を守ってきた。昭和20年(1945)の戦災で社殿を焼失したが、神楽殿・宮神輿庫・手水舎は難を逃れ、昭和23年(1948)に阿部美樹志設計の社殿が再建された。現在は元麻布の高台に鎮座し、多くの大使館がある国際色豊かな地域の鎮守として崇敬を集めている。