滋賀県で開運の神社を選ぶポイント
開運の参拝先を選ぶときは、所在地だけでなく、御祭神・由緒・アクセスを合わせて確認すると巡りやすくなります。滋賀県内で複数の神社を比較し、旅程に合う場所から参拝先を絞り込んでください。
滋賀県で開運のご利益を目的に参拝したい神社を一覧で紹介します。
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創祀年代は不詳。伊勢神道の五部書『倭姫命世記』が伝える元伊勢「甲可日雲宮」を起源とする社伝をもつ古社で、鎮座地の小字にちなみ古くは「上野山天神」「牧村天満宮」と呼ばれた。もとは牧・宮町・黄瀬の三村の氏神であったが、文政5年(1822)に宮町と黄瀬が氏子から離れ、以後は牧の氏神となった。別当寺の天徳寺は明治の神仏分離により廃された。明治9年(1876)に村社に列し、同18年(1885)に現在の社名へ改められた。祭神は天御中主神。本殿は三間社流造・檜皮葺で元禄4年(1691)の建造と伝わり、中世以来の近江の流造本殿の系譜を伝えるものとして国の登録有形文化財となっている。境内には嘉元4年(1306)の刻銘をもつ六角形石灯籠(甲賀市指定文化財)があり、参道を信楽高原鐵道の線路が横切る珍しい景観でも知られる。
創祀年代は不詳。社伝では往古より水の神である彌都波能賣神を祀り、天平13年(741年)に阿波国那賀郡から波爾山比賣命を勧請したと伝える。『延喜式神名帳』に載る式内社で、木津荘の惣社として崇敬され、古くは土生大明神とも称された。現在の本殿は元和10年(寛永元年・1624年)の建立とされる大規模な三間社流造で、古式をよく残す新旭町最古の建築として知られる。明治初年の廃仏毀釈の際には高嶋神威隊の急進派によって多くの社宝が失われ、のちに旧郷社に列した。旧饗庭村と旧新儀村の一部を合わせた17地区の氏神として祀られている。平成30年(2018年)の台風では御神木が倒れて本殿が被害を受けたが、令和4年(2022年)春に復興を果たした。
近江神宮は、天智天皇を祀る大津市の神社。天智天皇が近江大津宮で営んだ政治と文化の遺徳をたたえ、昭和15年に創建された。漏刻による時の制度にちなみ、時の神・かるたの聖地としても知られる。
創祀年代は不詳です。この地の古代豪族・小槻山君の祖神である落別命(於知別命)を祀る式内社で、栗太郡八座の一つに数えられます。小槻氏は奈良時代に宮廷へ采女を出し、平安時代から明治に至るまで千年近く官務家として朝廷に仕えました。『日本三代実録』には貞観5年(863年)に従五位下、元慶6年(882年)に従五位上を授けられた記録があり、『日本紀略』には延喜11年(911年)に従四位下を受けたと見えます。中世には青地庄に拠った近江守護佐々木氏の分流・青地氏が篤く崇敬し、弘安4年(1281年)に青地基氏が本殿内陣の元宮殿を新造、康永年間には正一位の神位授与を朝廷に願い出て許されました。現在の本殿は永正16年(1519年)に青地元真が再建したもので、国の重要文化財に指定されています。配祀の大己貴命は、境内に接していた天台宗音楽寺との関わりから日吉西本宮を勧請合祀したものと推察されています。
社伝によれば白鳳3年に建速須佐之男命を奉斎し、朱鳥元年(686)に大己貴命を合祀したことに始まる古社で、延喜式神名帳に記載される式内社。社名は古代の馬道(うまじ)郷の土豪・石邊君氏の氏神であることに由来する。中世には江州田中荘(吉身・守山など)の総鎮守「田中大明神」「田中天王社」と崇められ、鎮守の森は「天王の森」と呼ばれた。弘仁年間には嵯峨天皇の病気平癒祈願の功により神領などが寄進されたと伝わる。元亀・天正年間の野洲川周辺の戦乱で社殿や神宝を焼失し、江戸時代に再興されたが天明4年(1784)に再び火災に遭い、現社殿は文久2年(1862)の再建。明治9年に村社、明治14年に郷社に列した。祭礼では天下泰平・五穀豊穣を祈る古式踊「豊年踊」が奉納される。
延喜式神名帳に名神大社として載る式内社で、和邇・小野一帯を本拠とした小野氏ゆかりの古社。御祭神は孝昭天皇の第一皇子・天足彦国押人命と、日本で初めて餅をついたと伝わる米餅搗大使主命。推古天皇の御代に遣隋使・小野妹子がこの地に住み、氏神として奉祀したと伝えられる。米餅搗大使主命は「日本餅造の始祖」とされ、餅・菓子づくりの祖神として菓子業者の信仰を集める。11月2日の粢(しとぎ)祭では、神田で収穫した新穀の餅米を生のまま木臼で搗き固めた「しとぎ」を掲げて小野地区を巡り、五穀豊穣を祈る。参道には県下最大級というムクロジの大樹がある。
大同3年(808)、雄琴山上に初めて鎮座したと伝わる。主祭神の大炊神今雄宿禰命は、太政官の実務を代々担った小槻氏の祖で、仁寿元年(851)に功績により雄琴の地を領地として賜った人物。今雄の屋敷から琴の音が聞こえたことが「雄琴」の地名の由来になったとも伝えられる。延長4年(926)に社殿が造営され、正応4年(1291)に配祀神の崇道尽敬天皇・大己貴命が奉遷された。元亀の兵乱で焼失したが、延宝2年(1674)に再建されている。
社伝によれば、天津彦火瓊々杵尊が大龍となって雲中に現れ、また滝池のほとりに火気の尾を垂れたことから、これを祀って「火尾大明神」と号したのが始まりで、滝村・池田村の総社とされた。その後火災が多かったため社号を「檜尾大明神」に改めたと伝わり、火災除け・方除けの神として信仰が厚い。配祀神として菅原道真公・伊邪那岐命・蛭子命・素盞鳴尊・応神天皇を祀る。三間社流造の本殿は滋賀県指定有形文化財で、平成25年(2013)の保存修理工事により朱塗りの姿が復元された。例大祭(もとは4月8日、現在は春分の日)では、五穀豊穣を祈る古式の御田植神事(市指定無形民俗文化財)と猿田彦大神の方除・悪魔除けの神事が氏子により伝承されている。
御祭神は比叡山の山の神である大山咋神。社僧家に伝わる饗庭家文書によれば、保延4年(1138)にこの地の木津荘が比叡山延暦寺の千僧供領となった際に勧請されたのが始まりと伝わる。応永15年(1408)に氏子の争議が起こり、氏子が当社と現在の大國主神社とに二分され、琵琶湖畔に遷座した。江戸時代初期までは両社の例祭を「上の御前祭」「下の御前祭」と称し、上郷・下郷が共同で行っていたという。旧社格は村社で、高島市新旭町深溝の氏神として祀られている。
延喜式神名帳に載る式内社「大荒比古神社」に比定される古社で、明治初年までは河内大明神と称した。祭神は崇神天皇の皇子・豊城入彦命と、その四世孫と伝わる大荒田別命。中世には近江源氏・佐々木一族の崇敬が篤く、出陣に際して神前に戦勝を祈願し、凱旋の御礼として12本の的と12頭の流鏑馬を奉納したことが例祭・七川祭の起源と伝えられる。毎年5月4日の七川祭は奴振りや流鏑馬が繰り広げられる湖西随一の祭礼として知られ、「七川祭の奴振り」は滋賀県選択無形民俗文化財となっている。
厄除・交通安全の神として知られ、征夷大将軍・坂上田村麻呂公を主祭神に、嵯峨天皇・倭姫命を祀る。社伝によれば、垂仁天皇45年に甲可翁が倭姫命の生霊を鎮祭して「高座大明神」と称したのに始まり、弘仁3年(812年)正月、鈴鹿峠の悪鬼を平定した田村麻呂公の遺徳を仰いだ嵯峨天皇の勅により、この土山の地に祀られた。弘仁13年(822年)4月8日に現在地へ遷座し「田村大明神」と称されるようになったと伝わる。近江と伊勢の国境にあたる交通の要衝に鎮座し、かつては東海道が境内を通っていた。現在の本殿は御鎮座1200年記念事業として平成23年(2011年)に造替されたもの。
建部大社は日本武尊を祀る神社。開運招福・厄除けのご利益で知られ、316年(景行天皇46年)伝承に創建された由緒ある神社です。
社伝によると、景行天皇58年に皇子・稲背入彦命が大和国穴師の地に八千矛神を祀ったのが始まりとされる。近江国高穴穂宮への遷都に伴い穴太へ遷り、欽明天皇の御代を経て養老2年(718年)、現在の野洲市五条の地に社殿を造営し鎮座したと伝わる。御祭神の八千矛神は大国主神の別名で、手名椎神・足名椎神を配祀する。延喜式神名帳に名神大社として名を連ねる古社で、近江国屈指の格式を誇り、1915年には県社に列せられた。境内の鳥居と楼門は足利尊氏の寄進と伝えられ、平安時代の作庭とされる池泉回遊式庭園は国の名勝に指定されている。2018年には鎮座1300年の節目を迎えた。
佐久奈度神社は、社伝によれば天智天皇8年(669年)、天智天皇の勅願を受けた中臣金が瀬田川のほとりに祓戸の神々を祀ったことに始まると伝わる。御祭神の瀬織津姫命・速秋津姫命・気吹戸主命・速佐須良姫命は「祓戸四神」と呼ばれ、大祓詞に登場する神々でもあり、罪や穢れを祓い清める神として古くから信仰されてきた。瀬田川の急流があらゆる穢れを押し流す場とされたことから、平安時代には都を守護する「七瀬の祓所」の一つに数えられ、仁寿元年(851年)に名神に列し、延喜式内の名神大社として重んじられた。安土桃山時代から江戸時代にかけては、豊臣家の家臣や膳所藩主からも社領の寄進を受け、「天下の祓所」として崇敬を集めたという。近代には明治9年(1876年)に村社、大正10年(1921年)に県社へ昇格し、昭和39年(1964年)には天ヶ瀬ダムの建設にともない、瀬田川沿いにあった社殿が現在地の高台へと移された。
白鬚神社は、猿田彦命を祀る近江最古級の神社。琵琶湖中の大鳥居で知られ、延命長寿・導きの神として崇敬されてきた。全国に分布する白鬚・白髭・白髯神社の総本社とされる。
長等神社は、天智天皇の御代、西暦667年ごろ近江大津宮の鎮護として長等山岩座谷の霊地に須佐之男命を祀ったことを起源とする。1300年以上の歴史を持ち、大津の町の守護神として崇敬されてきた。
滋賀県に鎮座する神社です。開運のご利益で知られます。
唐崎神社は、日吉大社に縁の深い琵琶湖畔の神社。女別当命を祀り、古くから湖上交通と地域の守護神として崇敬されてきた。唐崎の松で名高く、近江八景「唐崎夜雨」の景勝地としても知られる。
滋賀県に鎮座する神社です。開運のご利益で知られます。
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