滋賀県の神社
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滋賀県の神社一覧
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水尾神社
『延喜式神名帳』の「水尾神社二座(近江国・高島郡)」に比定される式内社で、高島郡では唯一の名神大社。創祀年代は不詳だが、天平神護元年(765年)にはすでに存在した記録がある。社伝によれば、垂仁天皇の皇子で三尾君の祖とされる磐衝別命が猿田彦命の天成神道を学ぶため当地に来住し、朝夕に三尾大明神を遥拝したことから、この地を「拝戸」と称するようになったという。その子の磐城別王が父を三尾山に葬り、磐衝別命を祀る河南社(現在の社地)を創建したと伝える。もう一座の比咩神は継体天皇の母である振姫にあてられ、もとは水尾川を隔てた河北社に祀られていたが、昭和46年(1971年)の台風で社殿が倒壊したため現社地へ遷座した。旧県社。
- 所在地
- 滋賀県高島市拝戸716
- 御祭神
- 磐衝別命、比咩神
菌神社
滋賀県栗東市中沢に鎮座し、意富斗能地神・意富斗乃辨神を祀る。社伝では舒明天皇9年(637)の勧請と伝え、古くは口狭比良(くさひら)大明神と称した。のちに草平大明神と呼ばれ、安土桃山時代からは菌大明神の社号が用いられるようになったという。江戸時代には膳所城主の崇敬が篤く、境内一町四方が除地とされたほか、城主戸田氏が神領三反を寄進し、以後も本多氏・菅沼氏・石川氏ら歴代の城主が神領を安堵した。明治9年(1876)に村社へ列格。現在の本殿は一間社流造で江戸時代中期の建築とされ、拝殿は入母屋造。正月の「おこない」と5月の例祭には特殊神饌が供えられる。境内社として八幡神社と春日神社が鎮座する。
- 所在地
- 滋賀県栗東市中沢1-11-15
- 御祭神
- 意富斗能地神、意富斗乃辨神
萱野神社
大津市大萱、JR瀬田駅のすぐ近くに鎮座する神社。かつては九帝王宮(九帝王社)、九大王社と呼ばれ、神紋は蓑亀を用いる。祭神は第九代・開化天皇(稚日本根子彦大日日天皇)で、九帝王大明神とも称される。社伝によれば、彦坐王命の四世にあたる治田連が淡海の国造としてこの地に住み、土地の開発と人々の暮らしの基盤を築いたのち、治田一族の遠祖である開化天皇の神霊をこの里の守護神として祀ったのが始まりで、雄略天皇6年(462年)のことと伝える。明治の神仏分離を経て、明治3年(1870年)に社号を現在の萱野神社と改めた。長寿・厄除・開運の信仰を集め、瀬田北地区の氏神として親しまれている。
- 所在地
- 滋賀県大津市大萱2丁目21-1
- 御祭神
- 開化天皇
日雲神社
創祀年代は不詳。伊勢神道の五部書『倭姫命世記』が伝える元伊勢「甲可日雲宮」を起源とする社伝をもつ古社で、鎮座地の小字にちなみ古くは「上野山天神」「牧村天満宮」と呼ばれた。もとは牧・宮町・黄瀬の三村の氏神であったが、文政5年(1822)に宮町と黄瀬が氏子から離れ、以後は牧の氏神となった。別当寺の天徳寺は明治の神仏分離により廃された。明治9年(1876)に村社に列し、同18年(1885)に現在の社名へ改められた。祭神は天御中主神。本殿は三間社流造・檜皮葺で元禄4年(1691)の建造と伝わり、中世以来の近江の流造本殿の系譜を伝えるものとして国の登録有形文化財となっている。境内には嘉元4年(1306)の刻銘をもつ六角形石灯籠(甲賀市指定文化財)があり、参道を信楽高原鐵道の線路が横切る珍しい景観でも知られる。
- 所在地
- 滋賀県甲賀市信楽町牧75
- 御祭神
- 天御中主神
波爾布神社
創祀年代は不詳。社伝では往古より水の神である彌都波能賣神を祀り、天平13年(741年)に阿波国那賀郡から波爾山比賣命を勧請したと伝える。『延喜式神名帳』に載る式内社で、木津荘の惣社として崇敬され、古くは土生大明神とも称された。現在の本殿は元和10年(寛永元年・1624年)の建立とされる大規模な三間社流造で、古式をよく残す新旭町最古の建築として知られる。明治初年の廃仏毀釈の際には高嶋神威隊の急進派によって多くの社宝が失われ、のちに旧郷社に列した。旧饗庭村と旧新儀村の一部を合わせた17地区の氏神として祀られている。平成30年(2018年)の台風では御神木が倒れて本殿が被害を受けたが、令和4年(2022年)春に復興を果たした。
- 所在地
- 滋賀県高島市新旭町饗庭3363
- 御祭神
- 波爾山比賣命、彌都波能賣神
近江神宮
近江神宮は、天智天皇を祀る大津市の神社。天智天皇が近江大津宮で営んだ政治と文化の遺徳をたたえ、昭和15年に創建された。漏刻による時の制度にちなみ、時の神・かるたの聖地としても知られる。
- 所在地
- 滋賀県大津市神宮町1-1
- 御祭神
- 天智天皇
小槻大社
創祀年代は不詳です。この地の古代豪族・小槻山君の祖神である落別命(於知別命)を祀る式内社で、栗太郡八座の一つに数えられます。小槻氏は奈良時代に宮廷へ采女を出し、平安時代から明治に至るまで千年近く官務家として朝廷に仕えました。『日本三代実録』には貞観5年(863年)に従五位下、元慶6年(882年)に従五位上を授けられた記録があり、『日本紀略』には延喜11年(911年)に従四位下を受けたと見えます。中世には青地庄に拠った近江守護佐々木氏の分流・青地氏が篤く崇敬し、弘安4年(1281年)に青地基氏が本殿内陣の元宮殿を新造、康永年間には正一位の神位授与を朝廷に願い出て許されました。現在の本殿は永正16年(1519年)に青地元真が再建したもので、国の重要文化財に指定されています。配祀の大己貴命は、境内に接していた天台宗音楽寺との関わりから日吉西本宮を勧請合祀したものと推察されています。
- 所在地
- 滋賀県栗東市下戸山1200
- 御祭神
- 於知別命、大己貴命
- 系統
- 出雲
大鳥神社
社伝では、元慶6年(882年)に伊賀国阿拝郡河合郷の篠山嶽から旧大原の地へ勧請され、のちに現在地へ遷されたと伝わります。神仏習合のもとで天台宗の大原山河合寺が営まれ、子院36院を擁して栄えました。中世には近江守護六角氏の崇敬を受け、河合社・河合祇園社・牛頭天王社などと呼ばれ、氏子からは今も「てんのうさん」と親しまれています。文禄4年(1595年)には花奪神事に豊臣秀吉の墨付きを得たと伝え、元禄2年(1689年)には桂昌院から修繕料が寄進されました。明治元年、旧大原荘の「大」と鳥居野の「鳥」を合わせて大鳥神社と改称。大正5年の火災で本殿を残して社殿を失いましたが、大正9年に氏子の力で復興し、拝殿など7棟が国の登録有形文化財となっています。御神体の素盞嗚命坐像は国の重要文化財です。
- 所在地
- 滋賀県甲賀市甲賀町鳥居野783
- 御祭神
- 素盞嗚尊
- 系統
- 八坂
豊国神社
豊臣秀吉は天正2年(1574)から長浜城と城下町の建設に着手し、約10年にわたり長浜に善政を敷いた。慶長3年(1598)の秀吉逝去後、長浜町民は京都の豊国廟にならって早々に豊国神社を建立したが、徳川政権下では秀吉の神格化が許されず社殿は取り壊され、町役人十人衆が御神像を各家庭に隠して祀り続けた。寛政5年(1793)、彦根藩の許可を得て「えびす宮」を建立し、太閤の御神像をその裏に隠して祀ったのが当社の十日戎の始まりとされる。弘化3年(1846)には豊臣家の一字をとり「豊神社(みのり神社)」と称し、大正9年(1920)にようやく豊國神社の社名に復した。御祭神は豊臣秀吉公・加藤清正公・木村長門守重成公と、えびす宮の八重事代主命。
- 所在地
- 滋賀県長浜市南呉服町6-37
- 御祭神
- 豊国大明神(豊臣秀吉)、事代主大神
- 系統
- 恵比寿
馬路石邊神社
社伝によれば白鳳3年に建速須佐之男命を奉斎し、朱鳥元年(686)に大己貴命を合祀したことに始まる古社で、延喜式神名帳に記載される式内社。社名は古代の馬道(うまじ)郷の土豪・石邊君氏の氏神であることに由来する。中世には江州田中荘(吉身・守山など)の総鎮守「田中大明神」「田中天王社」と崇められ、鎮守の森は「天王の森」と呼ばれた。弘仁年間には嵯峨天皇の病気平癒祈願の功により神領などが寄進されたと伝わる。元亀・天正年間の野洲川周辺の戦乱で社殿や神宝を焼失し、江戸時代に再興されたが天明4年(1784)に再び火災に遭い、現社殿は文久2年(1862)の再建。明治9年に村社、明治14年に郷社に列した。祭礼では天下泰平・五穀豊穣を祈る古式踊「豊年踊」が奉納される。
- 所在地
- 滋賀県守山市吉身4丁目4-1
- 御祭神
- 建速須佐之男命、大己貴命
- 系統
- 出雲
小野神社
延喜式神名帳に名神大社として載る式内社で、和邇・小野一帯を本拠とした小野氏ゆかりの古社。御祭神は孝昭天皇の第一皇子・天足彦国押人命と、日本で初めて餅をついたと伝わる米餅搗大使主命。推古天皇の御代に遣隋使・小野妹子がこの地に住み、氏神として奉祀したと伝えられる。米餅搗大使主命は「日本餅造の始祖」とされ、餅・菓子づくりの祖神として菓子業者の信仰を集める。11月2日の粢(しとぎ)祭では、神田で収穫した新穀の餅米を生のまま木臼で搗き固めた「しとぎ」を掲げて小野地区を巡り、五穀豊穣を祈る。参道には県下最大級というムクロジの大樹がある。
- 所在地
- 滋賀県大津市小野1961
- 御祭神
- 天足彦国押人命、米餅搗大使主命
雄琴神社
大同3年(808)、雄琴山上に初めて鎮座したと伝わる。主祭神の大炊神今雄宿禰命は、太政官の実務を代々担った小槻氏の祖で、仁寿元年(851)に功績により雄琴の地を領地として賜った人物。今雄の屋敷から琴の音が聞こえたことが「雄琴」の地名の由来になったとも伝えられる。延長4年(926)に社殿が造営され、正応4年(1291)に配祀神の崇道尽敬天皇・大己貴命が奉遷された。元亀の兵乱で焼失したが、延宝2年(1674)に再建されている。
- 所在地
- 滋賀県大津市雄琴2丁目10-1
- 御祭神
- 大炊神今雄宿禰命
檜尾神社
社伝によれば、天津彦火瓊々杵尊が大龍となって雲中に現れ、また滝池のほとりに火気の尾を垂れたことから、これを祀って「火尾大明神」と号したのが始まりで、滝村・池田村の総社とされた。その後火災が多かったため社号を「檜尾大明神」に改めたと伝わり、火災除け・方除けの神として信仰が厚い。配祀神として菅原道真公・伊邪那岐命・蛭子命・素盞鳴尊・応神天皇を祀る。三間社流造の本殿は滋賀県指定有形文化財で、平成25年(2013)の保存修理工事により朱塗りの姿が復元された。例大祭(もとは4月8日、現在は春分の日)では、五穀豊穣を祈る古式の御田植神事(市指定無形民俗文化財)と猿田彦大神の方除・悪魔除けの神事が氏子により伝承されている。
- 所在地
- 滋賀県甲賀市甲南町池田54
- 御祭神
- 天津彦彦火瓊々杵尊
阿志都弥神社・行過天満宮
阿志都弥神社は、社殿がなかった上古にこの地の桜の木に木花開耶姫命を勧請し「桜花大明神」と称して祭祀を行ったのが始まりと伝わる式内社で、善積郷の総大社とされた。行過天満宮は、元慶7年(883)に菅原道真が加賀守として赴任する途中に阿志都弥神社へ参詣し、詩を詠んで通り過ぎたという由緒により、道真の曽孫・菅原輔正が長徳4年(998)に「行過天満大神」として勧請建立したものと伝わる。天保14年(1843)に行過天満宮が阿志都弥神社に合祀され、以後両社名を併せて称する。明治14年(1881)に郷社に列した。境内の椎の木は樹齢千数百年ともいわれ、滋賀県指定の自然記念物となっている。
- 所在地
- 滋賀県高島市今津町弘川1707-1
- 御祭神
- 木花開耶姫命、菅原道真公
- 系統
- 天神
日吉二宮神社
御祭神は比叡山の山の神である大山咋神。社僧家に伝わる饗庭家文書によれば、保延4年(1138)にこの地の木津荘が比叡山延暦寺の千僧供領となった際に勧請されたのが始まりと伝わる。応永15年(1408)に氏子の争議が起こり、氏子が当社と現在の大國主神社とに二分され、琵琶湖畔に遷座した。江戸時代初期までは両社の例祭を「上の御前祭」「下の御前祭」と称し、上郷・下郷が共同で行っていたという。旧社格は村社で、高島市新旭町深溝の氏神として祀られている。
- 所在地
- 滋賀県高島市新旭町深溝1460-1
- 御祭神
- 大山咋神
- 系統
- 日吉
宇佐八幡宮
治暦元年(1065)、前九年の役ののち近江国錦織郷に館を構えた源頼義が、九州の宇佐神宮から八幡神(応神天皇)を勧請し、産土神として創建したと伝わる。社地を探していた頼義を神鳩が現れて導いたといい、以来この山は宇佐山と呼ばれるようになった。宇佐山の中腹に本殿と上拝殿、山麓に下拝殿と鳥居があり、「むしはちまん」とも称されて子どもの守り神として信仰される。本殿の両脇には子どもの成長を祈願する土鳩の人形が数多く奉納されている。例祭の「夜まつり」では松明の明かりの中、2基の神輿が上拝殿から下拝殿への急坂を威勢よく下る。平成26年(2014)には創建950年祭が斎行された。
- 所在地
- 滋賀県大津市錦織1-15
- 御祭神
- 八幡大神(応神天皇)
- 系統
- 八幡
大荒比古神社
延喜式神名帳に載る式内社「大荒比古神社」に比定される古社で、明治初年までは河内大明神と称した。祭神は崇神天皇の皇子・豊城入彦命と、その四世孫と伝わる大荒田別命。中世には近江源氏・佐々木一族の崇敬が篤く、出陣に際して神前に戦勝を祈願し、凱旋の御礼として12本の的と12頭の流鏑馬を奉納したことが例祭・七川祭の起源と伝えられる。毎年5月4日の七川祭は奴振りや流鏑馬が繰り広げられる湖西随一の祭礼として知られ、「七川祭の奴振り」は滋賀県選択無形民俗文化財となっている。
- 所在地
- 滋賀県高島市新旭町安井川844
- 御祭神
- 大荒田別命、豊城入彦命
賀茂神社
社伝によれば奈良時代、聖武天皇の勅命により陰陽道の祖とされる吉備真備が災厄を封じる国の中心地としてこの地を選定し、社殿を造営して賀茂皇大神を迎え祀ったのが創建で、約1300年の歴史をもつ。祭神は賀茂建角身命・賀茂玉依比賣命・賀茂別雷命・火雷命。この地は天智天皇が日本で初めて馬の国営牧場を設けた地と伝えられ、「馬の聖地」として馬事関係者の信仰を集める。例祭の賀茂祭では、平安時代に京都・上賀茂神社で始まった競馬会神事を後白河上皇の意により当地でも受け継いだとされる古式競馬「足伏走馬」が奉納される。
- 所在地
- 滋賀県近江八幡市加茂町1691
- 御祭神
- 賀茂建角身命、賀茂玉依比賣命
- 系統
- 八幡
田村神社
厄除・交通安全の神として知られ、征夷大将軍・坂上田村麻呂公を主祭神に、嵯峨天皇・倭姫命を祀る。社伝によれば、垂仁天皇45年に甲可翁が倭姫命の生霊を鎮祭して「高座大明神」と称したのに始まり、弘仁3年(812年)正月、鈴鹿峠の悪鬼を平定した田村麻呂公の遺徳を仰いだ嵯峨天皇の勅により、この土山の地に祀られた。弘仁13年(822年)4月8日に現在地へ遷座し「田村大明神」と称されるようになったと伝わる。近江と伊勢の国境にあたる交通の要衝に鎮座し、かつては東海道が境内を通っていた。現在の本殿は御鎮座1200年記念事業として平成23年(2011年)に造替されたもの。
- 所在地
- 滋賀県甲賀市土山町北土山469
- 御祭神
- 坂上田村麻呂公(正一位田村大明神[注 1])、嵯峨天皇
建部大社
建部大社は日本武尊を祀る神社。開運招福・厄除けのご利益で知られ、316年(景行天皇46年)伝承に創建された由緒ある神社です。
- 所在地
- 滋賀県大津市神領1-16-1
- 御祭神
- 日本武尊
滋賀県で多いご利益
滋賀県の神社一覧から、件数の多いご利益別ページをまとめています。