ご利益

勝負運・必勝祈願の神社

勝負運・必勝祈願で知られる神社を200件掲載。勝負の神様や地域から参拝先を比較できます。代表的な神社は亀戸香取神社です。

勝負運で知られる御祭神

勝負運で有名な神社

茨城県勝負運出世

鹿島神宮

かしま じんぐう

鹿島神宮は武甕槌大神を祀る神社。勝運・必勝祈願のご利益で知られ、紀元前660年(伝承)に創建された由緒ある神社です。

所在地
茨城県鹿嶋市宮中2306-1
御祭神
武甕槌神
千葉県勝負運スポーツ

香取神宮

かとりじんぐう

香取神宮は、千葉県香取市に鎮座する香取信仰の総本社。経津主神を祀り、下総国一宮・勅祭社として篤く崇敬される、勝運・交通安全・災難除けで知られる神宮です。

所在地
千葉県香取市香取1697-1
御祭神
経津主神
系統
香取
大分県開運勝負運

宇佐神宮

うさ じんぐう

宇佐神宮は八幡大神・比売大神を祀る神社。勝運・厄除けのご利益で知られ、725年(神亀2年)に創建された由緒ある神社です。

所在地
大分県宇佐市南宇佐2859
御祭神
応神天皇、比売大神
系統
八幡
京都府厄除け

八坂神社

やさか じんじゃ

八坂神社は素戔嗚尊・櫛稲田姫命を祀る神社。厄除け・疫病退散のご利益で知られ、656年(伝承)に創建された由緒ある神社です。

所在地
京都府京都市東山区祇園町北側625
御祭神
素戔嗚尊、奇稲田姫命
系統
八坂
山形県心願成就開運

上杉神社

うえすぎ じんじゃ

上杉神社は上杉謙信公を祀る神社。開運招福・諸願成就のご利益で知られ、1871年(明治4年)に創建された由緒ある神社です。

所在地
山形県米沢市丸の内1-4-13
御祭神
上杉謙信公、毘沙門天(多聞天)

勝負運の神社一覧

200件中61-80件を表示しています。

東京都勝負運開運

鳥越神社

とりこえじんじゃ

孝徳天皇の白雉2年(651)の創立と伝えられる古社で、日本武尊を祀り、相殿に天児屋根命と東照宮公(徳川家康)を祀る。前九年の役の折、八幡太郎源義家が白い鳥に浅瀬を教えられて軍勢を無事に渡すことができたことから、「鳥越大明神」の社号を奉ったと伝わる。御鎮座1350年を超える下町の古社で、例大祭の鳥越祭に渡御する千貫神輿は都内随一の重さといわれ、提灯を灯した幻想的な宮入りで知られる。

所在地
東京都台東区鳥越2-4-1
御祭神
日本武尊
系統
熱田
東京都勝負運厄除け

鷲神社

わしじんじゃ

鷲神社は東京都足立区島根に鎮座し、主祭神の日本武尊は『子育てわし大明神』とも称される。相殿には誉田別命(安産福徳の神)・国常立命(国土主宰の神)を祀り、須佐之男命・天照大御神もあわせて奉斎する。かつてこの一帯は海岸線に近く、島の根のような地形をなしていたことから『浮島明神』とも呼ばれ、ご祭神が船でこの地に着いたという伝承が残る。文保2年(1318)に中興されたと伝わり、応永年間の文書には足利将軍家からの寄進が記されている。元禄8年(1695)には村内に点在していた七つの祠のうち八幡社・明神社の二柱が合祀され、享保元年(1716)には8代将軍徳川吉宗が鷹狩りの途中に立ち寄ったとも伝えられている。

所在地
東京都足立区島根4-25-1
御祭神
日本武尊、誉田別命
系統
八幡
三重県勝負運厄除け

津八幡宮

つはちまんぐう

建武年間(1334〜38)に山城国男山の石清水八幡宮の分霊を垂水村千歳山に勧請したのが起源と伝わる。津藩2代藩主・藤堂高次が鷹狩の際に当社で雨宿りをした縁で崇敬を寄せ、寛永9年(1632)正月に藤方村の現在地へ社殿を遷して造営し、藩祖・藤堂高虎の神霊も合祀された。寛永21年(1644)には垂水村・藤方村のうちから300石が神領として寄進されている。御祭神は応神天皇・神功皇后で、相殿に住吉大神・藤堂高虎公を祀る。寛永12年(1635)に始まった当宮の祭礼が津まつりの起こりとされ、城下町津の伝統行事として今日まで続いている。

所在地
三重県津市藤方2339
御祭神
応神天皇、神功皇后
系統
八幡
奈良県勝負運厄除け

手向山八幡宮

たむけやまはちまんぐう

天平勝宝元年(749)、東大寺の大仏(盧舎那仏)造立にあたり、豊前国(現・大分県)の宇佐八幡宮から勧請され、東大寺の鎮守社とされた古社。御祭神は応神天皇・姫大神・仲哀天皇・神功皇后・仁徳天皇。現在の本殿は元禄4年(1691)の再建と伝わる。東大寺に隣接する手向山の麓に鎮座し、古くから紅葉の名所として知られる。毎年10月5日には勧請ゆかりの祭事である転害会(てがいえ)が行われ、東大寺転害門でも神事が営まれる。

所在地
奈良県奈良市雑司町434
御祭神
応神天皇、姫大神
系統
八幡
宮城県勝負運交通安全

多賀神社

たがじんじゃ

陸奥国多賀郷の中心地にあたる多賀城(陸奥国府)の鎮護の地に鎮座し、社伝では近江の江州多賀神社の神を遷し祀ったことに始まると伝わる古社。延喜の制では国幣小社に列したとされる。明治5年(1872)5月に村社に列格し、明治41年・44年には周辺の複数の神社を合祀した。昭和40年(1965)に境内一円が国の特別史跡に指定されたことに伴い社殿を隣接地へ移築し、現在の神明造の社殿は平成13年(2001)4月15日に完成した。宮城県神社庁は御祭神を武甕槌命と伝えている。

所在地
宮城県多賀城市高崎1-14-13
御祭神
武甕槌命、経津主命
系統
香取
島根県厄除け病気平癒

佐太神社

さだじんじゃ

『出雲国風土記』に「佐太御子社」、『延喜式』神名帳に「佐陁大社」と記される古社で、出雲国二宮、また出雲国三大社の一つに数えられてきました。主祭神の佐太御子大神は出雲国で最も尊いとされる四大神の一柱で、猿田彦大神と同神とされます。大社造の社殿が三殿並び立つ姿が特徴で、北殿に天照大神、南殿に素盞嗚尊を祀ります。中世には伊弉冉尊の陵墓と伝わる比婆山の神を遷し祀ったとされ、旧暦10月に母神をしのんで八百万の神々が集うという信仰から「神在の社」とも称されてきました。最盛期には神領7千貫、神職224人を擁し、年間70余度の祭礼を行ったと伝えます。江戸時代は出雲10郡のうち3郡半の神社を統べる「佐陀触下」の中心として藩主の崇敬を受けましたが、明治3年の触下制度廃止で衰退し、昭和3年に国幣小社に列せられて復興しました。

所在地
島根県松江市鹿島町佐陀宮内73
御祭神
正殿:佐太御子大神、北殿:天照大神
系統
八坂
神奈川県勝負運厄除け

鶴嶺八幡宮

つるみねはちまんぐう

長元3年(1030)、源頼義が下総の乱平定に際し、懐島郷(現在の茅ヶ崎)に石清水八幡宮を勧請したのが創祀と伝わり、源氏が関東進出の第一歩として祀った最初の氏神社とされる。康平6年(1063)に頼義が鎌倉に鶴岡八幡宮の前身を建立すると、当宮は「本社八幡宮」と呼ばれた。弘安4年(1281)の蒙古襲来に際しては退散の祈祷が行われ、これにちなむ「晦日祭」が例祭として伝わった。江戸時代には徳川幕府から朱印地の寄進を受け、昭和9年(1934)に郷社に列格。祭神は応神天皇・仁徳天皇・佐塚大神で、菅原道真を合祀する。

所在地
〒 253-0086神奈川県茅ヶ崎市浜之郷462
御祭神
応神天皇、仁徳天皇
系統
八幡
熊本県勝負運厄除け

西岡神宮

にしおかじんぐう

和銅6年(713)、元明天皇の御代に宇土の総鎮護として創建されたと伝わる古社。当初は春日大神と住吉大神を祀り、平安時代の1048年に八幡大神を合わせ祀って「三宮大明神」と称され、今も「三宮さん」の名で親しまれる。天正16年(1588)、キリシタン大名であった宇土城主・小西行長により社殿を焼かれたが、慶長6年(1601)に加藤清正が現在地に再興し、その後は肥後熊本藩主細川家代々の保護を受けた。明治4年(1871)に西岡神宮と改称。境内には神の宿る岩「磐座 百官石」があり、例祭で奉納される御獅子舞は熊本県指定の無形民俗文化財となっている。

所在地
熊本県宇土市神馬町694
御祭神
一之宮(春日大神)、二之宮(八幡大神)
系統
八幡
大阪府勝負運厄除け

百舌鳥八幡宮

もずはちまんぐう

主祭神に応神天皇を祀る。社伝によれば、神功皇后が三韓征討の帰途にこの地で万代までも鎮まり天下泰平を守ろうと誓願し、のちの欽明天皇の御代に八幡大神の宣託を受けて地を万代(もず)と称し、神社を創建したのが始まりと伝わる。平安時代には京都・石清水八幡宮の和泉国万代別宮として栄え、社僧四十八ヵ寺を擁した。江戸時代には歴代の大坂城代が就任時に必ず参拝したといわれ、徳川家から葵紋の使用を許された。秋には例大祭に合わせて氏子各町からふとん太鼓が奉納され、大いに賑わう。

所在地
大阪府堺市北区百舌鳥赤畑町5-706
御祭神
応神天皇、神功皇后
系統
八幡
山口県勝負運厄除け

忌宮神社

いみのみやじんじゃ

第14代仲哀天皇が熊襲平定のため西下した際にこの地に豊浦宮を興し、7年間政務を執ったと伝わる。天皇崩御ののち、新羅征討から帰った神功皇后が天皇の神霊を豊浦宮の地に鎮祭したのが創祀とされる。社名の「忌」は「斎」と同義で、極めて神聖・清浄な宮を意味する。仲哀天皇・神功皇后・応神天皇を祀る延喜式内社で、古くから文武の神・安産の神として崇敬され、城下町長府の中心に鎮座する。

所在地
山口県下関市長府宮の内1-18
御祭神
仲哀天皇、神功皇后
系統
八幡
鳥取県出世勝負運

鳥取東照宮

とっとりとうしょうぐう

慶安3年(1650)、鳥取藩初代藩主・池田光仲の創建。光仲は慶安元年(1648)の初入国後に曽祖父・徳川家康の33年忌法要を営み、幕府の許可を得て日光東照宮の分霊を樗谿(おうちだに)の地に勧請した。祭神は東照大権現(徳川家康)で、のちに藩主池田家の忠継・忠雄・光仲・慶徳を合祀している。明治7年(1874)に樗谿神社と改称し、平成23年(2011)に旧称の鳥取東照宮に復した。本殿・拝殿などの主要社殿は江戸時代初期の神社建築として国の重要文化財に指定され、本殿には左甚五郎作と伝わる鷹の彫刻がある。承応元年(1652)の祭礼行列に登場した麒麟獅子舞は、因幡・但馬地方の約150の神社に受け継がれる伝統芸能の始まりと考えられている。

所在地
鳥取県鳥取市上町87
御祭神
東照大権現
系統
日光
千葉県勝負運厄除け

鶴谷八幡宮

つるがやはちまんぐう

平安時代初期、安房国の総社として現在の南房総市府中に創建されたと伝わる。鎌倉時代、総社信仰の衰えと源氏による八幡信仰の高まりを受けて八幡宮に改められ、現在地へ遷座した。中世には里見氏、江戸時代には徳川幕府の崇敬を受け、社殿の造営や社領の寄進を得た。本殿は享保5年(1721)に造営されたが、大正12年(1923)の関東大震災で拝殿とともに倒壊し、昭和7年(1932)に再建された。拝殿の向拝天井には、慶応2年(1866)に安房の彫工・初代後藤義光が手がけた彫刻「百態の龍」がある。昭和15年(1940)に県社に列格し、昭和51年(1976)に現社名に改称。9月の例祭「やわたんまち」(安房国司祭)は国司祭の伝統を受け継ぐ房州最大の祭りで、千葉県指定無形民俗文化財となっている。

所在地
千葉県館山市八幡68
御祭神
品陀和気命、帯中津彦命
系統
八幡
愛知県勝負運厄除け

足助八幡宮

あすけはちまんぐう

社伝では天武天皇の白鳳2年(673)の創建と伝わる古社で、祭神は品陀和気命(応神天皇)ほかを祀る。「足を助ける」に通じる社名から、古くから足・旅・交通安全の守護神として信仰されてきた。室町時代の文正元年(1466)に建立された本殿は三間社流造・檜皮葺で、明治40年に特別保護建造物(現在の国指定重要文化財)に指定された。慶長17年(1612)奉納の絵馬「鉄砲的打図板額」は火縄銃を描いた全国的にも希少なもので、文化財に指定されている。例大祭の足助まつりは4台の山車と火縄銃の実演で知られる。

所在地
愛知県豊田市足助町宮ノ後13
御祭神
品陀和気命
系統
八幡
滋賀県勝負運厄除け

宇佐八幡宮

うさはちまんぐう

治暦元年(1065)、前九年の役ののち近江国錦織郷に館を構えた源頼義が、九州の宇佐神宮から八幡神(応神天皇)を勧請し、産土神として創建したと伝わる。社地を探していた頼義を神鳩が現れて導いたといい、以来この山は宇佐山と呼ばれるようになった。宇佐山の中腹に本殿と上拝殿、山麓に下拝殿と鳥居があり、「むしはちまん」とも称されて子どもの守り神として信仰される。本殿の両脇には子どもの成長を祈願する土鳩の人形が数多く奉納されている。例祭の「夜まつり」では松明の明かりの中、2基の神輿が上拝殿から下拝殿への急坂を威勢よく下る。平成26年(2014)には創建950年祭が斎行された。

所在地
滋賀県大津市錦織1-15
御祭神
八幡大神(応神天皇)
系統
八幡
秋田県勝負運交通安全

古四王神社

こしおうじんじゃ

社伝によれば、崇神天皇の御代に四道将軍の大彦命が北方鎮護のため武甕槌命を祀り、のち斉明天皇の御代に阿倍比羅夫が大彦命を合祀して「越王(こしおう)」と称したのに始まると伝わる。古代には秋田城の鎮守とされ、中世以降は四天王信仰と習合して古四王大権現と称した。江戸時代には秋田藩主佐竹氏から社領60石を寄進されるなど厚い崇敬を受け、明治15年(1882)に国幣小社に列格した。祭神は武甕槌命・大彦命。例祭では、その年の豊凶を占う「糊付矛」の特殊神事が伝わる。

所在地
秋田県秋田市寺内児桜一丁目55-5
御祭神
大彦命、武甕槌命
系統
鹿島
新潟県勝負運厄除け

府中八幡宮

ふちゅうはちまんぐう

創建は養老4年(720)とも貞観12年(870)とも伝えられ、宇佐八幡宮または石清水八幡宮から分霊を勧請したのに始まるとされる。越後国府の地にあって歴代国司の崇敬を受け、越後の総社と位置づけられてきた古社である。中世には上杉氏の崇敬を受けたが御館の乱の戦火で焼失し、寛永9年(1632)に高田藩主松平光長により再建された。祭神は誉田別尊。上越市指定文化財の鰐口や府中八幡宮文書が伝わり、直江津の歴史を今に伝えている。

所在地
新潟県上越市西本町3-5-15
御祭神
誉田別尊
系統
八幡
京都府勝負運厄除け

若宮八幡宮社

わかみやはちまんぐうしゃ

天喜元年(1053)、後冷泉天皇の勅願により源頼義が六条醒ヶ井に創建したと伝わる。応仁の乱で荒廃した後は社地を転々とし、慶長10年(1605)に現在の五条坂へ移った。現社殿は承応3年(1654)の再建。祭神は応神天皇・仲哀天皇・神功皇后で、相殿に仲恭天皇と陶祖神・椎根津彦命を祀る。昭和24年(1949)、清水焼発祥の地である五条坂の土地柄から椎根津彦命が合祀され、以後「陶器神社」の通称で親しまれる。毎年8月には大祭とあわせて陶器祭が行われ、五条坂一帯が陶器市で賑わう。

所在地
京都府京都市東山区五条橋東五丁目480
御祭神
応神天皇、仲哀天皇
系統
八幡
岡山県勝負運厄除け

牛窓神社

うしまどじんじゃ

瀬戸内海を見下ろす牛窓の丘に鎮座し、牛窓八幡宮とも呼ばれる。もとは牛窓の土地の神霊と祖先の神霊を祀って牛窓明神と称したが、平安時代の長和年間(1012〜16)に教円大徳が豊前の宇佐八幡宮から応神天皇・神功皇后・比賣大神・武内宿禰命の神霊を迎えて牛窓八幡宮となったと伝わる。明治6年(1873)に郷社に列せられ、現社名に改められた。東備の鎮守として崇敬され、10月第4日曜の秋季例祭では神輿が町内のお旅所を巡り、船型のだんじりが練り歩く。末社の疫神社では唐子踊、御霊社では太刀踊が奉納される。牛窓海水浴場の横から長い石段の表参道が続く。

所在地
岡山県瀬戸内市牛窓町牛窓2147
御祭神
応神天皇、神功皇后
系統
八幡
長野県勝負運厄除け

芋川神社

いもがわじんじゃ

起源は不詳だが、古くから天照大御神を祀り、芋川地区の総社として崇敬されてきた旧村社。明治40年(1907)には前年の神社合祀に伴い境内を拡張し、本殿と祝詞殿の間に芋川用水を通して同年9月に遷宮の儀式が行われた。平成11年(1999)9月の不審火で幣殿・祝詞殿・拝殿・社務所の4棟を焼失したが、同年12月、諏訪大社下社春宮から御柱祭に合わせて建て替えられる御宝殿の用材を譲り受けて本殿が再建され、平成17年(2005)には拝殿も再建された。祭神は天照大御神・健御名方富命・誉田別尊など9柱。

所在地
長野県上水内郡飯綱町大字芋川
御祭神
天照大御神、健御名方富命
系統
八幡
熊本県勝負運厄除け

豊福阿蘇神社

とよふくあそじんじゃ

伝承では永承2年(1047)、関白藤原道隆が八幡神を祀って創建したのが始まりとされる。鎌倉時代に阿蘇氏の勢力下に入って阿蘇神社・甲佐神社の二社が合祀されて三宮社となり、古くは「阿蘇三社大明神宮」「三宮大明神」とも呼ばれた。しだいに主神である八幡神よりも阿蘇神社としての性格が強まり、現在は阿蘇十二神と八幡大神を祀る。創建の頃に寄進された社領は豊臣秀吉により没収されたと伝わる。旧薩摩街道沿いに鎮座し、明治5年(1872)に郷社に列した。

所在地
熊本県宇城市松橋町豊福503
御祭神
阿蘇十二神、八幡大神
系統
八幡

勝負運神社を都道府県から探す

47都道府県から、勝負運に関連する神社を地域別に探せます。

勝負運とは

勝負運は、試合・受験・仕事の競争など、勝負どころで力を発揮するためのご利益。武神を祀る神社や、戦国武将ゆかりの神社が強いとされ、スポーツ選手・受験生・ビジネスパーソンまで幅広い層が祈願に訪れます。

武神の系譜と勝負信仰

勝負運の信仰の根源は「武神(たけがみ)」信仰。神話で国譲り交渉の先鋒を務めた武甕槌神(タケミカヅチ)と経津主神(フツヌシ)が双璧で、平安・鎌倉以降の武家は合戦前に鹿島・香取の武神に必勝祈願を捧げる慣わしがありました。戦国武将(信長・秀吉・家康)も出陣前に各地の武神社を参拝しており、勝負事の前に神に誓う伝統は現代のスポーツ大会前参拝へと受け継がれています。

代表的な勝負運神社(地域別)

関東: 鹿島神宮(茨城・武甕槌神)、香取神宮(千葉・経津主神)、鶴岡八幡宮(鎌倉・応神天皇) 京都: 建勲神社(織田信長を祀る)、豊国神社(豊臣秀吉を祀る) 大阪: 露天神社、難波八阪神社 九州: 宇佐神宮(全国八幡宮の総本社)

勝負運祈願のシーン別使い分け

スポーツ: 試合・大会前に必勝祈願。チームで一緒に参拝するケースも 受験: 入試前日〜1週間前に。学業成就(日々の勉強)+ 勝負運(本番の力発揮)で二重祈願が効果的とされる ビジネス: 大商談・コンペ・交渉の前。プレゼン前夜に参拝する人も 選挙・昇進試験: 競争に勝つ意味合いで勝負運が向く

参拝のポイント

大切な試合・試験・商談の前(3日〜1週間前)に参拝するのが基本。「ここ一番の勝負前」に必勝祈願を受け、お守りを本番に持参します。初穂料は5,000〜10,000円。勝守(かちまもり)・必勝守を授与する神社が多く、チームTシャツやユニフォームを持参して一緒に祈祷を受けるグループも。 鹿島神宮・香取神宮は「鹿島立ち」と言い、旅立ち・新たな挑戦の前に参拝する伝統が古来から続きます。本番後は必ずお礼参りを忘れずに。

よくある質問

勝負運と仕事運はどう違いますか?

勝負運は「対戦相手や競争に勝つ短期の運」、仕事運(商売繁盛・出世)は「日々の仕事・キャリア全体の繁栄」を扱います。コンペ・商談・試合は勝負運、昇進計画・事業展開は出世・商売繁盛が向いています。

受験には学業成就と勝負運どちらが良いですか?

目的が異なるので両方が効果的です。学業成就(天神社)は日々の勉強・知識習得の神様、勝負運(武神社)は入試本番で持てる力を最大限発揮するための神様。受験シーズンに両方を参拝する受験生は多くいます。

スポーツの大会前に参拝するベストなタイミングは?

大会の3日〜1週間前が一般的。前日は緊張が高まる時期なので、心を落ち着けてから参拝するのが良いとされます。チームで揃って参拝する場合は、2〜3週間前の練習の合間が現実的です。

勝負守はいつまで持っていれば良いですか?

目標の勝負が終わったらお礼参りをして返納するのが基本。次の大会・試験に向けて新しいお守りをいただく形が伝統的です。長くても1年を目安に。

試合・試験で負けた場合、お礼参りは必要ですか?

必要です。結果に関わらず「お守りを持たせてくれたこと、一生懸命できたこと」への感謝をお伝えするのが神道の作法。「次の機会の祈願」のついでに前回のお礼参りをする形が現実的です。

鹿島神宮と香取神宮はどちらが勝負運に強いですか?

どちらも日本屈指の武神の聖地です。武甕槌神(鹿島)と経津主神(香取)は古来「二神一体」で崇敬されており、両社セットで参拝する「鹿島・香取詣り」が関東武士の習慣でした。可能なら両方参拝するのが理想です。

勝負への執着が強すぎる祈りは神様に届きますか?

「相手を蹴落としたい」「なんとしても勝ちたい」という執着より、「自分の全力を出せますように」「日頃の鍛錬を本番で発揮できますように」という真摯な祈りが神様には届くとされます。プロスポーツ選手も「感謝と謙虚さ」を基本にした祈りを大切にしています。