伊弉諾尊を祀る神社
日本の国土と神々を生んだ男神。夫婦和合・縁結びのご利益がある。 代表的な神社としては多賀大社、三峯神社、白山神社などが挙げられます。 代表社としては多賀大社や伊弉諾神宮が特に有名で、国生み神話の男神として重んじられます。
伊弉諾尊とは?
日本の国土と神々を生んだ男神。夫婦和合・縁結びのご利益がある。 代表的な神社としては多賀大社、三峯神社、白山神社などが挙げられます。 代表社としては多賀大社や伊弉諾神宮が特に有名で、国生み神話の男神として重んじられます。
伊弉諾尊を祀る有名な神社
有名神社を中心に、大社・一宮・総鎮守など比較の起点にしやすい神社をまとめます。
多賀大社
多賀大社は伊邪那岐大神・伊邪那美大神を祀る神社。延命長寿・縁結びのご利益で知られ、神代(古事記等)に創建された由緒ある神社です。
- 所在地
- 滋賀県犬上郡多賀町多賀604
- 御祭神
- 伊弉諾尊、伊弉冉尊
伊弉諾神宮
伊弉諾神宮は、伊弉諾尊と伊弉冉尊を祀る淡路国一宮。国生み神話で淡路島を生んだ伊弉諾尊が余生を過ごした幽宮の旧跡と伝えられる。古くから国生みの島・淡路を象徴する神社として崇敬されてきた。
- 所在地
- 兵庫県淡路市多賀740
- 御祭神
- 伊弉諾尊、伊弉冉尊
- 系統
- 多賀
会津総鎮守 伊佐須美神社
伊佐須美神社は伊弉諾尊・伊弉冉尊・大毘古命・建沼河別命を祀る岩代国一之宮・会津総鎮守。延喜式の名神大社に列し、国幣中社を経て、現在も会津を代表する古社として崇敬されています。
- 所在地
- 福島県大沼郡会津美里町字宮林甲4377
- 御祭神
- 伊弉諾尊、伊弉冉尊
- 系統
- 多賀
小野神社
武蔵国一之宮を称する古社で、公式サイトの由緒では安寧天皇18年2月の鎮座と伝える。主祭神は武蔵国開拓の祖神である天下春大神、瀬織津比咩大神、稲倉魂大神の三柱。元慶8年(884年)に正五位上の神階を授けられ、延喜式神名帳には武蔵国八座の一社として載る。国府の近くにあったことから国司や住民の崇敬が篤く、総社六所宮創建の際には東殿第一の席を与えられて一之宮と称されたという。鎌倉末から戦国期にかけて戦乱と多摩川の洪水で荒廃したが、棟札によれば慶長14年(1609年)に徳川二代将軍によって造営再興された。明治の神仏分離で文珠菩薩を移座し郷社に列格。大正15年の失火で社殿を焼失したが昭和2年に本殿・拝殿を再建し、昭和39年に随身門、昭和49年に末社の再建を終えている。
- 所在地
- 東京都多摩市一ノ宮1丁目18-8
- 御祭神
- 天下春命、瀬織津比咩命
- 系統
- 稲荷
伊弉諾尊を祀る神社一覧
20件中1-20件を表示しています。
総社神社
讃岐国の総社として坂出市林田町に鎮座します。古代の国司は着任すると国内の神社を順に巡拝する定めでしたが、その負担を軽くするため国府の近くに国内の神々をまとめて祀る総社が置かれるようになり、当社もその一つです。社伝では延長4年(926年)の創建と伝えられ、伊弉諾尊・伊弉冊尊のほか讃岐国中の大小の神々を合わせ祀ります。中世以降は兵火にたびたび見舞われ、嘉慶年間(1387〜1389年)に社殿を失った後、明徳元年(1390年)に讃岐守護の細川頼之が再建しました。天文20年(1551年)には三好氏の一族によって再興されましたが、天正年間(1573〜1592年)に再び焼失し、慶長2年(1597年)に社殿が建て直されています。近代の社格は郷社でした。
- 所在地
- 香川県坂出市林田町3001
- 御祭神
- 伊弉諾尊、伊弉冊尊
東天神社
兵庫県神社庁の由緒によれば、天平年間に行基が昆陽池をはじめ猪名野笹原一帯を開拓した際、その事業成就を祈願する場として設けられたと伝わる神社です。昆陽村の東の氏神にあたり、市場町・辻町・大工町・中町・東町を氏子の範囲としてきました。昆陽村にはもう一つの氏神として西天神社があり、東西で対をなしています。祭神の伊弉諾尊・伊弉冊尊は夫婦神で万物を生んだ祖神とされることから、息災延命長寿の信仰を集めてきました。境内手前には「左 中山 三田 小濱 有馬」「右 大坂 尼ヶ崎」と刻まれた角柱型の道標が立ち、本殿の背後には「庚申祭所」と刻まれた昆陽村の庚申碑の一つが祀られています。
- 所在地
- 兵庫県伊丹市昆陽4-1
- 御祭神
- 伊弉諾尊、伊弉冊尊
- 系統
- 天神
小野神社
武蔵国一之宮を称する古社で、公式サイトの由緒では安寧天皇18年2月の鎮座と伝える。主祭神は武蔵国開拓の祖神である天下春大神、瀬織津比咩大神、稲倉魂大神の三柱。元慶8年(884年)に正五位上の神階を授けられ、延喜式神名帳には武蔵国八座の一社として載る。国府の近くにあったことから国司や住民の崇敬が篤く、総社六所宮創建の際には東殿第一の席を与えられて一之宮と称されたという。鎌倉末から戦国期にかけて戦乱と多摩川の洪水で荒廃したが、棟札によれば慶長14年(1609年)に徳川二代将軍によって造営再興された。明治の神仏分離で文珠菩薩を移座し郷社に列格。大正15年の失火で社殿を焼失したが昭和2年に本殿・拝殿を再建し、昭和39年に随身門、昭和49年に末社の再建を終えている。
- 所在地
- 東京都多摩市一ノ宮1丁目18-8
- 御祭神
- 天下春命、瀬織津比咩命
- 系統
- 稲荷
西天神社
兵庫県伊丹市昆陽北に鎮座し、伊弉諾尊を主祭神、伊弉冊尊を配祀神として祀る。創立年代は明らかでないが、明治6年(1873)に村社へ列格したことが記録されている。国道171号に沿った一帯、住友電工の西側に広がる社叢の中に鎮座する。同じ昆陽の地には東天神社(伊丹市昆陽4-1)も鎮座しており、いずれも兵庫県神社庁の包括神社として登録されている。
- 所在地
- 兵庫県伊丹市昆陽北1-128
- 御祭神
- 伊弉諾尊、伊弉冊尊
- 系統
- 天神
村山浅間神社
富士山における修験道、いわゆる村山修験の中心地として栄えた神社です。社伝では孝昭天皇2年に富士山中腹の水精ヶ岳に創建され、大宝元年(701年)に現在地へ遷ったと伝えられます。平安時代末の末代上人に連なる修行者たちがこの地に寺院を営み、興法寺として神仏習合の霊場を形づくりました。戦国時代の初めには駿河を領した今川氏の庇護を受け、江戸時代には池西坊・辻之坊・大鏡坊の村山三坊が興法寺とともに大宮・村山口登拝道と山頂の大日堂を管理しています。明治の神仏分離により興法寺は廃されて神社として存続し、大正13年(1924年)に県社へ昇格しました。2013年には「富士山-信仰の対象と芸術の源泉」の構成資産として世界文化遺産に登録されています。境内には修験者や登拝者が身を清めた水垢離場が残ります。
- 所在地
- 静岡県富士宮市村山1151
- 御祭神
- 木花開耶姫命、大山祗命
- 系統
- 浅間
長滝白山神社
霊峰白山を神体山と仰ぐ白山信仰の美濃側の拠点で、白山三馬場のうち「美濃馬場」と呼ばれた地に鎮座する。社伝では養老元年(717年)に泰澄が白山に登拝し、白山中宮長瀧寺を開いたのが始まりとされる。天長5年(828年)に法相宗から天台宗へ改まり、同9年には加賀の白山本宮、越前の平泉寺とともに白山三馬場の一つに数えられた。中世には1万3千石の神領と多数の坊院を擁して隆盛し、全国から信仰者が集まった。明治の神仏分離により長滝白山神社と長瀧寺に分かれ、明治32年(1899年)の大火で多くの建物を失ったが、神仏習合時代の旧観を残す同一境内に両者が並び、国指定の重要無形民俗文化財「長滝の延年」をはじめ多くの文化財を伝えている。
- 所在地
- 岐阜県郡上市白鳥町長滝字杉山91
- 御祭神
- 伊弉諾尊、伊弉冉尊
- 系統
- 白山
鴨神社
高槻市西部の赤大路町に鎮座する式内社の論社で、旧社格は村社。創建年代は不詳である。社伝では、この地に先住した鴨氏の一族が祖神を祀ったのが始まりで、のちに渡来系の三島氏が勢力を伸ばしたと伝える。『延喜式』神名帳にみえる摂津国島下郡の「三島鴨神社」について、『大阪府神社明細帳』の記述などから当社をこれにあてる説があり、同じ高槻市の三島江に鎮座する三島鴨神社とともに論社とされている。主祭神は山を司る大山積命で、ほかに伊弉諾尊・伊弉冉尊・鴨御祖大神を祀る。近隣の子安天満宮とあわせて管理されており、地鎮祭や初宮参り、七五三、安産、厄除といった祈祷を受け付けている。
- 所在地
- 大阪府高槻市赤大路町42-3
- 御祭神
- 大山積命、伊弉諾尊
- 系統
- 賀茂
東天神社
伊丹市の昆陽(こや)に鎮座し、昆陽村の東の氏神として崇敬されてきた神社。社伝では天平年間(729〜749年)に僧・行基が昆陽池と周辺の原野を開いた際、事業成就を祈願して創建されたと伝わる。昆陽村には東西二つの天神社があり、当社は市場町・辻町・大工町・中町・東町を氏子域とし、西天神社と対をなしていた。祭神は伊弉諾尊と伊弉冊尊で、万物を生み出した祖神として信仰を集める。門前には角柱型の道標が立ち、南面に「左 中山 三田 小濱 有馬」、西面に「右 大坂 尼ヶ崎」と刻まれ、有馬へ向かう街道の分岐点であったことを今に伝える。本殿の背後には昆陽村の庚申碑の一つも祀られており、これらの石造品は伊丹市の文化財として紹介されている。現在の本殿は1970年(昭和45年)に鉄筋コンクリート銅板葺で改築されたもの。
- 所在地
- 兵庫県伊丹市昆陽4丁目1番地
- 御祭神
- 伊弉諾尊、伊弉冊尊
- 系統
- 天神
檜原神社
三輪山の北西麓、山の辺の道沿いに鎮座する大神神社の摂社。社伝では、崇神天皇の御代に、それまで宮中に祀られていた天照大御神を皇女の豊鍬入姫命に託して倭笠縫邑に遷し、磯城神籬を立てて祀ったのが当社の始まりと伝え、「元伊勢」と呼ばれている。天照大御神はその後、永久の鎮座地を求めて各地を巡り、垂仁天皇の代に伊勢の五十鈴川上流に鎮まったとされ、これが伊勢神宮内宮の創祀と伝えられる。本殿も拝殿も設けず、三ツ鳥居(三輪鳥居)を通して御神座を拝するという、本社の大神神社と共通する古い祭祀の形を今に伝えている。『延喜式』神名帳の大和国城上郡「巻向坐若御魂神社」の論社ともされ、末社の豊鍬入姫宮には豊鍬入姫命を祀る。
- 所在地
- 奈良県桜井市三輪1422
- 御祭神
- 天照大神若御魂神、伊弉諾尊
多賀神社
天慶元年(938)、武蔵介に任ぜられた源経基が国土豊穣・万世安穏を祈願するため、近江の多賀大社から分祀し勧請したと伝わる。文応元年(1260)には北条時頼が巡行の折にこの地で病に倒れ、古鏡を奉納して祈願したところ治癒したことから、社領七反歩を寄進して祈願所としたという。祭神は伊弉諾尊・伊弉冊尊の夫婦神で、良縁成就や子孫繁栄などの御神徳で知られる。明治26年(1893)に郷社へ昇格。新選組(甲陽鎮撫隊)解散の地としても知られ、境内には樹齢400年余の大銀杏の御神木がそびえる。8月の例大祭は八幡・八雲神社の「下の祭」に対して「上の祭」の別名で親しまれ、八王子まつりでの渡御で有名な宮神輿「千貫神輿」(市指定有形文化財)を有する。
- 所在地
- 東京都八王子市元本郷町四丁目9番21号
- 御祭神
- 伊弉諾尊、伊弉冉尊
- 系統
- 多賀
熊野神社
弘仁2年(811)、修験道の祖・役小角から十世にあたる僧日圓が、国家護持のため紀州熊野大神を勧請したのに始まると伝わる。聖護院の守護神として奉祀され、平安末期には熊野信仰に篤い後白河法皇が社殿を修造し境内を寄進した。歴代天皇や庶民の信仰を集めたが応仁の乱で荒廃し、寛文6年(1666)聖護院門跡の助成により再興、天保6年(1835)に大修造が行われた。本殿に伊弉冉尊、相殿に伊弉諾尊・天照大神・速玉男尊・事解男尊を祀り、縁結び・安産・病気平癒の神として信仰される。
- 所在地
- 京都府京都市左京区聖護院山王町43
- 御祭神
- 伊弉冉尊、伊弉諾尊
- 系統
- 熊野
杭全神社
貞観4年(862)、征夷大将軍坂上田村麻呂の孫にあたる当道が素盞嗚尊を勧請し、祇園社として創建したのが始まり。のち建久元年(1190)に伊弉諾尊(第三本殿)、元亨元年(1321)に熊野三所権現(第二本殿)を勧請し、平野郷一円の守護神として崇敬を集めた。明治に社号を杭全神社と定めた。三棟の本殿はいずれも国の重要文化財で、境内には全国で唯一現存する連歌所が残り、大阪市の文化財に指定されている。毎年7月11〜14日の夏祭では9台のだんじりが曳行され、30万人を超えるともいわれる人出で賑わう。
- 所在地
- 大阪府大阪市平野区平野宮町2丁目1-67
- 御祭神
- 素盞嗚尊、伊弉册尊
- 系統
- 熊野
会津総鎮守 伊佐須美神社
伊佐須美神社は伊弉諾尊・伊弉冉尊・大毘古命・建沼河別命を祀る岩代国一之宮・会津総鎮守。延喜式の名神大社に列し、国幣中社を経て、現在も会津を代表する古社として崇敬されています。
- 所在地
- 福島県大沼郡会津美里町字宮林甲4377
- 御祭神
- 伊弉諾尊、伊弉冉尊
- 系統
- 多賀
三峯神社
三峯神社は伊弉諾尊・伊弉冉尊を祀る神社。夫婦円満・家内安全のご利益で知られ、景行天皇の時代(伝承)に創建された由緒ある神社です。
- 所在地
- 埼玉県秩父市三峰298-1
- 御祭神
- 伊弉諾尊、伊弉冉尊
- 系統
- 三峯
多賀大社
多賀大社は伊邪那岐大神・伊邪那美大神を祀る神社。延命長寿・縁結びのご利益で知られ、神代(古事記等)に創建された由緒ある神社です。
- 所在地
- 滋賀県犬上郡多賀町多賀604
- 御祭神
- 伊弉諾尊、伊弉冉尊
伊弉諾神宮
伊弉諾神宮は、伊弉諾尊と伊弉冉尊を祀る淡路国一宮。国生み神話で淡路島を生んだ伊弉諾尊が余生を過ごした幽宮の旧跡と伝えられる。古くから国生みの島・淡路を象徴する神社として崇敬されてきた。
- 所在地
- 兵庫県淡路市多賀740
- 御祭神
- 伊弉諾尊、伊弉冉尊
- 系統
- 多賀
白山比咩神社
白山比咩神社は菊理媛尊・伊弉諾尊を祀る神社。縁結び・五穀豊穣のご利益で知られ、紀元前91年(伝承)に創建された由緒ある神社です。
- 所在地
- 石川県白山市三宮町ニ105-1
- 御祭神
- 菊理媛尊、伊弉諾尊
- 系統
- 白山
今戸神社
今戸神社の創建は1063年(康平6年)と伝わる。奥州鎮守府将軍であった源頼義・義家父子が、奥州の安倍貞任・宗任討伐に際して戦勝を祈願し、鎌倉の鶴岡と浅草今之津(現在の今戸)に京都の石清水八幡宮を勧請したのが始まりとされ、当初は「今戸八幡」と称した。江戸時代には三代将軍徳川家光により官材を賜り、寛永13年(1636年)に再建されている。1937年(昭和12年)に隣接していた白山神社を合祀し、社名を「今戸神社」に改めた。大正12年の関東大震災、昭和20年の東京大空襲でいずれも社殿を焼失したが、昭和46年(1971年)11月に氏子・崇敬者の浄財により現在の社殿が造営された。近年は招き猫発祥の地の一つとされるほか、新選組・沖田総司終焉の地との言い伝えも残るが、後者については異説も指摘されている。
- 所在地
- 東京都台東区今戸1丁目5-22
- 御祭神
- 応神天皇、伊弉諾尊
- 系統
- 八幡
白山神社
白山神社は菊理媛尊・伊弉諾尊を祀る神社。縁結び・家内安全のご利益で知られ、902年(延喜2年)に創建された由緒ある神社です。
- 所在地
- 新潟県新潟市中央区一番堀通町1-1
- 御祭神
- 菊理媛尊、伊弉諾尊
- 系統
- 白山
常陸國總社宮
常陸國總社宮は、常陸国府の近く、筑波山と霞ヶ浦を望む地に創建された総社。国司が国内諸社を巡拝する代わりに祭祀を行った総社の伝統を受け継ぎ、国衙跡や日本武尊ゆかりの神石とともに常陸国の古い信仰を伝えている。
- 所在地
- 茨城県石岡市総社二丁目8-1
- 御祭神
- 伊弉諾尊、大国主尊
- 系統
- 出雲