ご利益

子宝の神社

子宝のご利益で探せる神社を35件掲載。代表的な神社は吉姫神社です。

子宝で知られる御祭神

子宝で有名な神社

子宝の神社一覧

35件中1-20件を表示しています。

滋賀県安産子宝

吉姫神社

よしひめじんじゃ

滋賀県湖南市石部東に鎮座する古社で、同じ湖南市内の吉御子神社と女神・男神の対をなす関係にあると伝えられる。吉御子神社側の由緒によれば、垂仁天皇2年に宇加之彦の子である吉比古・吉比女の二神を神籠(ひもろぎ)を建てて祀ったことに始まり、承平5年(935年)に両神を末社から本社へ遷して吉御子神社と称するようになったという。当社はこのうち女神である吉比女(吉姫)を祀る社にあたる。社に伝わる木造狛犬は南北朝時代の作とされ、素朴で愛らしい表情で知られる。毎年5月1日の石部祭では、吉御子神社と当社の両社から神輿が同時に担ぎ出され、それぞれの御旅所へ向かって市内を巡行する。

所在地
滋賀県湖南市石部東8-4-1
御祭神
木花開耶姫、上鹿葺津姫
系統
浅間
宮崎県安産子宝

都萬神社

つまじんじゃ

宮崎県西都市妻に鎮座する延喜式内社で、日向国二之宮とされる。御祭神は木花開耶姫命。縁結び・安産・子育ての神として信仰され、「さいまんさま」とも呼ばれる。創建年代は明らかでないが、『続日本後紀』仁明天皇承和4年(837年)8月条に「日向国子湯郡妻神社」がみえるのが史書における初出で、『日本三代実録』天安2年(858年)にも神階昇格の記事がある。『延喜式神名帳』では日向国四座のうち児湯郡二座として都農神社とともに記載され、社伝はさらに古く奈良時代には鎮座していたと伝える。建久年間(1190〜1199年)に日向を領した伊東氏が供田を献じ、慶長8年(1603年)に佐土原へ封じられた島津氏も4代藩主忠高が妻村内315石を社領として安堵するなど、領主の崇敬を受けた。明治6年に県社に列格。境内には樹齢約1,200年と伝わる国指定天然記念物の大クス「妻のクス」があり、木花開耶姫命が三皇子を甘酒で育てたとの伝承から日本清酒発祥の地の碑も建つ。

所在地
宮崎県西都市大字妻1
御祭神
木花開耶姫命
系統
浅間
栃木県安産子宝

唐沢山神社

からさわやまじんじゃ

栃木県佐野市の唐沢山山頂、唐沢山城の本丸跡に鎮座し、平安時代の武将・藤原秀郷公を祀る。秀郷公は延長5年(927年)に下野国の押領使に任じられて父祖伝来のこの地に入り、唐沢山に城を築いて治めたと伝わる。天慶3年(940年)には平貞盛と力を合わせて平将門を討ち(天慶の乱)、その功により下野守に進んで武蔵守も兼ねた。以後およそ700年にわたり子孫の佐野氏が城主を務めたが、慶長年間に居城を春日岡へ移し、慶長19年(1614年)に佐野信吉が改易となって大名家としては断絶した。明治13年(1880年)、子孫の佐野氏と旧臣が秀郷公の遺徳を顕彰するため沢英社・東明会を組織し、明治16年(1883年)に古城本丸跡へ社殿を創建、同年10月25日に御霊を奉斎した。明治23年(1890年)12月1日に別格官幣社に列せられ、以後この地方の守護神として崇敬されている。

所在地
栃木県佐野市富士町1409
御祭神
藤原秀郷公
系統
浅間
千葉県安産子宝

稲毛浅間神社

いなげせんげんじんじゃ

社伝では大同3年(808年)、富士山本宮浅間大社の御分霊を奉斎したことに始まると伝える富士信仰の古社。祭神は木花咲耶姫命・瓊々杵尊・猿田彦命の三柱で、木花咲耶姫命は安産・子育て、瓊々杵尊は国土平安・家内安全・産業発展、猿田彦命は道開き・交通安全・厄難除けの神として信仰されている。源頼朝や千葉氏の崇敬が厚かったとの記録が残る。約6400坪におよぶ広い神域には松林が広がり、境内には厳島神社・稲荷神社・三峯神社・香取神社・大宮神社・八坂神社・小御嶽神社・小室神社・神明神社・若宮神社など多くの境内社が鎮座し、それぞれの例祭が年間を通じて営まれている。7月14日・15日の夏の大祭は「家内安全 安産子育大祭」として斎行され、14日の前夜祭、15日の本祭を経て22日に例祭終了奉告祭が行われる。

所在地
千葉県千葉市稲毛区稲毛1-15-10
御祭神
木花咲耶姫命、瓊々杵命
系統
浅間
山梨県安産子宝

一宮浅間神社

いちのみやせんげんじんじゃ

社伝では景行天皇の御代の創祀と伝える古社。『日本三代実録』にみえる貞観6年(864年)の富士山大噴火を受け、翌貞観7年(865年)に勅命で甲斐国八代郡に建てられ官社に列したという「浅間明神の祠」に相当するとされ、『延喜式』神名帳に載る甲斐国八代郡の名神大社「浅間神社」の論社の一つに数えられる。当初は正体山に祀られ、延長2年(924年)10月に現在地へ遷宮したと伝わる。祭神は木花咲耶姫命。近代社格は村社。高田地区の鎮守として親しまれ、例大祭では約100人の担ぎ手が神輿を担いで地区内を練り歩く。境内には各種のツツジが植えられ、5月初旬に見ごろを迎える。

所在地
山梨県西八代郡市川三郷町高田字宮本3696
御祭神
木花咲耶姫命
系統
浅間
山梨県安産子宝

冨士山下宮小室浅間神社

ふじさんしもみやおむろせんげんじんじゃ

富士山から流れ下った剣丸尾溶岩流の突端に鎮座し、祭神は木花咲耶姫命。公式サイトの由緒によれば、延暦12年(793年)に坂上田村麻呂が東征の折、古吉田の地から富士山に戦勝を祈願して大勝し、その神護に感謝して大同2年(807年)に甲斐国都留郡古吉田の森組の地へ草創したと伝える。古い記録では単に「宮」と記され、富士北麓に住む人々の産土大神・鎮守として信仰の中心にあった。のちに周辺へ浅間神社が増えるなかで富士山から下手にあることから「下ノ宮」「冨士山下宮」と呼ばれるようになり、明治に「小室浅間神社」へ改称。昭和32年(1957年)に山梨県で二番目の別表神社に加列された。馬を第一の神使とし、筒粥祭と流鏑馬祭の占いが地域の生活指針となってきたことから、占い・お神籤を司る神としても知られる。

系統
浅間
山梨県安産子宝

浅間神社

あさまじんじゃ

甲斐国一宮として崇敬されてきた古社で、木花開耶姫命を主祭神とする。社伝によれば垂仁天皇8年正月、現在の摂社・山宮神社が鎮座する神山の麓に初めて祀られたのが起こりで、富士山が大噴火した翌年にあたる貞観7年(865年)12月9日に現在地へ遷座したと伝える。延喜の制では名神大社に列し、明治4年(1871年)に国幣中社へ列格した。祭神は大山祇神の娘で天孫瓊瓊杵尊の妃とされる「富士の神」であり、山火鎮護のほか農業・酒造の守護、婚姻や子授け・安産にも霊験があると信仰されてきた。山梨県内では最も古い部類に入る神社の一つで、平成27年(2015年)には現在地への遷座から1150年を数える鎮座1150年祭が斎行された。境内の摂社・山宮神社は創祀の地とされ、3月の山宮神幸祭などで本社と結ばれている。

所在地
山梨県笛吹市一宮町一宮1684
御祭神
木花開耶姫命
系統
浅間
静岡県安産子宝

村山浅間神社

むらやませんげんじんじゃ

富士山における修験道、いわゆる村山修験の中心地として栄えた神社です。社伝では孝昭天皇2年に富士山中腹の水精ヶ岳に創建され、大宝元年(701年)に現在地へ遷ったと伝えられます。平安時代末の末代上人に連なる修行者たちがこの地に寺院を営み、興法寺として神仏習合の霊場を形づくりました。戦国時代の初めには駿河を領した今川氏の庇護を受け、江戸時代には池西坊・辻之坊・大鏡坊の村山三坊が興法寺とともに大宮・村山口登拝道と山頂の大日堂を管理しています。明治の神仏分離により興法寺は廃されて神社として存続し、大正13年(1924年)に県社へ昇格しました。2013年には「富士山-信仰の対象と芸術の源泉」の構成資産として世界文化遺産に登録されています。境内には修験者や登拝者が身を清めた水垢離場が残ります。

所在地
静岡県富士宮市村山1151
御祭神
木花開耶姫命、大山祗命
系統
浅間
静岡県安産子宝

須山浅間神社

すやませんげんじんじゃ

社伝では日本武尊が東征の折に創建したと伝えられ、欽明天皇13年(552)に蘇我稲目が再興したとされる古社。御祭神は木花咲耶姫命。富士山の噴火を鎮めるために祀られた浅間神社のひとつで、富士登山道・須山口の起点として栄え、室町時代の1486年には登山道の存在を示す記録が残る。現在の本殿は文政6年(1823)の再建で、慶長16年(1611)建立の旧本殿「古宮」も伝わる。平成25年(2013)には世界文化遺産「富士山」の構成資産に登録された。参道と境内には樹齢400年を超える杉が立ち並び、御神木は樹齢500年以上と推定されている。

所在地
静岡県裾野市須山722
御祭神
木花咲耶姫命、天津彦穂ニニギ命
系統
浅間
山口県安産子宝

大歳神社

おおとしじんじゃ

寿永4年(1185年)、平家追討に向かった源義経が、彦島に陣を構えた平家をのぞむ有明山(大歳山)で、武運の守護神と仰いだ富士浅間の大神に戦勝を祈願したことに始まると伝えられます。義経は富士から持参した小松を植え、篝火を焚いて二日二夜の禊を行い、願文を記した矢を平家方へ射たといいます。壇ノ浦の合戦で源氏が勝利した翌年の文治2年(1186年)、義経の祈願をしのんだ四人の漁民が社祠を建てたのが創建とされます。御祭神は木花咲耶姫神のほか大歳神・御歳神・若歳神。幕末には氏子の豪商・白石正一郎の邸で高杉晋作が奇兵隊を結成した縁から隊旗が奉納され、境内前の大鳥居も白石正一郎の寄進によるものです。令和8年(2026年)に鎮座840年を迎えます。

所在地
山口県下関市竹崎町一丁目13-10
御祭神
木花咲耶姫神(大歳御祖神)
系統
浅間
山梨県安産子宝

河口浅間神社

かわぐちあさまじんじゃ

貞観6年(864)に富士山が大噴火し(貞観噴火)、溶岩流により大湖「剗の海」が分断されて西湖と精進湖が生まれた。この災害を受けて翌貞観7年(865)、噴火を鎮めるため勅命により富士山の神・浅間大神を祀ったのが創祀とされる。祭神は浅間大神(木花開耶姫命)。延喜の制では名神大社に列した。境内には樹齢1200年と伝わる山梨県天然記念物「七本杉」がそびえる。2013年には「富士山—信仰の対象と芸術の源泉」の構成資産として世界文化遺産に登録され、国の史跡に指定されている。

所在地
山梨県南都留郡富士河口湖町河口1
御祭神
浅間大神
系統
浅間
滋賀県学業成就安産

阿志都弥神社・行過天満宮

あしずみじんじゃ ゆきすぎてんまんぐう

阿志都弥神社は、社殿がなかった上古にこの地の桜の木に木花開耶姫命を勧請し「桜花大明神」と称して祭祀を行ったのが始まりと伝わる式内社で、善積郷の総大社とされた。行過天満宮は、元慶7年(883)に菅原道真が加賀守として赴任する途中に阿志都弥神社へ参詣し、詩を詠んで通り過ぎたという由緒により、道真の曽孫・菅原輔正が長徳4年(998)に「行過天満大神」として勧請建立したものと伝わる。天保14年(1843)に行過天満宮が阿志都弥神社に合祀され、以後両社名を併せて称する。明治14年(1881)に郷社に列した。境内の椎の木は樹齢千数百年ともいわれ、滋賀県指定の自然記念物となっている。

所在地
滋賀県高島市今津町弘川1707-1
御祭神
木花開耶姫命、菅原道真公
系統
天神
山梨県学業成就安産

大嵐天神社

おおあらしてんじんしゃ

大同2年(807)、村人が大己貴命・少彦名命を勧請し「大嵐天神宮」と称したのが始まりと伝わる。天暦年間(947〜957)に菅原道真公を合祀した。永享12年(1440)には甲斐国守護・武田信重が本殿を造営。天保12年(1841)の全村大火で焼失したが、弘化2年(1845)に本殿を再建した。明治41年(1908)に雨屋と拝殿を建造し、指定村社に列格。平成9年(1997)には拝殿をはじめ諸施設の大改修が行われた。御祭神は大己貴命・少彦名命・菅原道真公。

所在地
山梨県南都留郡富士河口湖町大嵐71
御祭神
大巳貴神、少彦名神
系統
天神
岩手県安産子宝

釜石製鐵所山神社

かまいしせいてつしょさんじんじゃ

明治13年(1880年)頃の創建とされ、官営釜石製鉄所以来の歴史を受け継ぐ製鉄所(旧釜石鉱山田中製鐵所、現・日本製鉄釜石地区)の守護神社。金山彦神・大山祇神・木花咲耶姫を祀る。工場の拡張に伴い遷座を重ね、現在は桜木町に鎮座する。明治27年(1894年)に日本で初めて製造に成功したコークス銑で鋳造された鉄製扁額が伝わり、2012年に釜石市の有形文化財に指定された。尾崎神社との合同祭は昭和42年(1967年)から「釜石まつり」として行われ、神輿の海上渡御「曳き船まつり」や虎舞・神楽が披露される釜石を代表する祭りとなっている。

所在地
岩手県釜石市桜木町1-5-1
御祭神
金山彦神、大山祇神
系統
浅間
静岡県安産子宝

富知六所浅間神社

ふじろくしょせんげんじんじゃ

社伝では第5代孝昭天皇の代に富士山山腹に創建されたと伝わる古社で、富士山の噴火により延暦4年(785)に現在地へ遷座した。大同元年(806)に富士下方五社(五社浅間)が定められた際にその首座「六所宮」とされ、「三日市浅間神社」の通称で親しまれる。主祭神は浅間神社としては珍しく、木花開耶姫命の父神にあたる大山祇命。境内の大クスは幹周約13mの巨木で、昭和30年(1955)に静岡県の天然記念物に指定されている。近年、約250年ぶりに社殿が改築された。

所在地
静岡県富士市浅間本町5-1
御祭神
大山祇命
系統
浅間
岡山県健康祈願子宝

吉備津神社

きびつ じんじゃ

吉備津神社は大吉備津彦大神を祀る神社。安産・長寿のご利益で知られ、仁徳天皇の時代(伝承)に創建された由緒ある神社です。

所在地
岡山県岡山市北区吉備津931
御祭神
大吉備津彦大神
宮崎県縁結び子宝

青島神社

あおしま じんじゃ

青島神社は彦火火出見命・豊玉姫命を祀る神社。縁結び・安産のご利益で知られ、不明(平安時代に記録あり)に創建された由緒ある神社です。

所在地
宮崎県宮崎市青島2-13-1
御祭神
彦火火出見命、豊玉姫命
静岡県縁結び開運

静岡浅間神社

しずおか せんげん じんじゃ

静岡浅間神社は木花開耶姫命・大山咋命を祀る神社。縁結び・安産のご利益で知られ、901年(延喜元年)に創建された由緒ある神社です。徳川家康公が幼少期を過ごした地。

所在地
静岡県静岡市葵区宮ケ崎町102-1
御祭神
木花開耶姫命、大山咋神
系統
浅間
京都府縁結び子宝

下鴨神社

しもがも じんじゃ

下鴨神社は賀茂建角身命・玉依媛命を祀る神社。縁結び・安産のご利益で知られ、紀元前90年(伝承)に創建された由緒ある神社です。

所在地
京都府京都市左京区下鴨泉川町59
御祭神
賀茂建角身命、玉依姫命
系統
賀茂
静岡県開運家内安全

富士山本宮浅間大社

ふじさん ほんぐ せんげん たいしゃ

富士山本宮浅間大社は木花之佐久夜毘売命を祀る神社。安産・火災消除のご利益で知られ、紀元前27年(伝承)に創建された由緒ある神社です。

所在地
静岡県富士宮市宮町1-1
御祭神
木花開耶姫命
系統
浅間

子宝神社を都道府県から探す

47都道府県から、子宝に関連する神社を地域別に探せます。

子宝とは

子宝は、妊娠・授かりを願うご利益。古くから「子授け」とも呼ばれ、子授け石・子授け松・子授け桜など、神木や霊石を介した信仰が各地に残ります。不妊に悩む夫婦の切実な願いに長く寄り添ってきた信仰で、医療と祈りを並行させながら授かりを待つ夫婦が多くいます。

子宝信仰の歴史と由来

古来「子は宝」(子宝)という概念は日本社会の根幹でした。跡継ぎの確保・家の存続が重視された時代、子授けの祈願は一家の命運を懸けた重大な祈りでした。農耕民族として豊穣を司る女神(木花開耶姫命・豊受大御神)が「子を授ける力」に結びつき、産育の女神として崇敬されてきました。神功皇后が応神天皇を身ごもったまま朝鮮半島に遠征し無事帰還した神話が「安産と子宝の象徴」として各地の八幡宮に伝わっています。

代表的な子宝神社(地域別)

東京・関東: 子安神社(八王子)、赤城神社(東京)、子授け祈願で知られる川越氷川神社 京都・関西: 伊弉諾神宮(淡路島)、城南宮(京都)、岩清水八幡宮 九州: 宇美八幡宮(福岡・神功皇后が応神天皇を産んだ地) 中部: 諏訪大社(子授け・安産で全国から参拝)

子授け石・子授け松の作法

各地の神社には「子授け石(ご神石を撫でると授かる)」「子授け松(枝に紐を結ぶ)」「子授け桜(花びらを受け取る)」など独自の風習が残ります。宇美八幡宮の「子安の木」(クスノキの根元をくぐると安産とも)は特に有名。参拝前に各神社の公式情報を確認するのが確実です。

参拝のポイント

夫婦揃って参拝するのが伝統。二人の意思を揃えて神様にお伝えする意味があります。初穂料は5,000〜10,000円。子授け石を撫でる・松に紐を結ぶなど神社ごとの独自作法があるため、事前に確認するとよいでしょう。 妊娠が分かったら「お礼参り」として同じ神社に報告するのが礼儀。その際に安産祈願を同時に行う流れが一般的です。不妊治療と並行して参拝することは一般的で、「医療と祈りの両輪」で臨む夫婦が多くいます。

よくある質問

子授け祈願は不妊治療と並行しても良いですか?

もちろん問題ありません。医療的な治療と神社への祈願は両立できます。「医療の力と神様の加護の両方で授かりたい」と願う夫婦は多くいます。祈ることで心が安定し、治療への前向きな姿勢につながるという方も多くいます。

夫婦どちらか一人でも子宝祈願はできますか?

一人でもできます。ただし夫婦で参拝することで「二人の意思・願いを一つにする」という意味があるため、可能な限り二人で行くことが伝統的に推奨されています。どうしても都合がつかない時は一人で参拝してOKです。

子宝と安産は別のご利益ですか?

別です。子宝(子授け)は「妊娠する前・授かりを願う段階」、安産は「妊娠後・無事出産まで母子の安全を願う段階」です。授かったら同じ神社にお礼参りをして、続けて安産祈願をする流れが一般的です。

子授け石・子授け松はどう扱えば良いですか?

子授け石は両手で丁寧に撫で、心の中で願いを伝えます。子授け松への紐結びは神社の指示に従い、指定の紐を使います。自分の紐や私物を勝手に結ぶのは避けましょう。参拝前に各神社の作法を確認するのが確実です。

授かった後のお礼参りはどのタイミングですれば?

妊娠が安定する5週〜12週頃に「妊娠のご報告」のお礼参りをするのが一般的。その際に安産祈願を一緒に行う形が自然な流れです。遠方の場合は妊娠5ヶ月の帯祝い(戌の日)のタイミングに合わせる人も多いです。

二人目・三人目の子宝祈願もできますか?

もちろんできます。年齢・回数を問わず子宝祈願は受け付けています。第一子をお礼参りに連れてきて、第二子の子授け祈願を同時に行う家族も多くいます。

男の子・女の子の性別を祈願できますか?

性別の祈願を受け付ける神社もあります(「女の子を授けてください」「男の子をお願いします」)。ただし神道の本義は「健やかな命の誕生」であり、性別よりも「健康で元気な子供」を祈ることが多くの神職に勧められています。