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中国の神社一覧

中国の都道府県別一覧と神社カードをまとめるページです。

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中国の神社一覧

79件中21-40件を表示しています。

岡山県開運

美作総社宮

みまさかそうじゃぐう

美作国の総社にあたる神社で、国司が国内の神々をまとめて祀るために設けられた社に始まります。社伝では欽明天皇25年(564年)の創建と伝えますが、確実な文献に現れるのは戦国時代の永禄年間からです。美作国内の多数の神社を合わせ祀っており、中山神社・高野神社とともに美作三大社の一社に数えられてきました。現在の本殿は永禄5年(1562年)に毛利元就が再建したもので、明暦3年(1657年)に大規模な改修を受けています。桁行三間・梁間三間の入母屋造妻入・こけら葺で、美作地方独自の「中山造」と呼ばれる形式を伝える建築として、1914年(大正3年)に国の重要文化財(当時の特別保護建造物)に指定されました。江戸時代には津山藩主から篤い崇敬を受けています。

所在地
岡山県津山市総社427
御祭神
大己貴命、鏡作命
系統
出雲
島根県開運

神魂神社

かもすじんじゃ

松江市大庭町に鎮座し、「大庭の大宮さん」と親しまれる出雲の古社。意宇六社の一社で、旧社格は県社。主祭神は伊弉冊大神で、伊弉諾大神を配祀する。社伝では出雲国造家の遠祖・天穂日命がこの地に天降って創建したと伝え、大庭一帯は古代出雲の政治・交通・経済の中心地で、天穂日命の子孫である出雲国造が居住した土地とされる。文献上の初見は承元2年(1208年)の鎌倉将軍家下文で、実際の成立は平安時代中期、出雲国造家の私的な祭祀に始まるとみられている。現在の本殿は天正11年(1583年)の再建と考えられ、現存する最古の大社造として1952年(昭和27年)に国宝へ指定された。苔むした自然石の石段が続く参道と、簡素で荘重な社殿の佇まいで知られる。

所在地
島根県松江市大庭町563
御祭神
伊弉冊大神、伊弉諾大神
鳥取県開運

金持神社

かもちじんじゃ

社伝によれば大同・弘仁のころ、西暦810年前後に出雲国の神官の子が伊勢神宮への参拝の途中でこの地を通ったところ、身につけていた玉石が急に重くなり、ここに宮を造るようにとの神託を得て創建したと伝えられます。「金持」という地名は、この一帯が良質の砂鉄を産する鉄山を持つ村であったことに由来するとされ、「かねもち」ではなく「かもち」と読みます。鎌倉時代から南北朝時代にかけては、この地を本拠とした武将・金持氏の篤い崇敬を受けました。近代以降は社名にちなんで金運や開運を願う神社として広く知られるようになり、全国から参拝者が訪れています。神社は山の中腹に鎮座し、国道181号沿いの札所から参道を登って社殿に至ります。

所在地
鳥取県日野郡日野町金持74
御祭神
天之常立尊、八束水臣津努命
広島県開運

衣羽神社

えばじんじゃ

天満川と本川に挟まれた中州にある江波山の北東斜面に鎮座する。平安時代末期の「安芸国神名帳」に見える三位衣羽明神に比定される古社で、正和2年(1313年)以前の鎮座と考えられている。藩政期には「江波明神」と呼ばれたが、明治4年(1871年)に旧称の衣羽神社へ復した。社殿は寛保元年(1741年)に再興され、明治5年に村社、明治41年には神饌幣帛料供進社に指定された。祀るのは宗像三女神で、海上安全を司る神として、干拓が進む以前は島であった江波の漁業と海運に携わる人々の産土神として崇敬を集めてきた。相殿には大国主神や宇迦之御魂神などもあわせて祀られる。

所在地
広島県広島市中区江波南1丁目26-6
御祭神
市杵島比売命、多紀理比売命
鳥取県商売繁盛金運

聖神社

ひじりじんじゃ

創始年代は不詳だが、寛政7年(1795)の『因幡志』には吾勝尊(正勝吾勝勝速日天忍穂耳命)と瓊瓊杵尊の二座を祀ると記され、「日知り(聖)の神」への信仰から聖大明神と称されたと考えられている。現在の本殿は宝永7年(1710)の改築で、細部に種々の彫刻が施された県保護文化財。安永5年(1776)には神階正一位を授かった。文化10年(1813)に拝殿を造替、明治3年(1870)に境内の恵比寿社(事代主神)を合祀してほぼ現在の姿となった。鳥取市中心市街地の商店街の大半を氏子とし、春祭に隔年で行われる神幸祭は県指定無形民俗文化財。平成23〜26年(2011〜14)には社殿の保存修理が行われた。

所在地
鳥取県鳥取市行徳2丁目705
御祭神
邇邇藝命、日子穂穂手見命
系統
恵比寿
島根県厄除け病気平癒

佐太神社

さだじんじゃ

『出雲国風土記』に「佐太御子社」、『延喜式』神名帳に「佐陁大社」と記される古社で、出雲国二宮、また出雲国三大社の一つに数えられてきました。主祭神の佐太御子大神は出雲国で最も尊いとされる四大神の一柱で、猿田彦大神と同神とされます。大社造の社殿が三殿並び立つ姿が特徴で、北殿に天照大神、南殿に素盞嗚尊を祀ります。中世には伊弉冉尊の陵墓と伝わる比婆山の神を遷し祀ったとされ、旧暦10月に母神をしのんで八百万の神々が集うという信仰から「神在の社」とも称されてきました。最盛期には神領7千貫、神職224人を擁し、年間70余度の祭礼を行ったと伝えます。江戸時代は出雲10郡のうち3郡半の神社を統べる「佐陀触下」の中心として藩主の崇敬を受けましたが、明治3年の触下制度廃止で衰退し、昭和3年に国幣小社に列せられて復興しました。

所在地
島根県松江市鹿島町佐陀宮内73
御祭神
正殿:佐太御子大神、北殿:天照大神
系統
八坂
山口県安産子宝

大歳神社

おおとしじんじゃ

寿永4年(1185年)、平家追討に向かった源義経が、彦島に陣を構えた平家をのぞむ有明山(大歳山)で、武運の守護神と仰いだ富士浅間の大神に戦勝を祈願したことに始まると伝えられます。義経は富士から持参した小松を植え、篝火を焚いて二日二夜の禊を行い、願文を記した矢を平家方へ射たといいます。壇ノ浦の合戦で源氏が勝利した翌年の文治2年(1186年)、義経の祈願をしのんだ四人の漁民が社祠を建てたのが創建とされます。御祭神は木花咲耶姫神のほか大歳神・御歳神・若歳神。幕末には氏子の豪商・白石正一郎の邸で高杉晋作が奇兵隊を結成した縁から隊旗が奉納され、境内前の大鳥居も白石正一郎の寄進によるものです。令和8年(2026年)に鎮座840年を迎えます。

所在地
山口県下関市竹崎町一丁目13-10
御祭神
木花咲耶姫神(大歳御祖神)
系統
浅間
山口県勝負運厄除け

忌宮神社

いみのみやじんじゃ

第14代仲哀天皇が熊襲平定のため西下した際にこの地に豊浦宮を興し、7年間政務を執ったと伝わる。天皇崩御ののち、新羅征討から帰った神功皇后が天皇の神霊を豊浦宮の地に鎮祭したのが創祀とされる。社名の「忌」は「斎」と同義で、極めて神聖・清浄な宮を意味する。仲哀天皇・神功皇后・応神天皇を祀る延喜式内社で、古くから文武の神・安産の神として崇敬され、城下町長府の中心に鎮座する。

所在地
山口県下関市長府宮の内1-18
御祭神
仲哀天皇、神功皇后
系統
八幡
島根県縁結び開運

日御碕神社

ひのみさきじんじゃ

素盞嗚尊を祀る上の宮「神の宮」と、天照大御神を祀る下の宮「日沉宮(ひしずみのみや)」の上下二社からなり、両宮を総称して日御碕神社と呼ぶ。社伝では、素盞嗚尊が柏葉を風で飛ばして鎮まる地を占い、その御魂を天葺根命が隠ヶ丘に奉斎したのが神の宮の起源とされ、日沉宮は天照大神の神勅により祀られたと伝わる。伊勢神宮が「日の本の昼」を守るのに対し、「日の本の夜を守れ」との勅命を受けたことが日沉宮の名の由来とされる。現在の社殿は徳川家光の命により寛永11年(1634)に着工し、寛永21年(1644)に竣工した権現造で、社殿群と境内の石造建造物は国の重要文化財に指定されている。

所在地
島根県出雲市大社町日御碕455
御祭神
天照大御神、素盞嗚尊
系統
出雲
鳥取県開運

粟島神社

あわしまじんじゃ

医薬・まじないの神である少彦名命を主祭神とし、大己貴命や菅原道真公など計7柱を祀る。『伯耆国風土記』逸文に「粟嶋」の名が見える古くからの信仰の山で、少彦名命が粟の穂にはじかれて常世の国へ渡ったという故事が社名の由来と伝わる。かつては海に浮かぶ島だったが、江戸時代中頃に陸続きとなった。神功皇后や後醍醐天皇の祈願伝承が残り、戦国時代には尼子氏の寄進を受け、江戸時代には米子城主の崇敬を受けた。永正年間に焼失し大永4年(1524)に再建、明治初年に現社名に改称した。山麓には人魚の肉を食べて八百歳まで生きたと伝わる八百比丘尼の伝説が残る。

所在地
鳥取県米子市彦名町1404番地
御祭神
少彦名命ほか5柱
鳥取県開運

天穂日命神社

あめのほひのみことじんじゃ

創建年代は不詳だが、貞観9年(867)に神階正三位に叙されて官社となり、延喜式神名帳に因幡国高草郡の式内小社として記載される古社。天穂日命を主祭神とし、熊野久須毘命・保食命を配祀する。因幡国造氏の氏神とされ、社地の背後には前方後円墳とみられる地形が残る。『因幡志』によれば、古くは高草郡布勢の日吉神社の地にあり、室町時代末期に現在地へ移ったと考えられている。旧社格は郷社。現在の本殿は大正7年(1918)の建立で、シイやタブノキの茂る照葉樹林の社叢に囲まれ、幹周4.3mの御神木のシイが立つ。

所在地
鳥取県鳥取市福井字宮ノ谷361
御祭神
天穂日命
島根県開運

玉作湯神社

たまつくりゆじんじゃ

『出雲国風土記』に「玉作湯社」として記される古社で、玉造温泉の温泉街に鎮座する。御祭神は八坂瓊勾玉など宝玉御製作の神で出雲玉作部の祖神とされる櫛明玉神と、大名持神(大国主神)・少彦名神。一帯は古代から勾玉・玉類の一大生産地であり、境内地は玉作跡として国の史跡に指定されている。江戸時代には「湯の神」として親しまれ、現在は境内の「願い石」に社務所で受けた「叶い石」を触れさせて祈願する参拝方法が知られ、縁結び祈願のパワースポットとして温泉客の人気を集めている。

所在地
島根県松江市玉湯町玉造508
御祭神
櫛明玉神、大名持神
広島県商売繁盛金運

草戸稲荷神社

くさどいなりじんじゃ

大同2年(807)、平城天皇の御代に明王院の開基・空海上人が同寺の鎮守として祀ったのが始まりと伝えられる。当初は芦田川の中州に鎮座していたが、たびたびの洪水で社殿が流失・破損したため、寛永10年(1633)に福山藩祖・水野勝成が再建し、承応4年(1655)にはその孫にあたる3代藩主・水野勝貞が、父である2代勝俊の病気平癒を祈願して現在地に社殿を遷した。保食神・宇加之魂神・大己貴神を祀り、「平安時代より続く鎮守の杜」として備後福山の信仰を集めている。

所在地
広島県福山市草戸町1467番地
御祭神
保食神、宇加之魂神
系統
稲荷
鳥取県出世勝負運

鳥取東照宮

とっとりとうしょうぐう

慶安3年(1650)、鳥取藩初代藩主・池田光仲の創建。光仲は慶安元年(1648)の初入国後に曽祖父・徳川家康の33年忌法要を営み、幕府の許可を得て日光東照宮の分霊を樗谿(おうちだに)の地に勧請した。祭神は東照大権現(徳川家康)で、のちに藩主池田家の忠継・忠雄・光仲・慶徳を合祀している。明治7年(1874)に樗谿神社と改称し、平成23年(2011)に旧称の鳥取東照宮に復した。本殿・拝殿などの主要社殿は江戸時代初期の神社建築として国の重要文化財に指定され、本殿には左甚五郎作と伝わる鷹の彫刻がある。承応元年(1652)の祭礼行列に登場した麒麟獅子舞は、因幡・但馬地方の約150の神社に受け継がれる伝統芸能の始まりと考えられている。

所在地
鳥取県鳥取市上町87
御祭神
東照大権現
系統
日光
島根県開運

玉若酢命神社

たまわかすみことじんじゃ

創建年代は不詳。かつて隠岐国府が置かれた地の近くに鎮座する『延喜式』神名帳記載の式内社で、隠岐国の総社とされる。主祭神の玉若酢命は隠岐の開拓に関わった地方神と伝えられる。宮司は大国主神の後裔と伝わる億岐家が代々務め、同家に伝世する隠岐国駅鈴・隠伎倉印や億岐家住宅は国の重要文化財。本殿は寛政5年(1793)の造営で、正面に茅葺の切妻屋根を見せる隠岐特有の「隠岐造」といわれる形式をもち、随神門とともに平成4年(1992)に国の重要文化財に指定された。参道にそびえる八百杉は樹齢約2000年と伝えられる巨木で、八百比丘尼が植えたという伝説から名づけられ、昭和4年(1929)に国の天然記念物に指定されている。毎年6月5日の御霊会風流では隠岐各地から神馬が参集する馬入れ神事が行われる。

所在地
島根県隠岐郡隠岐の島町下西701
御祭神
玉若酢命
鳥取県縁結び開運

大神山神社

おおがみやまじんじゃ

「大神山」は御神体山である大山の古名で、奈良時代の「出雲国風土記」に「伯耆国大神岳」として現れ、延喜式神名帳にも「伯耆国会見郡 大神山神社」と記載される古社。主祭神は国造りの神・大己貴神。冬期の積雪を避けて山麓に遥拝所や冬期社殿を設けたことが本社の起こりとされ、平安末期には福万原へ遷座して社領千石を有した。神仏習合期には大己貴神の本地仏として地蔵菩薩を祀って「大山権現」と称し、三院180坊・僧兵3000を擁する一大勢力を誇った。明治の神仏分離で大神山神社と改称し国幣小社に列格。大山中腹の奥宮と米子市尾高の本社の二社からなる。

所在地
(本社)鳥取県米子市尾高1025(奥宮)鳥取県西伯郡大山町大山
御祭神
大己貴神
系統
出雲
山口県開運

松陰神社

しょういんじんじゃ

幕末の思想家・吉田松陰(吉田矩方命)を祀る。明治23年(1890)、松下村塾の改修に際し、松陰の実家である杉家の人々が松陰の御霊を祀る土蔵造りの祠を建てたのが始まり。明治40年(1907)、松下村塾出身の伊藤博文・野村靖らが中心となり、県社の社格をもって創建が許可された。境内には松陰が主宰し高杉晋作や伊藤博文らを育てた松下村塾の建物が保存され、末社の松門神社には塾生・門下生53柱が祀られている。「明治維新胎動之地」として知られる。

所在地
山口県萩市椿東1537
御祭神
吉田寅次郎藤原矩方命(吉田松陰)
島根県開運

伊甘神社

いかんじんじゃ

社伝によれば、清和天皇の御世の貞観3年(861)、この地を開拓した伊甘族がその祖である天足彦国押人命を祀ったのが創祀と伝わる。祭神の天足彦国押人命は第5代孝昭天皇の御子で、古代に石見地方を開いた一族の遠祖とされる。「延喜式神名帳」に記される石見国の式内社で、国史にも神階授与の記録が見える。鎮座地の下府町一帯は石見国庁が置かれた地と伝えられ、石見国総社であった府中神社を合祀している。旧社格は村社。

所在地
島根県浜田市下府町935
御祭神
天足彦国押人命
岡山県開運

岩山神社

いわやまじんじゃ

正和2年(1313)、花園天皇の御代に駿河国から御神体を勧請したのに始まり、貞和元年(1345)に現在の社地である寺元の山腹へ遷ったと伝わる。主祭神は鏡作りの神・石凝姥命で、天児屋根命・天玉祖命・天太玉命・天鈿女命とあわせて五柱を祀る。上熊谷一帯の氏神として「岩山さん」と呼ばれて親しまれ、下半身の病や怪我に霊験があるとされて遠方から参拝者が訪れたという。毎年11月3日の大祭では子供神輿と大人神輿が寺元・横畑・角内の各地区を練り歩く。新見市指定重要文化財の神額を蔵する。

所在地
岡山県新見市上熊谷寺元3928
御祭神
石凝姥命
岡山県勝負運厄除け

牛窓神社

うしまどじんじゃ

瀬戸内海を見下ろす牛窓の丘に鎮座し、牛窓八幡宮とも呼ばれる。もとは牛窓の土地の神霊と祖先の神霊を祀って牛窓明神と称したが、平安時代の長和年間(1012〜16)に教円大徳が豊前の宇佐八幡宮から応神天皇・神功皇后・比賣大神・武内宿禰命の神霊を迎えて牛窓八幡宮となったと伝わる。明治6年(1873)に郷社に列せられ、現社名に改められた。東備の鎮守として崇敬され、10月第4日曜の秋季例祭では神輿が町内のお旅所を巡り、船型のだんじりが練り歩く。末社の疫神社では唐子踊、御霊社では太刀踊が奉納される。牛窓海水浴場の横から長い石段の表参道が続く。

所在地
岡山県瀬戸内市牛窓町牛窓2147
御祭神
応神天皇、神功皇后
系統
八幡

中国に関連するご利益一覧

中国の神社一覧から、よく紐づくご利益をまとめています。