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東北の神社一覧

東北の都道府県別一覧と神社カードをまとめるページです。

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東北の神社一覧

81件中21-40件を表示しています。

宮城県開運

亘理神社

わたりじんじゃ

明治12年(1879)6月、旧亘理領主・亘理伊達家の居城跡に、初代当主伊達成実の遺徳を後世に伝えようと創建された。祭神は成実に贈られた神号である武早智雄命。伊達成実は伊達政宗のもとで武勇をうたわれた武将で、亘理伊達家は明治初年に旧家臣団を率いて北海道へ移住し、現在の北海道伊達市の基礎を築いたことでも知られる。境内には全文4千字余りの漢文で成実の一代記を刻んだ大きな石碑が立つ。旧社格は村社。

所在地
宮城県亘理郡亘理町字旧舘32
御祭神
武早智雄命(伊達成実公)
宮城県健康祈願

浮島神社

うきしまじんじゃ

創建年代は不詳だが、神亀元年(724)の多賀城創建の頃には既に鎮座していたと伝わる古社で、奥塩老翁神・奥塩老女神の二柱を祀る。社地の小高い丘は歌枕「浮島」の地とされ、山口女王が大伴家持に贈った歌にも詠まれた。延久6年(1074)には『朝野群載』に浮島社の名が見え、天皇の御体の平安を占う儀式の対象に選ばれている。江戸時代には「多賀神社」と称された時期もあり、明治4年(1871)に浮島村の総鎮守として村社「浮島神社」となった。境内には光源氏のモデルともいわれる源融を祀った大臣宮が合祀されており、元禄2年(1689)には松尾芭蕉が「おくのほそ道」の旅の途中に立ち寄ったと伝えられる。

所在地
宮城県多賀城市浮島一丁目1-1
御祭神
奥塩老翁神、奥塩老女神
系統
多賀
宮城県勝負運交通安全

多賀神社

たがじんじゃ

陸奥国多賀郷の中心地にあたる多賀城(陸奥国府)の鎮護の地に鎮座し、社伝では近江の江州多賀神社の神を遷し祀ったことに始まると伝わる古社。延喜の制では国幣小社に列したとされる。明治5年(1872)5月に村社に列格し、明治41年・44年には周辺の複数の神社を合祀した。昭和40年(1965)に境内一円が国の特別史跡に指定されたことに伴い社殿を隣接地へ移築し、現在の神明造の社殿は平成13年(2001)4月15日に完成した。宮城県神社庁は御祭神を武甕槌命と伝えている。

所在地
宮城県多賀城市高崎1-14-13
御祭神
武甕槌命、経津主命
系統
香取
福島県開運

隠津島神社

おきつしまじんじゃ

神護景雲3年(769年)の勧請と伝えられ、宗像三女神である隠津島姫命・田心姫命・湍津姫命を祀ります。大同年間(806年〜)に平城天皇の勅願で弁天堂が建てられて神仏習合が進み、以来「木幡の弁天様」と親しまれてきました。木幡山は古くから神霊のこもる山として「御山」と呼ばれ、山全体が境内地となっています。天正13年(1585年)の伊達政宗の兵火で社殿を失いましたが、文明4年(1472年)建立の三重塔は焼け残り、昭和30年に福島県の重要文化財に指定されました。現在の本殿は二本松藩主丹羽長貴の命により寛政元年(1789年)に造営が始まり、寛政12年(1800年)に竣工しています。明治の神仏分離を経て明治40年に県社となりました。境内には国の天然記念物「木幡の大スギ」もあります。

所在地
福島県二本松市木幡字治家49
御祭神
隠津島姫命、田心姫命
岩手県開運厄除け

三熊野神社

みくまのじんじゃ

社伝では、延暦21年(802年)、蝦夷平定に向かった坂上田村麻呂が紀伊の熊野三山に戦勝を祈願し、平定成就ののちに熊野三神(伊弉冉命・事解男命・速玉男命)をこの地へ勧請したのが始まりと伝えられます。北上川東岸の熊野山嶺一帯は、それ以前に僧行基が開いたとも伝わる古い信仰の地で、社殿と並んで、坂上田村麻呂が奉祀したと伝わる兜跋毘沙門天立像を祀る毘沙門堂が建っています。毘沙門堂は室町時代後期の建築で平成2年に国の重要文化財に指定され、三熊野神社本殿は昭和54年に岩手県の有形文化財に指定されています。境内では、田村麻呂が兵に相撲を取らせた故事にちなむ特殊神事「十二番角力式」(泣き相撲)が受け継がれ、花巻市の無形民俗文化財として、地域の子どもの健やかな成長を願う神事となっています。

所在地
岩手県花巻市東和町北成島5区1
御祭神
伊弉冉命、事解男命
系統
熊野
宮城県開運厄除け

熊野本宮社

くまのほんぐうしゃ

名取熊野三社(本宮社・新宮社・那智神社)の一つ。名取熊野三社は保安年間(1120〜24)に名取老女が紀州熊野三山を勧請したと伝えられ、平安時代末期には既に存在していたと考えられている。仙台湾を熊野灘、名取川を熊野川、高舘丘陵を熊野連山に見立てて本宮・新宮・那智を別々に勧請した、紀州熊野の世界を再現するような形が特徴。本宮社は家津御子神を主神とする作物の神で、本宮十二神とも称され、万治元年(1658)に小館と呼ばれる山上から現在地へ遷宮したと伝わる。永禄6年(1563)には伊達晴宗から神輿や御神馬が奉納され、元禄3年(1690)以降は伊達藩から毎年玄米三石五斗を拝領した。山伏が伝えたという市指定無形民俗文化財「熊野堂十二神鹿踊」が保存継承されている。

所在地
宮城県名取市高舘熊野堂字五反田34
御祭神
熊野櫛御家都御子大神、熊野牟須美大神
系統
熊野
福島県開運

土津神社

はにつじんじゃ

会津藩初代藩主・保科正之公を祀る神社。正之公は二代将軍徳川秀忠の子(家光の異母弟)で、家光・家綱を補佐し、文治政治への転換を進めて会津藩政の基礎を築いた。寛文11年(1671)に神道家・吉川惟足から霊号「土津」を奉られ、寛文12年(1672)に自ら猪苗代の見禰山を墓所と定めて同年12月に江戸で没し、遺言により当地に葬られた。延宝3年(1675)に社殿が落成し、その荘厳さは「東北の日光」と称されたが、戊辰戦争で焼失。明治13年(1880)に再建されたのが現在の社殿である。こどもと出世の神として信仰される。

所在地
福島県耶麻郡猪苗代町字見祢山3
御祭神
保科正之公
山形県開運

松岬神社

まつがさきじんじゃ

明治35年(1902)、上杉神社から上杉鷹山を分祀して創建された上杉神社の摂社。社殿は大正元年(1912)の建立で、社名は米沢城の別称「松岬城」に由来する。大正12年(1923)に米沢藩初代藩主・上杉景勝を合祀し、昭和13年(1938)には景勝の重臣・直江兼続、鷹山の師・細井平洲、藩政改革を支えた竹俣当綱・莅戸善政を合祀。米沢藩ゆかりの六柱を祀る神社として崇敬されている。

宮城県開運家内安全

黄金山神社

こがねやまじんじゃ

日本初の産金地に鎮座する式内社。奈良時代、東大寺大仏の鍍金用の金が不足していた天平21年(749)、陸奥国守百済王敬福が小田郡で産出した黄金900両(約13kg)を朝廷に献上し、聖武天皇は大いに喜んで年号を「天平感宝」と改めた。この天平産金の縁起により延喜式神名帳に登載された。祭神は金山毘古神・天照皇大神・猿田彦命(配祀に軻遇土神・月読命)。昭和32年の発掘調査で産金を記念した奈良時代の建物跡が確認され、境内は「天平産金遺跡」として昭和34年に県史跡、昭和42年に国史跡の指定を受けた。現在の拝殿は江戸時代末期の再建。

所在地
宮城県遠田郡涌谷町涌谷字黄金宮前23
御祭神
金山毘古神、天照皇大神
系統
伊勢・神明
山形県開運

出羽神社

いではじんじゃ

出羽三山のひとつ羽黒山の山頂に鎮座する。崇峻天皇の皇子・蜂子皇子が593年に開山したと伝えられる。山頂の三神合祭殿は月山神社・出羽神社・湯殿山神社の三神を併せて祀る社殿で、現在の建物は文政元年(1818)の再建、平成12年(2000)に国の重要文化財に指定された。冬季に参拝できない月山・湯殿山の里宮の役割も担い、三山を巡る参拝は「生まれかわりの旅」と称される。山麓の杉並木の参道には国宝の五重塔が建ち、羽黒派古修験道の中心地として栄えた歴史を持つ。

所在地
山形県鶴岡市羽黒町手向字羽黒山33
御祭神
伊氐波神、稲倉魂命
宮城県開運

田村神社

たむらじんじゃ

桓武天皇の延暦年間、坂上田村麻呂が蝦夷を平定した後、その恩徳を慕った里人が祠を建てて祀ったのが始まりと伝わる。坂上田村麿と鈴鹿神女を主祭神とし、古くは古将堂(越王堂)と呼ばれた。明治5年に村社に列し、明治8年の火災で焼失後、明治12年に再建、明治42年には周辺の9社を合祀した。境内の甲冑堂には、源義経の家臣・佐藤継信忠信兄弟の妻である楓と初音が、夫の戦死を嘆く老母を慰めるため形見の甲冑をまとって凱旋を装ったという伝承にちなむ木像が納められ、松尾芭蕉『おくのほそ道』ゆかりの奥州街道の名所として知られる。

所在地
宮城県白石市斎川字上向山115
御祭神
坂上田村麿、鈴鹿神女
秋田県健康祈願開運

旭岡山神社

あさひおかやまじんじゃ

大同2年(807)、征夷大将軍坂上田村麻呂の東征の際に創祀されたと伝わる古社。のちに鎮守府将軍清原武則が山上に御堂を建立し、心願成就・開運授福の神として信仰されてきた。祭神は天忍穂耳命・宇賀之御魂大神・伊邪那岐大神・伊邪那美大神など7柱。毎年2月17日の梵天奉納祭は約300年の歴史をもつ横手の小正月行事「ぼんでん」の奉納先として知られ、豪華絢爛な頭飾りを付けた大型の梵天を各町内や職場の若者たちが担ぎ、先陣を競って奉納する光景は雪国の風物詩となっている。この行事にあわせて前日の2月16日には市街地で梵天コンクールも開かれる。例祭は5月17日。

所在地
秋田県横手市大沢字上庭当田123
御祭神
天忍穂耳命、宇賀之御魂大神
系統
白山
山形県縁結び開運

湯殿山神社

ゆどのさんじんじゃ

羽黒山・月山とともに出羽三山と総称される湯殿山の本宮で、出羽三山の奥宮とされる。標高約1,500mの湯殿山中腹、仙人沢の霊域に鎮座し、社殿を持たず、温泉が湧き出す茶褐色の巨大な霊巌そのものを御神体とする。祭神は大山祇神・大己貴命・少彦名命。古来「語るなかれ、聞くなかれ」と戒められた神秘の行場で、参拝者は素足になりお祓いを受けてから御神体を拝する。江戸時代には修験道の霊地として、西の伊勢参りに対し「東の奥参り」と称されて全国から参詣者を集めた。豪雪地のため開山は例年6月1日から11月初旬までに限られる。

所在地
山形県鶴岡市田麦俣字六十里山7
御祭神
大山祇神、大己貴命
系統
出雲
秋田県勝負運交通安全

古四王神社

こしおうじんじゃ

社伝によれば、崇神天皇の御代に四道将軍の大彦命が北方鎮護のため武甕槌命を祀り、のち斉明天皇の御代に阿倍比羅夫が大彦命を合祀して「越王(こしおう)」と称したのに始まると伝わる。古代には秋田城の鎮守とされ、中世以降は四天王信仰と習合して古四王大権現と称した。江戸時代には秋田藩主佐竹氏から社領60石を寄進されるなど厚い崇敬を受け、明治15年(1882)に国幣小社に列格した。祭神は武甕槌命・大彦命。例祭では、その年の豊凶を占う「糊付矛」の特殊神事が伝わる。

所在地
秋田県秋田市寺内児桜一丁目55-5
御祭神
大彦命、武甕槌命
系統
鹿島
岩手県商売繁盛金運

志和稲荷神社

しわいなりじんじゃ

天喜5年(1057)、鎮守府将軍・源頼義が安倍氏征討のため陣ヶ岡に布陣した際、戦勝を祈願して勧請したのが始まりと伝わる、約千年の歴史をもつ古社。「志和のおいなりさん」と親しまれ、宇迦之御魂大神・猿田彦大神・大宮能売大神の三柱を祀る。平泉文化の頃の志和城主・樋爪氏、中世の斯波氏、近世の南部藩主歴代の崇敬を受けて社殿の造営や社領の寄進が重ねられ、盛岡から続く「志和大稲荷街道」の参道も開かれた。大正7年(1918)に県社に列し、昭和32年(1957)には神社本庁の別表神社に指定された。境内には、白狐の神毛を探し延命長寿を祈る風習が伝わる老杉「稲荷山大杉」がそびえる。

所在地
岩手県紫波郡紫波町升沢字前平17-1
御祭神
宇迦之御魂大神、猿田彦大神
系統
稲荷
秋田県勝負運交通安全

秋田諏訪宮

あきたすわぐう

延暦21年(802)、東征中の坂上田村麻呂が諏訪大神を奉じ、国家鎮護を祈って創建したと伝わる古社。祭神は建御名方富命と八坂刀女命。建久年間に出羽国六郷の地頭となった二階堂氏が大規模な造営を行い、至徳年中には近隣20余か村の総鎮守と定められた。二階堂氏は後に六郷氏を名乗り、本荘藩主となってからも代々崇敬を続けた。江戸時代を通じて六郷の中心的神社として栄え、昭和62年(1987)に社名を秋田諏訪宮と改めた。無形民俗文化財に指定される2月の「六郷のカマクラ」行事(竹うち)の舞台としても知られる。

所在地
秋田県仙北郡美郷町六郷字本道町19
御祭神
建御名方富命、八坂刀女命
系統
諏訪
福島県縁結び開運

会津総鎮守 伊佐須美神社

あいづそうちんじゅ いさすみじんじゃ

伊佐須美神社は伊弉諾尊・伊弉冉尊・大毘古命・建沼河別命を祀る岩代国一之宮・会津総鎮守。延喜式の名神大社に列し、国幣中社を経て、現在も会津を代表する古社として崇敬されています。

所在地
福島県大沼郡会津美里町字宮林甲4377
御祭神
伊弉諾尊、伊弉冉尊
系統
多賀
青森県交通安全

善知鳥神社

うとう じんじゃ

善知鳥神社は宗像三女神(多紀理毘売命・市寸島比売命を祀る神社。交通安全・海上安全のご利益で知られ、大同年間(806年 - 810年)に創建された由緒ある神社です。

所在地
青森県青森市安方2-7-18
御祭神
宗像三女神
山形県開運家内安全

山形縣護國神社

やまがた じんじゃ

山形縣護國神社は山形県出身の英霊を祀る神社。国家安泰・勝負運のご利益で知られ、1869年(明治2年)に創建された由緒ある神社です。

所在地
山形県山形市霞城町2-52
御祭神
山形県出身の英霊
系統
護国
福島県縁結び開運

福島稲荷神社

ふくしま じんじゃ

福島稲荷神社は倉稲魂命を祀る神社。商売繁盛・縁結びのご利益で知られ、940年(天慶3年)に創建された由緒ある神社です。

所在地
福島県福島市宮町1-29
御祭神
倉稲魂命、大宮能売大神
系統
稲荷

東北に関連するご利益一覧

東北の神社一覧から、よく紐づくご利益をまとめています。