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関東の神社一覧

関東の都道府県別一覧と神社カードをまとめるページです。

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7件の都道府県ページがあります。

関東の神社一覧

219件中81-100件を表示しています。

千葉県勝負運厄除け

鶴谷八幡宮

つるがやはちまんぐう

平安時代初期、安房国の総社として現在の南房総市府中に創建されたと伝わる。鎌倉時代、総社信仰の衰えと源氏による八幡信仰の高まりを受けて八幡宮に改められ、現在地へ遷座した。中世には里見氏、江戸時代には徳川幕府の崇敬を受け、社殿の造営や社領の寄進を得た。本殿は享保5年(1721)に造営されたが、大正12年(1923)の関東大震災で拝殿とともに倒壊し、昭和7年(1932)に再建された。拝殿の向拝天井には、慶応2年(1866)に安房の彫工・初代後藤義光が手がけた彫刻「百態の龍」がある。昭和15年(1940)に県社に列格し、昭和51年(1976)に現社名に改称。9月の例祭「やわたんまち」(安房国司祭)は国司祭の伝統を受け継ぐ房州最大の祭りで、千葉県指定無形民俗文化財となっている。

所在地
千葉県館山市八幡68
御祭神
品陀和気命、帯中津彦命
系統
八幡
茨城県縁結び開運

大杉神社

おおすぎじんじゃ

神護景雲元年(767)の創建と伝わり、疫病が流行した際に僧・勝道が巨杉を神籬として三輪明神を祀ったという伝承をもつ。主祭神は倭大物主櫛甕玉大神で、仁治2年(1241)に京都・今宮神社から大己貴命と少彦名命を勧請合祀した。「あんばさま」の愛称で親しまれる、関東・東北に分布する大杉神社の総本宮。厄除け・八方除けの祈祷で知られ、享保10年(1725)に始まった「あんば囃子」は関東一円に広まり、国の選択無形民俗文化財となっている。豪華な社殿群から「茨城の日光東照宮」とも称される。

所在地
茨城県稲敷市阿波958番地
御祭神
倭大物主櫛甕玉命、大己貴命
系統
出雲
茨城県厄除け方除け

愛宕神社

あたごじんじゃ

大同元年(806)の創建と伝わり、笠間市泉の愛宕山山頂に鎮座する。もとは愛宕権現と称し、俗に「泉の愛宕」と呼ばれた火防の神で、日本三大火防神社の一社を称する。愛宕山には十三天狗が住んだという伝説があり、江戸時代には平田篤胤の著作にも記されるなど、天狗信仰の山として広く知られて参詣者を集めた。本殿裏手の飯綱神社では、日本三大奇祭の一つに数えられる「悪態まつり」が毎年12月に行われる。

所在地
茨城県笠間市泉101番地
御祭神
伊邪丹大神、相殿4柱
系統
愛宕
栃木県開運家内安全

雄琴神社

おごとじんじゃ

寛治5年(1091)、清原武則の子孫・保定が祖先の舎人親王を祀り、藤森神社と称したのが創まりと伝わる。寛正3年(1462)、壬生城を築いた壬生氏の祖・壬生胤業が、遠祖である小槻今雄公の神霊を近江国の雄琴神社から勧請して合祀し、社号を雄琴神社と改めた。祭神は天照大御神・天武天皇・舎人親王・小槻今雄公の四柱。以来900年余りにわたり壬生の総鎮守(総氏神)として崇敬を集めている。

所在地
栃木県下都賀郡壬生町通町18-58
御祭神
天照大御神、天武天皇
系統
伊勢・神明
栃木県開運

那須温泉神社

なすゆぜんじんじゃ

社伝では第34代舒明天皇の御代(630年頃)、狩野三郎行広が白鹿を追う途中で山中に湧く温泉を発見し、温泉の神を祀ったのが創まりと伝わる。延喜式神名帳に載る温泉名を冠した神社の一つで、貞観11年(869)に従四位上を授けられ、奈良時代の貴族が温泉浴に訪れたことは正倉院文書にも見える。屋島の戦いでは那須与一が扇の的を射る際に「那須温泉大明神」に祈願したと平家物語に記され、凱旋後に社殿を寄進したと伝わる。貞享3年(1686)には正一位に叙せられた。祭神は大己貴命・少彦名命・誉田別命。那須湯本温泉(鹿の湯)のほとりに鎮座し、温泉と地域の守護神として崇敬されている。

群馬県縁結び開運

伊香保神社

いかほじんじゃ

延喜式神名帳に名神大社として載る古社で、上野国三宮とされる。地名「伊香保」は『万葉集』の東歌にも詠まれ、承和6年(839)に従五位下を授けられるなど平安時代に神階を進めた。のちに伊香保温泉の守護神として石段街の最上段の現在地に遷り、温泉・医薬の神である大己貴命と少彦名命を祀る。子宝の神としても信仰を集める。例大祭を中心とする9月18〜20日の伊香保まつりでは、本神輿や樽みこしが365段の石段街を練り上がり、温泉街が一年で最も賑わう。

所在地
群馬県渋川市伊香保町伊香保2
御祭神
大己貴命、少彦名命
系統
出雲
神奈川県開運

雷神社

かみなりじんじゃ

承平元年(931)、朱雀天皇の御代に創建されたと伝わる古社で、火雷之命を祀る。古くは「雷電社」「雷電大明神」と記録され、当初は築島と呼ばれた海辺の地にあった。永禄2年(1559)に築島へ落雷した際、その場にいた12名の女性が柏槇の大木が身代わりとなって助かったという言い伝えが残る。天正9年(1581)に領主・朝倉能登守が現在地(追浜本町)へ遷座し、宝永4年(1707)には酒井雅楽守が社殿を再建、寛政11年(1799)には郷村あげての雨乞い祈祷で雨が降ったと記録される。現社殿は昭和33年(1958)竣工。災難除け・気象に関わる安全守護・学業成就の神、追浜一帯の氏神様として信仰され、境内には樹齢約500年の大銀杏(三浦半島古木銘木50選)がそびえる。

所在地
神奈川県横須賀市追浜本町1-9
御祭神
火雷命
東京都開運

浅草神社

あさくさじんじゃ

社伝によれば推古天皇36年(628)、隅田川で漁をしていた檜前浜成・武成兄弟の網に聖観世音菩薩像がかかり、郷土の文化人・土師真中知がこれを拝したことが浅草寺の草創とされる。のちに真中知の子孫が観音の夢告を受け、観音堂の傍らにこの三人を神として祀ったのが当社(三社権現社)の起源と伝わる。現在の社殿は慶安2年(1649)に三代将軍徳川家光が寄進したもので、度重なる火災や関東大震災、戦災を免れて当時の姿を残し、昭和26年(1951)に国の重要文化財に指定された。明治の神仏分離で三社明神社と改称、明治6年(1873)に浅草神社と定められ、今も「三社様」と呼ばれ親しまれている。

所在地
東京都台東区浅草2-3-1
御祭神
土師真中知命、檜前浜成命
埼玉県商売繁盛金運

稲荷社

いなりしゃ

創建年代は不詳だが、五関村の開村以来、村の鎮守として祀られてきたと伝わる。文政10年(1827)に神祇管領長上吉田家から「正一位稲荷大明神」の神璽を授与されており、この頃までには既に祀られていたと推定される。明治6年(1873)に村社に列格し、昭和7年(1932)には字水入の熊野稲荷合社を合祀した。祭神は倉稲魂命・伊弉諾命・伊弉冉命・保食命の四柱で、かつては近隣の東福寺が別当寺を務めた。境内社として天神社・八雲社が祀られている。

所在地
埼玉県さいたま市桜区五関155
御祭神
倉稲魂命、伊弉諾命
系統
稲荷
東京都縁結び開運

出雲大社東京分祠

いずもおおやしろとうきょうぶんし

島根の出雲大社の御祭神・大国主大神の御分霊を奉斎する、都内唯一の分祠。明治11年(1878年)、出雲大社宮司(第80代出雲国造)で出雲大社教初代管長の千家尊福が、神田神社社務所内に東京出張所を設けたのに始まる。明治15年に麹町区上二番町へ移り、翌16年に神殿を建立、明治22年(1889年)に現在地の麻布材木町(現・六本木七丁目)へ移転した。昭和20年(1945年)に戦災で焼失したが御分霊は無事で、昭和36年に木造神殿を再建、昭和55年(1980年)に鉄筋コンクリート造の現社殿へ改築された。縁結びの神として広く信仰されている。

所在地
東京都港区六本木七丁目18番地5号
御祭神
大国主大神
系統
出雲
東京都商売繁盛金運

穴守稲荷神社

あなもりいなりじんじゃ

江戸時代後期の文化・文政期(19世紀初頭)、羽田(現在の羽田空港敷地)の鈴木新田開墾の際、しばしば激浪で堤防が決壊して大穴があいたため、村人が堤の上に稲荷大神を祀ったのが起源と伝わる。以後風浪の害が収まり作物がよく実ったことから、「風浪が作りし穴の害より田畑を守る稲荷大神」として穴守稲荷と称された。御祭神は豊受姫命。昭和20年(1945年)の終戦直後、連合国軍による羽田空港拡張のため48時間以内の退去を命じられて遷座を余儀なくされ、現在地の羽田五丁目に再建された。羽田空港の守り神として航空関係者の崇敬が篤く、空港ビルには分社も祀られている。

所在地
東京都大田区羽田五丁目2番7号
御祭神
豊受姫命(稲荷神)
系統
稲荷
茨城県開運

静神社

しずじんじゃ

社伝によれば大同元年(806年)の創祀と伝わる式内社(名神大社)で、常陸国二之宮。主祭神は機織の神・建葉槌命(倭文神)で、一帯が古くから「静織(しどり)の里」と呼ばれた織物の里であることから、織物の神として崇敬されてきた。水戸藩主・徳川光圀は寛文7年(1667年)に本殿・拝殿・神門などを造営し、その際に本殿脇の檜の根元から銅印「静神宮印」が発見されたと伝わる。天保12年(1841年)の火災で社殿を焼失したが、徳川斉昭によって再建された。

所在地
茨城県那珂市静2
御祭神
建葉槌命
千葉県開運

橘樹神社

たちばなじんじゃ

社伝によれば景行天皇41年、日本武尊が東征の際、走水の海で身を投じて海神の怒りを鎮めた妃・弟橘比売命を偲び、流れ着いた御櫛を納めて御陵を築き、橘の木を植えて祀ったのが始まりと伝わる。『延喜式』神名帳に載る式内社で、上総国二之宮。『日本三代実録』元慶元年(877)条では従五位上勲五等から正五位下勲五等へ昇叙され、天正19年(1591)には徳川家康から社領6石の朱印状を受けた。明治6年(1873)県社に列格。社殿後方には弟橘比売命の御陵と伝わる墳丘が残り、社叢は昭和55年(1980)に茂原市指定天然記念物となっている。

所在地
千葉県茂原市本納738
御祭神
弟橘比売命
埼玉県商売繁盛金運

箭弓稲荷神社

やきゅういなりじんじゃ

社伝では和銅5年(712)の創建と伝わる古社で、主祭神は保食神。もとは地名の野久ヶ原にちなみ野久稲荷と称した。平安時代中頃、平忠常の乱平定に向かう源頼信が戦勝を祈願したところ、明け方に箭(矢)の形をした白雲が現れて敵方へ飛んだため大勝し、これに感謝して社殿を寄進し「箭弓稲荷」と改めたと伝わる。江戸時代には松山城主や近郷の庶民の信仰を集め、文政4年(1821)には7代目市川團十郎が境内に團十郎稲荷を勧請した。権現造の社殿は本殿・幣殿が天保6年(1835)に上棟し、拝殿は天保11年(1840)までに竣工したもので、「箭弓稲荷神社本殿・幣殿・拝殿」として令和6年(2024)1月に国の重要文化財に指定された。「やきゅう」の音の縁で野球関係者の参拝が多いことでも知られる。

所在地
埼玉県東松山市箭弓町2-5-14
御祭神
保食神、(宇迦之御魂神
系統
稲荷
千葉県開運

洲崎神社

すさきじんじゃ

房総半島南端の御手洗山中腹に鎮座する。宝暦3年(1753)の「洲崎大明神由緒旧記」によれば、神武天皇の御代に天富命が祖母神天比理乃咩命の御神鏡を祀ったのが始まりと伝わる。祭神の天比理乃咩命は安房を開拓した忌部氏の祖・天太玉命の后神で、延喜式内大社「后神天比理乃咩命神社」の論社とされる。治承4年(1180)には石橋山の戦いに敗れて安房へ逃れた源頼朝が参拝して源氏再興を祈願し、神田を寄進した。文化9年(1812)には松平定信が「安房国一宮洲崎大明神」の扁額を奉納したと伝わり、安房国一宮を称する。例祭で奉納される「洲崎のミノコオドリ」は千葉県指定無形民俗文化財。

所在地
千葉県館山市洲崎1344
御祭神
天比理乃咩命
茨城県開運

金村別雷神社

かなむらわけいかずちじんじゃ

社伝では承平元年(931)、桓武平氏の流れをくむ豊田氏の領主が、五穀豊穣を祈願して京都・上賀茂の賀茂別雷神社の分霊を勧請し創建したと伝わる。小貝川のほとりに鎮座し、御祭神は別雷大神。水戸の別雷皇大神宮、群馬県板倉町の雷電神社とともに「関東三雷神」の一つに数えられ、雷除け・五穀豊穣・難病平癒の神として約千年にわたり信仰されてきた。

所在地
茨城県つくば市上郷8320
御祭神
別雷大神
埼玉県勝負運厄除け

行田八幡神社

ぎょうだはちまんじんじゃ

創建年代は不詳だが、社伝では源頼義・義家が奥州討伐の途上、戦勝を祈願して勧請したと伝わる。当初は佐間村田中に鎮座し「田中八幡」と呼ばれた。天文年間に現在地へ遷座し、忍城主・成田長泰の崇敬を受けて社殿が修補され、城下の総鎮守として「城主八幡」「西向き八幡」とも称された。弘化3年(1846)の大火で全焼したが同年本殿を再建し、平成元年(1989)に新社殿が竣功した。主祭神は誉田別尊(応神天皇)で、気長足姫尊・比売大神・大物主神・神素盞鳴尊を祀る。癌封じ・ぼけ封じ・虫封じなど秘法を伝える「封じの宮」として知られる。

所在地
埼玉県行田市行田16-23
御祭神
誉田別尊、気長足姫尊
系統
八幡
栃木県開運

宇都宮二荒山神社

うつのみやふたあらやまじんじゃ

社伝では第10代崇神天皇の御代に遡る古社。第16代仁徳天皇の御代に毛野国が上下二国に分けられた際、御祭神豊城入彦命の四世孫・奈良別王が下毛野国の国造に任ぜられ、祖神豊城入彦命を荒尾崎(下之宮)に祀ったのが始まりで、承和5年(838年)に現在の臼ヶ峰に遷座したと伝わる。延喜式神名帳に下野国唯一の名神大社として記載され、「下野国一之宮」と呼ばれる。宇都宮の地名は一之宮の転訛とする説もある。相殿に大物主命・事代主命を祀り、藤原秀郷・源頼朝・徳川家康ら武将の崇敬も篤かった。宇都宮はこの神社の門前町として発展し、今も郷土の総氏神として親しまれている。

所在地
栃木県宇都宮市馬場通り一丁目1番1号
御祭神
豊城入彦命
東京都学業成就開運

淡島神社

あわしまじんじゃ

創建年代は不詳だが、境内には享保年間(江戸時代中期)の頃に祀られた碑があり、文政年間の奉納札も現存する。和歌山・加太の淡嶋神社(淡島明神)を勧請したものと伝わり、少彦名命・天照大神・菅原道真を祀る。少彦名命を祀る淡島信仰の神社は東京都内では当社のみとされる。もとは矢部の箭簳(やがら)八幡宮の飛地境内社であったが、昭和42年(1967年)に宗教法人として独立し、昭和52年(1977年)に社殿が修復された。古くから婦人病の守護神として近郷の人々の信仰を集めてきた。

所在地
東京都町田市根岸2丁目7-5
御祭神
少彦名命、天照大神
系統
天神
神奈川県開運家内安全

伊勢山皇大神宮

いせやまこうたいじんぐう

明治3年(1870年)、時の神奈川県知事・井関盛艮の主導で創建された。開港後の急速な近代化・西洋化の中でも横浜の人々が日本の国柄を見失わないようにと、天照皇大神を祀る神殿の建立が計画され、戸部にあった古社を再興して港を一望する丘の上に遷座したものである。遷座時には5日間にわたる盛大な祝祭が行われ、この祭りをきっかけにアイスクリームが世に広まったという逸話も残る。「横浜総鎮守」とされ、かつては例祭日(5月15日)に役所・会社・学校が休みになり市民が祝ったと伝わる。近年は創建150年記念事業が行われた。

所在地
神奈川県横浜市西区宮崎町64番地
御祭神
天照皇大神
系統
伊勢・神明

関東に関連するご利益一覧

関東の神社一覧から、よく紐づくご利益をまとめています。