御祭神いざなみのみこと

伊弉冉尊を祀る神社

日本の国土と神々を生んだ女神。夫の伊弉諾尊と共に日本の創世神話の中心的存在。 代表的な神社としては多賀大社、三峯神社、白山神社などが挙げられます。 代表社としては多賀大社や白山比咩神社が挙げられ、国生み神話を伝える重要な女神として祀られています。

伊弉冉尊とは?

日本の国土と神々を生んだ女神。夫の伊弉諾尊と共に日本の創世神話の中心的存在。 代表的な神社としては多賀大社、三峯神社、白山神社などが挙げられます。 代表社としては多賀大社や白山比咩神社が挙げられ、国生み神話を伝える重要な女神として祀られています。

伊弉冉尊の主なご利益

伊弉冉尊を祀る神社では、健康祈願、厄除け、開運のご利益がよく見られます。神社ごとの由緒や地域の信仰もあわせて確認すると、仕事や暮らしの節目、心身を整えたい場面など、願意に合う参拝先を選びやすくなります。

伊弉冉尊を祀る有名な神社

有名神社を中心に、大社・一宮・総鎮守など比較の起点にしやすい神社をまとめます。

伊弉冉尊を祀る神社一覧

24件中1-20件を表示しています。

沖縄県開運

金武宮

きんぐう

琉球八社の一つに数えられる神社で、独立した社殿を持たず、金武観音寺の境内地下にある鍾乳洞そのものを御神体とする点に大きな特色があります。創建の年代を伝える確かな記録は残っていませんが、『琉球国由来記』の記述から、尚清王の治世にあたる1527年から1555年の間と推定されています。補陀落山を求めて海を渡ってきた日秀上人が琉球各地を巡るなかでこの洞窟を霊地と定め、自ら彫った三尊を権現の正体として祀ったのが始まりと伝えられます。祭神は熊野権現にあたる伊弉冉尊・速玉男命・事解男命です。洞窟は日秀洞と呼ばれ、龍神信仰の地として複数の拝所が設けられてきました。神職を置かず観音寺の住職が管理してきたため、琉球王府からの経済的援助を受けなかった点でも他の琉球八社と異なります。近代の社格制度では無格社に位置づけられました。

所在地
沖縄県国頭郡金武町金武222
御祭神
伊弉冉尊、速玉男命
沖縄県開運厄除け

識名宮

しきなぐう

沖縄県那覇市繁多川に鎮座し、明治以前に琉球国府から特別の扱いを受けた官社「琉球八社」の一社。社号は『琉球神道記』(1608年)に「尸棄那権現」、『琉球国由来記』(1713年)に「姑射山権現」と記される。近世沖縄の権現信仰では、末吉宮を熊野新宮、普天満宮を熊野那智、当宮を熊野本宮に見立てて信仰された。社伝によれば、洞窟内に安置された賓頭盧が夜ごと光を放つのを大阿母志良礼が信仰したところ願いが叶い、尚元王(1556〜72年)の長子・尚康伯の病気平癒にも霊験があったため、王子が私財を投じて宮と神応寺を創建したという。尚賢王の代からは毎年1月・5月・9月の吉日に国王の行幸が始まった。社殿はもと洞窟内にあったが湿気で腐朽し、康煕19年(1680年)に洞外へ移して瓦葺とした。戦前の社殿は戦災で焼失し、昭和43年12月に復興、平成25年12月に新社殿が竣工している。

所在地
沖縄県那覇市繁多川4-1-43
御祭神
伊弉冉尊、速玉男尊
系統
熊野
宮城県開運厄除け

熊野那智神社

くまのなちじんじゃ

宮城県名取市の高舘山山頂に鎮座し、名取熊野三社の一つに数えられる。第一主神は羽黒飛龍大神、第二主神は熊野夫須美大神で、ほかに速玉神・家都御子神・大穴牟遅神など計7柱を祀る。社伝によれば、養老元年(717年)閏6月、名取郡廣ノ浦(現在の閖上)の漁師・治兵衛が海中から光を放つ御神体を引き揚げて家に祀ったところ、夜ごと西の山並みへ龍燈のような光が走った。神託を求めると「我は羽黒飛龍の神なり」との告げがあり、光の向かった高舘山に社殿を建てて羽黒飛龍大権現として祀った。これが養老3年(719年)6月10日と伝える。保安4年(1123年)には名取老女が紀州熊野三社をこの地に勧請し、那智の御分霊を合祀して熊野那智権現と号した。伊達家代々の崇敬が篤く、社地の拡張と社殿造営、祭祀料の寄進を受けた。明治31年(1898年)の拝殿移転工事の際には床下から懸仏や銅鏡155点が見つかり、国・県の文化財に指定された。

所在地
宮城県名取市高舘吉田舘山8
御祭神
羽黒飛龍神、伊弉冉尊
系統
熊野
沖縄県開運厄除け

天久宮

あめくぐう

那覇市泊に鎮座する琉球八社の一社。『琉球神道記』(1608)に「天久権現」、『琉球国由来記』(1713)に「天久山熊野三社大権現」、『琉球国旧記』(1731)に「天久山三社」、『球陽』(1745)に「天久山権現」「天久宮」と記されるなど、古記録に繰り返しその名がみえる。創建は成化年間(1465〜1487)と伝えられる。縁起では、銘苅村の翁子が天久野で気高い女人と法師に出会い、女人が中腹の洞窟のあたりで消えるのを見て王に奏上したところ、国王が臣下に命じて洞窟へ香を供えさせると自然に火がついたため社殿を造営したという。のちに「我は熊野権現なり。女人は国家の守護神・弁財天である」との神託があったと伝わる。御祭神は伊弉冉尊・速玉男尊・事解男尊。昭和19年(1944)の空襲で社殿を焼失し、戦後は御嶽形式で祀られたが、昭和47年に本殿を建立、本土復帰と同じ5月15日に宗教法人となった。

所在地
沖縄県那覇市泊3丁目19-3
御祭神
伊弉冉尊、速玉男尊
系統
熊野
長野県開運

若一王子神社

にゃくいちおうじじんじゃ

長野県大町市大町に鎮座し、伊弉冉尊・仁品王・妹耶姫・若一王子の四柱を祀る。社伝では垂仁天皇の御代に仁品王が社を建てて伊弉冉尊を奉祀したのが始まりとされ、のちに土地の創始の神として仁品王とその后・妹耶姫が合祀された。安曇郷を領した仁科氏の崇敬が篤く、嘉祥2年(849)の創建と伝えられる。仁科盛遠が熊野那智大社に詣で、第五殿に祀られる若一王子を勧請してからは若一王子の宮と称された。現在の本殿は戦国末期の弘治2年(1556)に仁科盛康が造営した隅木入春日造の一間社で、国の重要文化財。承応3年(1654)には社殿の大修造が行われた。明治の神仏分離の際に現社号へ改め、昭和6年(1931)に県社、昭和51年(1976)に別表神社へ加列。境内には観音堂(宝永3年/1706)と三重塔(宝永8年/1711)が残り、神仏習合の姿を今に伝える。社叢「王子の森」は長野県天然記念物。

所在地
長野県大町市大字大町2097
御祭神
伊弉冉尊、仁品王
宮城県開運厄除け

名取熊野三社

なとりくまのさんしゃ

紀州の熊野三山を模して名取の高舘丘陵に勧請された、熊野本宮社・熊野神社(新宮社)・熊野那智神社の三社をまとめた呼称です。保安年間(1120〜1124年)に熊野信仰を篤くした「名取老女」が勧請したと伝えられ、熊野那智神社は保安4年(1123年)に那智の分霊を合祀して社名を改めたとされます。仙台湾を熊野灘に、名取川を熊野川に、高舘丘陵を熊野の山並みに見立てて三社を配した地理的な対応関係が特徴です。中世以降は伊達氏の崇敬を受け、永正11年(1514年)の伊達稙宗以降、歴代当主と仙台藩主から寄進や奉納を重ねて受けました。三社の中心となった熊野神社の本殿は熊野造の特徴を持つ宮城県指定有形文化財で、春秋の例祭に奉納される熊野堂神楽・熊野堂舞楽は宮城県指定無形民俗文化財です。

所在地
宮城県名取市高舘熊野堂字岩口上51
御祭神
速玉男尊、伊弉冉尊
系統
熊野
静岡県安産子宝

村山浅間神社

むらやませんげんじんじゃ

富士山における修験道、いわゆる村山修験の中心地として栄えた神社です。社伝では孝昭天皇2年に富士山中腹の水精ヶ岳に創建され、大宝元年(701年)に現在地へ遷ったと伝えられます。平安時代末の末代上人に連なる修行者たちがこの地に寺院を営み、興法寺として神仏習合の霊場を形づくりました。戦国時代の初めには駿河を領した今川氏の庇護を受け、江戸時代には池西坊・辻之坊・大鏡坊の村山三坊が興法寺とともに大宮・村山口登拝道と山頂の大日堂を管理しています。明治の神仏分離により興法寺は廃されて神社として存続し、大正13年(1924年)に県社へ昇格しました。2013年には「富士山-信仰の対象と芸術の源泉」の構成資産として世界文化遺産に登録されています。境内には修験者や登拝者が身を清めた水垢離場が残ります。

所在地
静岡県富士宮市村山1151
御祭神
木花開耶姫命、大山祗命
系統
浅間
岐阜県健康祈願開運

長滝白山神社

ながたきはくさんじんじゃ

霊峰白山を神体山と仰ぐ白山信仰の美濃側の拠点で、白山三馬場のうち「美濃馬場」と呼ばれた地に鎮座する。社伝では養老元年(717年)に泰澄が白山に登拝し、白山中宮長瀧寺を開いたのが始まりとされる。天長5年(828年)に法相宗から天台宗へ改まり、同9年には加賀の白山本宮、越前の平泉寺とともに白山三馬場の一つに数えられた。中世には1万3千石の神領と多数の坊院を擁して隆盛し、全国から信仰者が集まった。明治の神仏分離により長滝白山神社と長瀧寺に分かれ、明治32年(1899年)の大火で多くの建物を失ったが、神仏習合時代の旧観を残す同一境内に両者が並び、国指定の重要無形民俗文化財「長滝の延年」をはじめ多くの文化財を伝えている。

所在地
岐阜県郡上市白鳥町長滝字杉山91
御祭神
伊弉諾尊、伊弉冉尊
系統
白山
大阪府開運

日部神社

くさべじんじゃ

大阪府堺市西区草部に鎮座し、彦坐王・神武天皇・道臣命を主祭神とする。彦坐王は、この一帯を拠点とした豪族・日下部首氏の祖神とされる。創建の経緯は詳らかでないが、本居宣長『古事記伝』は、神武天皇が東征の際に上陸し長髄彦と最初の戦いをした「日下の蓼津」をこの一帯に比定している。明治44年(1911)に近隣の八坂神社・熊野神社・菅原神社を合祀し、旧八坂神社の社地へ遷座した。現在の社地・本殿・神門は旧八坂神社のもので、拝殿は旧菅原神社から移築されたものである。本殿は、その前にあった石燈籠に「正平二十四年卯月八日」(正平24年/1369年)の銘が刻まれていることや建築様式から、その頃の建立と考えられ、石燈籠とともに大正6年(1917)に国の重要文化財に指定された。本殿の蟇股には多彩な彫刻が施される。神門は江戸時代の作で堺市指定文化財。

所在地
大阪府堺市西区草部262
御祭神
彦坐王、神武天皇
大阪府開運

鴨神社

かもじんじゃ

高槻市西部の赤大路町に鎮座する式内社の論社で、旧社格は村社。創建年代は不詳である。社伝では、この地に先住した鴨氏の一族が祖神を祀ったのが始まりで、のちに渡来系の三島氏が勢力を伸ばしたと伝える。『延喜式』神名帳にみえる摂津国島下郡の「三島鴨神社」について、『大阪府神社明細帳』の記述などから当社をこれにあてる説があり、同じ高槻市の三島江に鎮座する三島鴨神社とともに論社とされている。主祭神は山を司る大山積命で、ほかに伊弉諾尊・伊弉冉尊・鴨御祖大神を祀る。近隣の子安天満宮とあわせて管理されており、地鎮祭や初宮参り、七五三、安産、厄除といった祈祷を受け付けている。

所在地
大阪府高槻市赤大路町42-3
御祭神
大山積命、伊弉諾尊
系統
賀茂
奈良県開運

檜原神社

ひばらじんじゃ

三輪山の北西麓、山の辺の道沿いに鎮座する大神神社の摂社。社伝では、崇神天皇の御代に、それまで宮中に祀られていた天照大御神を皇女の豊鍬入姫命に託して倭笠縫邑に遷し、磯城神籬を立てて祀ったのが当社の始まりと伝え、「元伊勢」と呼ばれている。天照大御神はその後、永久の鎮座地を求めて各地を巡り、垂仁天皇の代に伊勢の五十鈴川上流に鎮まったとされ、これが伊勢神宮内宮の創祀と伝えられる。本殿も拝殿も設けず、三ツ鳥居(三輪鳥居)を通して御神座を拝するという、本社の大神神社と共通する古い祭祀の形を今に伝えている。『延喜式』神名帳の大和国城上郡「巻向坐若御魂神社」の論社ともされ、末社の豊鍬入姫宮には豊鍬入姫命を祀る。

所在地
奈良県桜井市三輪1422
御祭神
天照大神若御魂神、伊弉諾尊
東京都健康祈願

多賀神社

たがじんじゃ

天慶元年(938)、武蔵介に任ぜられた源経基が国土豊穣・万世安穏を祈願するため、近江の多賀大社から分祀し勧請したと伝わる。文応元年(1260)には北条時頼が巡行の折にこの地で病に倒れ、古鏡を奉納して祈願したところ治癒したことから、社領七反歩を寄進して祈願所としたという。祭神は伊弉諾尊・伊弉冊尊の夫婦神で、良縁成就や子孫繁栄などの御神徳で知られる。明治26年(1893)に郷社へ昇格。新選組(甲陽鎮撫隊)解散の地としても知られ、境内には樹齢400年余の大銀杏の御神木がそびえる。8月の例大祭は八幡・八雲神社の「下の祭」に対して「上の祭」の別名で親しまれ、八王子まつりでの渡御で有名な宮神輿「千貫神輿」(市指定有形文化財)を有する。

所在地
東京都八王子市元本郷町四丁目9番21号
御祭神
伊弉諾尊、伊弉冉尊
系統
多賀
三重県開運厄除け

花窟神社

はなのいわやじんじゃ

『日本書紀』に記される、日本最古の神社ともいわれる聖地。社殿を持たず、高さ約45mの巨岩を御神体とする自然信仰の社で、神々の母・伊弉冉尊が火神・軻遇突智尊を産み、灼かれて亡くなった後に葬られた御陵と伝わる。祭神は伊弉冉尊と軻遇突智尊。年2回(2月2日・10月2日)の例大祭では、百尋(約166m)の大綱を御神体の窟の頂上から境内の松の御神木に渡す「御綱掛け神事」が太古から続けられており、三重県の無形民俗文化財に指定されている。平成16年(2004)7月には「紀伊山地の霊場と参詣道」の構成資産として世界遺産に登録された。

所在地
三重県熊野市有馬町上地130番地
御祭神
伊弉冉尊、軻遇突智尊
系統
熊野
京都府商売繁盛金運

愛宕神社

あたごじんじゃ

全国に約900社ある愛宕神社の総本宮で、京都市最高峰・愛宕山の山頂に鎮座する。大宝年間(701〜704)に修験道の祖・役行者と白山開祖の泰澄が朝日峰に神廟を建立したのが始まりと伝わり、天応元年(781)には慶俊僧都が中興し、和気清麻呂が白雲寺を建立して愛宕大権現を祀る鎮護国家の道場とした。神仏習合の山岳修験霊場として栄え、9世紀には七高山の一つに数えられたが、明治初年の神仏分離令で白雲寺は廃絶し愛宕神社となった。伊弉冉尊など五柱を祀り、古くから火伏・防火に霊験あらたかな神として知られ、「火迺要慎」の火伏札は京都の台所や厨房に広く貼られている。3歳までに参拝すると一生火事に遭わないという言い伝えもある。

所在地
京都府京都市右京区嵯峨愛宕町1
御祭神
伊弉冉尊、埴山姫神
系統
伊勢・神明
京都府開運厄除け

熊野神社

くまのじんじゃ

弘仁2年(811)、修験道の祖・役小角から十世にあたる僧日圓が、国家護持のため紀州熊野大神を勧請したのに始まると伝わる。聖護院の守護神として奉祀され、平安末期には熊野信仰に篤い後白河法皇が社殿を修造し境内を寄進した。歴代天皇や庶民の信仰を集めたが応仁の乱で荒廃し、寛文6年(1666)聖護院門跡の助成により再興、天保6年(1835)に大修造が行われた。本殿に伊弉冉尊、相殿に伊弉諾尊・天照大神・速玉男尊・事解男尊を祀り、縁結び・安産・病気平癒の神として信仰される。

所在地
京都府京都市左京区聖護院山王町43
御祭神
伊弉冉尊、伊弉諾尊
系統
熊野
福島県縁結び開運

会津総鎮守 伊佐須美神社

あいづそうちんじゅ いさすみじんじゃ

伊佐須美神社は伊弉諾尊・伊弉冉尊・大毘古命・建沼河別命を祀る岩代国一之宮・会津総鎮守。延喜式の名神大社に列し、国幣中社を経て、現在も会津を代表する古社として崇敬されています。

所在地
福島県大沼郡会津美里町字宮林甲4377
御祭神
伊弉諾尊、伊弉冉尊
系統
多賀
沖縄県開運交通安全

波上宮

なみのうえぐ

波上宮は伊弉冉尊・速玉男尊を祀る神社。国家鎮護・航海安全のご利益で知られ、不明(琉球王国時代)に創建された由緒ある神社です。

所在地
沖縄県那覇市若狭1-25-11
御祭神
伊弉冉尊、速玉男尊
系統
熊野
埼玉県縁結び家内安全

三峯神社

みつみね じんじゃ

三峯神社は伊弉諾尊・伊弉冉尊を祀る神社。夫婦円満・家内安全のご利益で知られ、景行天皇の時代(伝承)に創建された由緒ある神社です。

所在地
埼玉県秩父市三峰298-1
御祭神
伊弉諾尊、伊弉冉尊
系統
三峯
滋賀県縁結び健康祈願

多賀大社

たが たいしゃ

多賀大社は伊邪那岐大神・伊邪那美大神を祀る神社。延命長寿・縁結びのご利益で知られ、神代(古事記等)に創建された由緒ある神社です。

所在地
滋賀県犬上郡多賀町多賀604
御祭神
伊弉諾尊、伊弉冉尊
兵庫県健康祈願開運

伊弉諾神宮

いざなぎじんぐう

伊弉諾神宮は、伊弉諾尊と伊弉冉尊を祀る淡路国一宮。国生み神話で淡路島を生んだ伊弉諾尊が余生を過ごした幽宮の旧跡と伝えられる。古くから国生みの島・淡路を象徴する神社として崇敬されてきた。

所在地
兵庫県淡路市多賀740
御祭神
伊弉諾尊、伊弉冉尊
系統
多賀