中部の神社一覧
中部の都道府県別一覧と神社カードをまとめるページです。
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中部の神社一覧
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高塚熊野神社
後三条天皇の延久年間(1069〜74年頃、約940年前)に創建されたと口伝される古社。紀州熊野本宮の神主が全国行脚の途中でこの地に留まり、熊野の神々を祀ったのが始まりと伝わる。「高い丘を作って人々を救え」との夢告を受けた神主が村人とともに社殿の裏山に土を盛ったと伝えられ、安政の大地震の際には里人がこの丘に避難して津波の難を逃れたという。この塚が「高塚」の地名の由来になったとの説もあり、防災と地域救済の記憶を今に伝える。祭神は伊佐奈伎命・事解之男命・速玉之男命の熊野三神で、「開運みちびきの大神」として信仰される。
- 所在地
- 静岡県浜松市中央区高塚町4708
- 御祭神
- 伊佐奈伎命、事解之男命
- 系統
- 熊野
水無神社
社名は「すいむじんじゃ」と読む。岐阜県神社庁によれば、宝亀5年(774)に飛騨国から隣村中之保村の宮本の地に遷座したのが始まりと伝わる古社で、主祭神に高照光姫命と大年命を祀る。慶長5年(1600)に岩山崎組の田面の中の大森に遷り、延宝6年(1678)に現在地へ遷座したと伝えられる。上之保村・中之保村がそれぞれ一基ずつ神輿を奉斎してきた歴史を持ち、旧武儀郡の山あいに位置する富之保の地の鎮守として崇敬されてきた。
- 所在地
- 岐阜県関市富之保字岩臼洞2964番地
- 御祭神
- 高照光姫神
神明神社
創祀は、伊勢神宮を創建したと伝わる倭姫命が篠島を神宮の御贄所(供え物の漁場)と定めたことに由来すると伝えられる。宝亀2年(771)には贄所守護のため伊勢神宮から土之宮を勧請して「伊勢土之宮」と尊称され、のちに神明宮と改称、明治中期から神明社、昭和20年代より神明神社と称している。伊勢神宮とは約1200年にわたる深い縁で結ばれ、神宮の式年遷宮後に内宮東宝殿の古材を下賜されて20年に一度社殿を造営し、その古材でさらに島内の八王子社が建て替えられる伝統が続く。塩漬けの鯛「御幣鯛(おんべ鯛)」を毎年神宮に奉納する神事も千年以上受け継がれており、島の一部は今も伊勢神宮領となっている。
- 所在地
- 愛知県知多郡南知多町大字篠島字神戸101
- 御祭神
- 大土御祖神、大年神
- 系統
- 伊勢・神明
狭野神社
延喜式神名帳に記される式内社で、素戔嗚尊・天照大神・豊受比咩命を祀る。嘉祥3年(850)に正六位上を賜ったと伝えられ、加賀藩前田家歴代藩主の崇敬が厚く、三代利常は自ら祭主として祭儀を執り行ったという。明治5年に郷社、明治32年に県社に昇格し、同年神饌幣帛料供進神社に指定された。大正13年に拝殿、昭和50年に本殿などが改築されている。境内には椎の神木がそびえ、樹齢約350年のスダジイをはじめ44科90種の植物が確認される社叢は「狭野神社社叢」として天然記念物に指定されている。
- 所在地
- 石川県能美市佐野町ノ-88-2
- 御祭神
- 素盞嗚尊ほか
- 系統
- 八坂
河口浅間神社
貞観6年(864)に富士山が大噴火し(貞観噴火)、溶岩流により大湖「剗の海」が分断されて西湖と精進湖が生まれた。この災害を受けて翌貞観7年(865)、噴火を鎮めるため勅命により富士山の神・浅間大神を祀ったのが創祀とされる。祭神は浅間大神(木花開耶姫命)。延喜の制では名神大社に列した。境内には樹齢1200年と伝わる山梨県天然記念物「七本杉」がそびえる。2013年には「富士山—信仰の対象と芸術の源泉」の構成資産として世界文化遺産に登録され、国の史跡に指定されている。
- 所在地
- 山梨県南都留郡富士河口湖町河口1
- 御祭神
- 浅間大神
- 系統
- 浅間
天津神社
社伝によれば第12代景行天皇の御代の創建と伝わり、孝徳天皇の勅願所として、古くから糸魚川の産土神と崇敬されてきた古社。天津彦々火瓊々杵尊・天児屋根命・天太玉命を祀り、境内には奴奈川姫命と八千矛命を祀る式内社・奴奈川神社が並び立つ。4月10日の春季例大祭は二基の神輿が激しくぶつかり合う「けんか祭り」として知られ、押上区が勝てば豊漁、寺町区が勝てば豊作になると伝えられる。祭りでは国の重要無形民俗文化財「糸魚川・能生の舞楽」の舞楽が奉納される。
- 所在地
- 新潟県糸魚川市一の宮1-3-34
- 御祭神
- 天津彦々火瓊々杵尊、天児屋根命
- 系統
- 春日
槻神社
創祀年代は不詳だが、国内神名帳に「従五位上槻村天神」と記される古社で、主祭神に瀬織津姫命を祀る。もとは月集落の引田の地に鎮座し、慶安3年(1650)に社殿が再建され、享保19年(1734)に建て替えられた。明治5年(1872)に郷社に列し、明治42年(1909)に村社熊野神社の鎮座地である現在地へ移転・合祀、大正4年(1915)には御大礼記念事業として本殿・拝殿が改築された。月集落の産土神であるとともに東栄町東部一円の崇敬を集め、配祀神として伊邪那岐命・建御名方命を祀る。境内には樹齢350年を超える杉の大木があり、町指定文化財となっている。
- 所在地
- 愛知県北設楽郡東栄町大字月字寺甫七番地
- 御祭神
- 瀬織津姫命
伊豆山神社
祭祀の始まりは上古に遡ると伝わり、応神天皇の御代に相模の海に神が出現し、仁徳天皇の御代に日金山に祀られたのが起源とされる古社。古くは伊豆大権現・走湯大権現と称された。平治の乱で伊豆国に配流された源頼朝が北条政子とともに深い信仰を寄せ、伊豆山大神の加護により平家を倒して鎌倉幕府を開いたと伝えられることから、「強運八方除」の守護神として鎌倉・江戸の歴代将軍の崇敬を受けた。明治の神仏分離により伊豆山神社と改称し、昭和3年(1928)に国幣小社に列格した。縁結び・福徳和合の神としても知られる。
- 所在地
- 本宮:静岡県熱海市伊豆山1083本殿:静岡県熱海市伊豆山708-1
- 御祭神
- 火牟須比命、天忍穂耳尊
大嵐天神社
大同2年(807)、村人が大己貴命・少彦名命を勧請し「大嵐天神宮」と称したのが始まりと伝わる。天暦年間(947〜957)に菅原道真公を合祀した。永享12年(1440)には甲斐国守護・武田信重が本殿を造営。天保12年(1841)の全村大火で焼失したが、弘化2年(1845)に本殿を再建した。明治41年(1908)に雨屋と拝殿を建造し、指定村社に列格。平成9年(1997)には拝殿をはじめ諸施設の大改修が行われた。御祭神は大己貴命・少彦名命・菅原道真公。
- 所在地
- 山梨県南都留郡富士河口湖町大嵐71
- 御祭神
- 大巳貴神、少彦名神
- 系統
- 天神
足助八幡宮
社伝では天武天皇の白鳳2年(673)の創建と伝わる古社で、祭神は品陀和気命(応神天皇)ほかを祀る。「足を助ける」に通じる社名から、古くから足・旅・交通安全の守護神として信仰されてきた。室町時代の文正元年(1466)に建立された本殿は三間社流造・檜皮葺で、明治40年に特別保護建造物(現在の国指定重要文化財)に指定された。慶長17年(1612)奉納の絵馬「鉄砲的打図板額」は火縄銃を描いた全国的にも希少なもので、文化財に指定されている。例大祭の足助まつりは4台の山車と火縄銃の実演で知られる。
- 所在地
- 愛知県豊田市足助町宮ノ後13
- 御祭神
- 品陀和気命
- 系統
- 八幡
堀出神社
社伝によれば、金津城築城の際に地中から男女二体の神像が掘り出され、城中に伊邪那岐尊・伊邪那美尊として祀って「堀出大神」と奉称したのに始まる。のちに新津氏がこの御神体を受け継いで新津城内の守護神とし、天正元年(1573)に現在地へ社殿を建立して遷座したと伝わる。以来、新津総鎮護として崇敬を集め、8月の例大祭は「にいつ夏まつり」として万灯みこしや祭屋台が町を練り歩く新津最大の祭りとなっている。
- 所在地
- 新潟市秋葉区新津本町3丁目14番6号
- 御祭神
- 伊邪那岐神、伊邪那美神
- 系統
- 愛宕
府中八幡宮
創建は養老4年(720)とも貞観12年(870)とも伝えられ、宇佐八幡宮または石清水八幡宮から分霊を勧請したのに始まるとされる。越後国府の地にあって歴代国司の崇敬を受け、越後の総社と位置づけられてきた古社である。中世には上杉氏の崇敬を受けたが御館の乱の戦火で焼失し、寛永9年(1632)に高田藩主松平光長により再建された。祭神は誉田別尊。上越市指定文化財の鰐口や府中八幡宮文書が伝わり、直江津の歴史を今に伝えている。
- 所在地
- 新潟県上越市西本町3-5-15
- 御祭神
- 誉田別尊
- 系統
- 八幡
芋川神社
起源は不詳だが、古くから天照大御神を祀り、芋川地区の総社として崇敬されてきた旧村社。明治40年(1907)には前年の神社合祀に伴い境内を拡張し、本殿と祝詞殿の間に芋川用水を通して同年9月に遷宮の儀式が行われた。平成11年(1999)9月の不審火で幣殿・祝詞殿・拝殿・社務所の4棟を焼失したが、同年12月、諏訪大社下社春宮から御柱祭に合わせて建て替えられる御宝殿の用材を譲り受けて本殿が再建され、平成17年(2005)には拝殿も再建された。祭神は天照大御神・健御名方富命・誉田別尊など9柱。
- 所在地
- 長野県上水内郡飯綱町大字芋川
- 御祭神
- 天照大御神、健御名方富命
- 系統
- 八幡
石部神社
『延喜式』神名帳の加賀国能美郡に載る式内社で、加賀国の総社とされる。社地はかつて「船南山」と呼ばれ、弘仁14年(823)に加賀国が立国された際には国府の南にあたることから「府南社」とも称され、歴代国司の崇敬を受けた。祭神は櫛日方別命。慶長年間には小松城主・丹羽長重が社殿を改築し、寛永年間には加賀藩主・前田利常が神宝を奉納した。明治5年(1872)に郷社に列し、明治39年(1906)に神饌幣帛料供進神社に指定。現在の社殿は昭和37年(1962)に改築されたもの。
- 所在地
- 石川県小松市古府町カ169
- 御祭神
- 櫛日方別命
筑摩神社
社伝では延暦13年(794)、石清水八幡宮から勧請を受けて創建されたと伝わり、「正八幡宮」とも称された。祭神は息長帯比売命(神功皇后)・誉田別命(応神天皇)の八幡神に宗像三女神を合わせた5柱。信濃国府が筑摩郡に移されて以降は「国府八幡宮」とも呼ばれ、室町時代以降は清和源氏の流れをくむ信濃の小笠原氏の祖神として崇敬された。永享11年(1439)に小笠原政康が再建した三間社流造の本殿は松本地方最古の建造物として国の重要文化財、慶長15年(1610)に松本藩主石川康長が造営した拝殿は長野県宝に指定されている。
- 所在地
- 長野県松本市筑摩2-6-1
- 御祭神
- 息長帯比売命、誉田別命
- 系統
- 八幡
速星神社
『延喜式』神名帳に載る婦負郡七座の一つとされる式内社で、旧郷社。主祭神は五百箇磐石尊で、倉稲魂神・諏訪神を合わせ祀る。『婦負郡志』の伝えでは、垂仁天皇の代に阿彦討伐のため下向した皇子がこの地に土着して稲倉魂神を祀った「御門神社」に始まり、のち天武天皇の代に下向した皇子が用水のための池を掘って諏訪神を相殿に祀り、社号を速星神社に改めたという。社名は鎮座地の地名(富山市婦中町速星)と重なり、旧郷社として地域の崇敬を集めてきた。
- 所在地
- 富山県富山市婦中町速星
- 御祭神
- 五百箇磐石尊、倉稲魂神
- 系統
- 稲荷
小野神社
創建年代は不詳。祭神は建御名方命で、諏訪へ向かう途中の建御名方命がこの地に留まったという伝承を持つ古社である。中世以降は、同じ社叢の南側に鎮座する矢彦神社(辰野町)とともに「小野南北大明神」と称され、信濃国二之宮として崇敬を集めた。木曽義仲が戦勝を祈願したとも伝わる。寛文12年(1672)の火災で主要社殿を焼失したが、同年中に松本藩によって再建され、本殿2棟・八幡宮本殿・勅使殿の4棟は江戸時代前期の神社建築の代表作として長野県宝に指定されている。卯年と酉年には矢彦神社とともに御柱祭が盛大に行われる。
- 所在地
- 小野:長野県塩尻市北小野175-1矢彦:長野県上伊那郡辰野町大字小野3267
- 御祭神
- 小野:建御名方命、矢彦:大己貴命
- 系統
- 出雲
富知六所浅間神社
社伝では第5代孝昭天皇の代に富士山山腹に創建されたと伝わる古社で、富士山の噴火により延暦4年(785)に現在地へ遷座した。大同元年(806)に富士下方五社(五社浅間)が定められた際にその首座「六所宮」とされ、「三日市浅間神社」の通称で親しまれる。主祭神は浅間神社としては珍しく、木花開耶姫命の父神にあたる大山祇命。境内の大クスは幹周約13mの巨木で、昭和30年(1955)に静岡県の天然記念物に指定されている。近年、約250年ぶりに社殿が改築された。
- 所在地
- 静岡県富士市浅間本町5-1
- 御祭神
- 大山祇命
- 系統
- 浅間
金峰神社
岐阜県神社庁の由緒によれば、村上天皇の勅旨により、瓢ヶ岳の賊を平定した藤原高光が瓢ヶ岳の麓の片知の地に鎮斎したと伝わる。高賀山を囲む「高賀山六社」の一社で、古くは社殿に蔵王権現を祀り、のちに大和国大峰山の修験道の影響を受けて修験の道場として栄えた。長良川支流・片知川沿いに鎮座し、江戸時代建立の社殿が現存、境内には数百年の古木が茂る。明治6年(1873)村社に列格。主神は大己貴命、相殿に安閑天皇・天照大御神を祀る。
- 所在地
- 岐阜県美濃市片知猿洞
- 御祭神
- 蔵王権現
杉原神社
創建は諸説あり、古くは崇神天皇10年、新しい説でも奈良時代の天平5年(733年)とされ、少なくとも1300年の歴史を持つ古社。延喜式神名帳(927年)に記載された式内社で「婦負の開祖神」と称される。社伝によれば、一本の杉の大木に降り立った神がこの地に流行した疫病を鎮め、人々が社殿を造って祀ったのが起源。のちに未曾有の豪雨から命がけで田畑を守った夫婦神・辟田彦命と辟田姫命を併せ祀ったのが杉原神社の始まりと伝わる。相殿に木祖神・八幡神・建御名方神・菅原道真・伊弉冉尊を祀り、病気平癒・夫婦円満・治水開拓の神として信仰されている。
- 所在地
- 富山県富山市八尾町黒田3928
- 御祭神
- 杉原彦命
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