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関東の神社一覧

関東の都道府県別一覧と神社カードをまとめるページです。

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関東の神社一覧

219件中41-60件を表示しています。

群馬県開運

三宮明日香大社

さんのみやあすかたいしゃ

JR両毛線岩宿駅の近く、みどり市笠懸町阿左美に鎮座する。明治の神仏分離以前の姿を守る神仏習合の社であることを掲げ、神と仏の双方を祀る点に特色がある。祀られるのは天地宇宙を司る造化三神、現世と霊界を司り因縁の浄化を導くとされる天照大御神・月読大御神・月輪観世音菩薩、商売繁盛や金運・良縁を導くとされる大國主大神をはじめとする福徳の神仏、学業や芸能を司る文昌帝君と菅原道真公など十二柱。護摩による祈祷、お祓い、御供養のほか、宗旨宗派を問わない相談や占術鑑定にも応じている。

所在地
群馬県みどり市笠懸町阿左美3615-2
御祭神
天之御中主之大御神、高皇産之大御神
茨城県勝負運厄除け

水戸八幡宮

みとはちまんぐう

文禄元年(1592)、常陸太田から水戸へ居城を移した佐竹義宣が、氏神として崇敬していた常陸太田の馬場八幡宮から八幡大神を水戸城内に勧請したことに始まる。慶長3年(1598)に本殿が建立され、水府(水戸)総鎮守と定められた。元禄7年(1694)にいったん那珂西村(現・城里町那珂西)へ遷されたが、宝永6年(1709)、水戸藩三代藩主・徳川綱條の代に現在の白幡山の社地へ改めて鎮座した。本殿は国の重要文化財に指定されている。日光連山や久慈の山並みを望む高台にあり、茨城百景・茨城観光百選・市民が選ぶ水戸百景にも選ばれている。

所在地
茨城県水戸市八幡町8-54
御祭神
誉田別尊、息長足日売尊
系統
八幡
埼玉県学業成就

北野天満神社

きたのてんまんじんじゃ

埼玉県さいたま市岩槻区本宿に鎮座し、学問の神として知られる菅原道真を祀る。創建年代は明らかでないが、江戸時代後期に編まれた地誌『新編武蔵風土記稿』に記載があることから、遅くともその頃には成立していたと考えられる。本宿周辺の18軒の旧家によって祀られてきた村の鎮守で、明治6年(1873)の近代社格制度により村社に列した。明治44年(1911)の火災で社殿を焼失したが、昭和47年(1972)に北野天満宮から改めて分霊を勧請して再建され、現在に至っている。

所在地
埼玉県さいたま市岩槻区本宿327
御祭神
菅原道真
系統
天神
埼玉県開運

駒形神社

こまがたじんじゃ

創建年代は不詳。『駒形大明神勧進帳』によれば、慶長年間(1596〜1615年)に没した高貴な人物の愛馬が当地の有力者の夢に現れ、馬の頭を祀れば諸病を治し災難を除くと告げたため、その人物が馬が斃れたという場所を訪ねて馬の頭を得、これを祀ったのが起こりと伝える。馬を神格化した駒形信仰の社として駒形村の鎮守となり、明治5年(1872年)に近代社格制度のもとで村社に列した。明治42年(1909年)の神社合祀により周辺の3社が合祀されている。現在は常駐の神職を置かず、近隣の彦江神社が社務を兼務している。

所在地
埼玉県三郷市駒形499
御祭神
駒形大明神
埼玉県開運

高徳神社

こうとくじんじゃ

明治末期に進められた神社合祀の方針を受け、大正2年(1913年)に旧鶴ヶ島村域の複数の村社を合わせて創建された神社です。合祀されたのは太田ヶ谷の熊野神社、三ツ木の白髭神社とその境内社である八坂神社、藤金の氷川神社、五味ヶ谷の氷川神社で、熊野・白髭・氷川それぞれの祭神を併せ祀っています。境内地は当時の鶴ヶ島村長・内野重右衛門が寄進したもので、5,600坪あまりの広い社叢を持ちます。雑木林がよく残る落ち着いた境内で、参道の鳥居のすぐ前を圏央道が通り、鶴ヶ島ジャンクションにも近い立地です。

所在地
埼玉県鶴ヶ島市大字太田ヶ谷617-1
御祭神
伊弉冉命、速玉男命
埼玉県開運

貴布禰神社

きぶねじんじゃ

弘仁9年(818年)、大干ばつに見舞われた際に境内の熊野社に祈願して高龗神を勧請したのが創祀と伝わる。正暦2年(991年)の干ばつを鎮めた折には遠近の人々が家財を寄進し、このとき貴布祢大神を分祀して以来「貴布禰大明神」と称するようになったという。旧村社で、貴布祢神社・貴船大明神・貴船社などの別称でも呼ばれる。境内には太神宮・熊野社・諏訪社・稲荷社・天王社が祀られている。春秋の大祭に奉納される貴布祢神社神楽は一社相伝の神楽として氏子の手で受け継がれ、埼玉県指定無形民俗文化財となっている。

所在地
埼玉県秩父市下吉田6739
御祭神
高龗神
千葉県開運

八王子神社

はちおうじじんじゃ

船橋市北部の古和釜町に鎮座する神社。古い伝承では平安時代の大同2年(807年)にはすでに社が営まれていたとされ、地元では「八王子さま」と呼ばれて土地の氏神として敬われてきた。祭神は天之忍穂耳尊・天照大神・豊受姫尊・猿田彦尊・倉稲魂尊の五柱で、それぞれ国家安泰、産業振興、商売繁盛などの神徳があるとされる。千葉県の無形民俗文化財に指定される「七年祭り」に加わる神社の一つで、六年に一度、丑年と未年に大神輿を船橋市三山の二宮神社へ渡御させる。当社は祭りのなかで末子の役どころを務め、およそ500年続くこの神事を氏子や崇敬者が支えてきた。境内の社叢は千葉県の郷土環境保全地域に指定されており、市街化が進んだ地域に残る貴重な緑となっている。

所在地
千葉県船橋市古和釜町161
御祭神
天之忍穂耳尊、天照大神
東京都学業成就

布多天神社

ふだてんじんしゃ

社伝では第十一代垂仁天皇の御代の創建と伝え、延長5年(927)成立の『延喜式』神名帳に武蔵国多摩郡の式内社として名を連ねる多摩地方有数の古社である。当初は少名毘古那神一柱を祀っていたが、文明9年(1477)に多摩川の洪水を避けて「古天神」と呼ばれる旧地から現在地へ遷り、そのとき菅原道真公を配祀した。江戸時代に甲州街道が整備されると上石原・下石原・上布田・下布田・国領の五宿が成立し、当社はその総鎮守として「五宿天神」と崇められた。明治22年(1889)に布田五宿が飛田給・上ヶ給と合併して調布町となってからは、調布町の総鎮守となっている。境内には豊臣秀吉が発した「太閤の制札」が伝わる。

所在地
東京都調布市調布ヶ丘1-8-1
御祭神
少名毘古那神、菅原道真公
系統
天神
茨城県勝負運厄除け

馬場八幡宮

ばばはちまんぐう

社伝では天喜4年(1056年)、前九年の役に向かう源頼義が当地にあった熊野神社の境内に陣を張り、社前に据えた2枚の平石に石清水八幡宮の神霊を勧請して戦勝を祈願したのが始まりとされる。以後この地で勢力を伸ばした佐竹氏が守護神として崇敬し、初代昌義が社殿を造営して太田郷の総社とした。佐竹氏は代々当社の神前で元服の儀を行うのを家例とし、天正2年(1574年)の落雷で社殿を焼失した後、同8年に19代義重が現在の本殿を再建している。本殿は常陸太田市指定文化財。20代義宣は天正20年(1592年)に分霊を水戸八幡宮へ、慶長7年(1602年)の秋田移封の際には八幡秋田神社へ遷した。

所在地
茨城県常陸太田市馬場町574
御祭神
誉田別尊、息長足比咩命
系統
八幡
東京都出世勝負運

上野東照宮

うえのとうしょうぐう

上野東照宮は寛永4年(1627年)の創建と伝わり、徳川家康公を東照大権現として祀る神社である。日光・久能山の東照宮とともに、全国に数多く分社が置かれた東照宮の一社にあたる。現在の社殿は江戸時代初期に造営されたもので、金色殿と通称される社殿をはじめとする建造物群は、戦火や震災による被害を免れ、江戸初期建築の貴重な遺構として国の重要文化財に指定されている。出世や勝利、健康長寿にゆかりのある神として参拝されているとされる。

所在地
東京都台東区上野公園9-88
御祭神
徳川家康、徳川吉宗
系統
日光
東京都開運

二宮神社

にのみやじんじゃ

創建年代は不詳。武蔵国の二宮とされ、武蔵総社六所宮の「二の宮」に数えられる古社で、古くは「小河大明神」と称し小川郷の鎮守であった。天慶の乱の際には藤原秀郷が戦勝を祈願し、乱平定の奉賽として社殿玉垣を造営したと伝わる。天正19年(1591)には徳川家康から朱印地15石を与えられた。明治3年(1870)に現社名に改称。本殿・宮殿はあきる野市指定文化財で、境内一帯は「二宮神社並びに城跡」として東京都指定旧跡となっている。

所在地
東京都あきる野市二宮2252
御祭神
国常立尊
東京都勝負運厄除け

八幡神社

はとのもりはちまんじんじゃ

鳩森八幡神社の創建には、いにしえの瑞祥にまつわる伝承が残る。かつてこの地の森にたびたび瑞雲が現れ、村人が分け入ると多くの白い鳩が西へ飛び立ったといい、この不思議な出来事にちなんで祠が建てられ「鳩森」と名付けられたと伝わる。貞観2年(860年)、関東巡教中の慈覚大師円仁がこの地に立ち寄った際、村民の願いを受けて神功皇后と応神天皇の御尊像を祀り、「正八幡宮」として崇敬されるようになったという。現在も応神天皇・神功皇后の二柱を御祭神とする。社殿は弘化2年(1845年)に上棟した欅造りであったが、昭和20年(1945年)の戦災で焼失し、戦後の復興を経て平成5年(1993年)に戦前の姿へと復元された。戦火をくぐり抜けたご神木の銀杏は、今も境内で命をつないでいる。境内には都内最古とされる富士塚(鳩森八幡神社富士塚)や将棋堂もあり、多くの参拝者に親しまれている。

所在地
東京都渋谷区千駄ヶ谷一丁目1番24号
御祭神
応神天皇、神功皇后
系統
八幡
東京都健康祈願

多賀神社

たがじんじゃ

天慶元年(938)、武蔵介に任ぜられた源経基が国土豊穣・万世安穏を祈願するため、近江の多賀大社から分祀し勧請したと伝わる。文応元年(1260)には北条時頼が巡行の折にこの地で病に倒れ、古鏡を奉納して祈願したところ治癒したことから、社領七反歩を寄進して祈願所としたという。祭神は伊弉諾尊・伊弉冊尊の夫婦神で、良縁成就や子孫繁栄などの御神徳で知られる。明治26年(1893)に郷社へ昇格。新選組(甲陽鎮撫隊)解散の地としても知られ、境内には樹齢400年余の大銀杏の御神木がそびえる。8月の例大祭は八幡・八雲神社の「下の祭」に対して「上の祭」の別名で親しまれ、八王子まつりでの渡御で有名な宮神輿「千貫神輿」(市指定有形文化財)を有する。

所在地
東京都八王子市元本郷町四丁目9番21号
御祭神
伊弉諾尊、伊弉冉尊
系統
多賀
東京都勝負運厄除け

大宮八幡宮

おおみやはちまんぐう

康平6年(1063)、源頼義が前九年の役平定の途上、大空に八条の白雲がたなびくのを八幡大神の加護の瑞兆と感じ、乱の平定後に京都・石清水八幡宮から分霊を勧請して創建したと伝わる。子の八幡太郎義家も後三年の役ののち社殿を修築し、千本の若松を植えたと伝えられる。かつて「武蔵国八幡一之宮」と称された。昭和44年(1969)には境内から弥生時代の祭祀遺跡が発掘され、太古からの聖域であることが確認された。御祭神は応神天皇・仲哀天皇・神功皇后。「東京のへそ」とも呼ばれ、安産・子育て厄除けの信仰を集める。

所在地
東京都杉並区大宮2-3-1
御祭神
八幡大神(応神天皇)、仲哀天皇
系統
八幡
東京都開運家内安全

天祖神社

てんそじんじゃ

創建年代は明らかではないが、社伝によれば、中世にこの地が伊勢神宮の神領「葛西御厨」であった頃、領主の葛西三郎清重が皇大神宮を勧請し、氏神として祀ったのが始まりと伝わる。かつては神明社・明神社と呼ばれ、のちに三社明神、江戸時代には三社大明神と称されるようになった。江戸期の地誌『新編武蔵風土記稿』には三社明神社として記載があり、曲金村・細田村・新宿町・鎌倉新田の鎮守であったこと、別当寺が真言宗豊山派の金亀山神宮院観蔵寺であったことが記されている。明治6年(1873)、社名は現在の天祖神社に改められた。御祭神は天照坐皇大御神で、建甕槌命・経津主命を合わせ祀る。

所在地
東京都葛飾区高砂2-13-13
御祭神
天照坐皇大神、建甕槌命
系統
伊勢・神明
東京都勝負運厄除け

御田八幡神社

みたはちまんじんじゃ

和銅二年(709)、東国鎮護の神として祀られたのが始まりと伝わり、延喜式内社の稗田神社にあたるとも伝えられる。幾度かの遷座を経て寛永五年(1628)に現在地へ鎮座し、明治三十年に御田八幡神社と改称された。三田・高輪・芝浦・港南一帯の氏神として、1300年を超える歴史の中で地域の信仰を集め続けている。

所在地
東京都港区三田3-7-16
御祭神
誉田別尊命、天児屋根命
系統
八幡
東京都開運

東郷神社

とうごうじんじゃ

日露戦争の日本海海戦でバルチック艦隊を破った連合艦隊司令長官・東郷平八郎命を祀る。昭和9年(1934年)の東郷元帥の逝去後、顕彰の神社創建を望む声と献金が全国から海軍省に寄せられ、財団法人東郷元帥記念会が国民の浄財により創建した。昭和12年(1937年)に地鎮祭、昭和15年(1940年)5月27日の海軍記念日に御鎮座祭が斎行された。昭和20年(1945年)の空襲で社殿を焼失したが、昭和39年(1964年)に再建された。「勝利と至誠の神様」として、勝運や恋愛・受験の必勝を祈願する参拝者を集めている。

所在地
東京都渋谷区神宮前一丁目5番3号
御祭神
東郷平八郎命
東京都開運厄除け

王子神社

おうじじんじゃ

祭神は伊邪那岐命・伊邪那美命・天照大御神・速玉之男命・事解之男命の五柱で、総称して王子大神と呼ばれる。創建年代は不詳だが、源義家が奥州征伐の折に社頭で慰霊祈願を行い甲冑を納めたと伝わる古社。元亨2年(1322)に領主豊島氏が紀州熊野三社から王子大神を勧請して「若一王子宮」と奉斎し、これが「王子」の地名の由来となった。徳川家康は天正19年(1591)に朱印地二百石を寄進して将軍家祈願所と定め、三代家光は社殿を造営、紀州徳川家出身の八代吉宗は元文2年(1737)に飛鳥山を寄進して桜を植え、江戸庶民の行楽地とした。明治元年には准勅祭社(東京十社)に列せられた。戦災で社殿を焼失したが、樹齢600年と伝わる大イチョウ(東京都天然記念物)が焼け残り、戦後に黒塗りと金箔の権現造の社殿が再建された。

所在地
東京都北区王子本町一丁目1番12号
御祭神
王子大神(伊弉諾命、伊弉冉命
系統
熊野
東京都商売繁盛金運

花園神社

はなぞのじんじゃ

花園神社は、江戸時代に開かれた宿場町・内藤新宿の総鎮守として崇敬されてきた社で、徳川家康の江戸入府以前に大和国(奈良県)の吉野山から御分霊を勧請したのが始まりと伝わる。かつては現在の伊勢丹新宿店付近に鎮座していたが、寛永年間(1624~1645年)に尾張藩の下屋敷に囲まれる形になったことから現在地へ遷座した。遷座先には美しい花が咲き誇る庭園が広がっていたことから「花園稲荷」とも呼ばれるようになったという。倉稲魂命(うかのみたまのみこと)・日本武尊(やまとたけるのみこと)・受持神(うけもちのかみ)を祀り、日本武尊は武神としての性格から次第に商売繁盛を守る神としても信仰されるようになった。新宿の繁華街の中にありながら、今も地域住民や商人から篤い崇敬を集めている。

所在地
東京都新宿区新宿5丁目17番3号
御祭神
倉稲魂命、日本武尊
系統
稲荷
東京都開運家内安全

阿伎留神社

あきるじんじゃ

延喜式神名帳で武蔵国多磨郡八座の筆頭に記される式内社で、創建年代は不詳。社名の「あきる」は開拓地を意味する「畔切」に由来するとの説がある。大物主神・味耜高彦根神・建夷鳥神・天児屋根命の四柱を祀り、中世以降は「春日大明神」「松原大明神」と称され、「松原さま」の通称で崇敬を集めた。明治6年(1873)に郷社に列格。9月28日から30日の例大祭(五日市祭)では、天保年間の製作と伝わる約600kgの珍しい六角神輿が五日市の町を練り歩き、あきる野三大まつりの一つに数えられる。

所在地
東京都あきる野市五日市1081
御祭神
大物主神、味耜高彦根神
系統
春日

関東に関連するご利益一覧

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