地域

近畿の神社一覧

近畿の都道府県別一覧と神社カードをまとめるページです。

都道府県から絞り込む

7件の都道府県ページがあります。

近畿の神社一覧

394件中161-180件を表示しています。

兵庫県開運家内安全

大避神社

おおさけじんじゃ

飛鳥時代に聖徳太子に仕えた渡来系氏族・秦氏の族長、秦河勝を大避大神として祀る。伝承では、河勝は太子の没後に難を避けて坂越に移り住み、没後にこの地の人々によって祀られたのが始まりとされる。平安時代末期にはすでに有力な神社であったといわれ、現在の拝殿と神門は延享3年(1746)、本殿は明和6年(1769)の再建。絵馬堂には約280年前の船絵馬をはじめ約40点の絵馬が掲げられている。秋の例祭に行われる「坂越の船祭り」は船渡御で知られる祭礼で、平成24年(2012)に国の重要無形民俗文化財に指定された。

所在地
兵庫県赤穂市坂越1297番地
御祭神
大避大神、天照皇大神
系統
春日
大阪府勝負運厄除け

百舌鳥八幡宮

もずはちまんぐう

主祭神に応神天皇を祀る。社伝によれば、神功皇后が三韓征討の帰途にこの地で万代までも鎮まり天下泰平を守ろうと誓願し、のちの欽明天皇の御代に八幡大神の宣託を受けて地を万代(もず)と称し、神社を創建したのが始まりと伝わる。平安時代には京都・石清水八幡宮の和泉国万代別宮として栄え、社僧四十八ヵ寺を擁した。江戸時代には歴代の大坂城代が就任時に必ず参拝したといわれ、徳川家から葵紋の使用を許された。秋には例大祭に合わせて氏子各町からふとん太鼓が奉納され、大いに賑わう。

所在地
大阪府堺市北区百舌鳥赤畑町5-706
御祭神
応神天皇、神功皇后
系統
八幡
兵庫県縁結び開運

御形神社

みかたじんじゃ

『播磨国風土記』にその名が見える式内社で、祭神は大国主神の別名とされる葦原志許男神を祀る。社名は、祭神がこの地に杖を刺し植えて形見(御形見)としたという伝承に由来すると伝わり、但馬の神・天日槍命と境を定めたという説話でも知られる。若き日に根の国での試練を乗り越えた祭神の神話にちなみ、人生の節目や試練の折に心を鎮めて新たな歩みを祈る社として崇敬されてきた。室町時代後期に建立された本殿は国の重要文化財に指定されている。

所在地
兵庫県宍粟市一宮町森添280
御祭神
葦原志許男神(大国主神)
系統
出雲
京都府開運

京都霊山護国神社

きょうとりょうぜんごこくじんじゃ

明治元年(1868)、明治天皇の御沙汰により、維新に殉じた志士の霊を祀るため京都府や山口・高知・福岡・熊本・鳥取などの諸藩が東山霊山の山上に祠宇を建立したのが創祀で、日本の招魂社の嚆矢とされる。当初は「霊山官祭招魂社」と称し、昭和14年(1939)に内務大臣指定により京都霊山護国神社と改称した。坂本龍馬・中岡慎太郎・木戸孝允ら明治維新の志士から日清・日露戦争、大東亜戦争に至る戦没者約7万3千柱を祀る。山上の霊山墳墓には坂本龍馬・中岡慎太郎らの墓があり、命日の11月15日には墓前で龍馬祭が斎行される。

系統
護国
奈良県開運

笠山荒神社

かさやまこうじんじゃ

興津彦神・興津姫神・土祖神の三神を祀り、古くから竈神(かまどの神)としての信仰があったと伝えられる。火の神様として台所や料理にかかわる人々の崇敬を集め、大祭は1月28日・4月28日・9月28日の年3回斎行される。大祭の際にはJR・近鉄桜井駅北口から臨時バスが運行される。

所在地
奈良県桜井市笠2415
御祭神
奥津日子神、奥津比賣神
兵庫県厄除け病気平癒

広峯神社

ひろみねじんじゃ

崇神天皇の御代、およそ二千年余り前に素戔嗚尊と五十猛尊を白幣山に祀ったのが始まりと伝わる古社。天平5年(733)に唐から帰朝した吉備真備が神託を受け、翌年白幣山に社殿を建立して廣峯神社と称した。牛頭天王の総本宮とされ、京都八坂神社(祇園社)の本家「元祇園」と伝えられる。天禄3年(972)に白幣山から現在地へ本殿を遷座。中世には播磨のほか丹波・但馬・備前など広い信仰圏を持ち、農耕の神・軍神として崇敬された。江戸時代までは「広嶺山牛頭天王」と呼ばれ、明治元年の神仏分離により廣峯神社と改称。国指定重要文化財の社殿が現存する。

所在地
兵庫県姫路市広嶺山52
御祭神
素戔嗚尊、五十猛命
系統
八坂
京都府商売繁盛金運

愛宕神社

あたごじんじゃ

全国に約900社ある愛宕神社の総本宮で、京都市最高峰・愛宕山の山頂に鎮座する。大宝年間(701〜704)に修験道の祖・役行者と白山開祖の泰澄が朝日峰に神廟を建立したのが始まりと伝わり、天応元年(781)には慶俊僧都が中興し、和気清麻呂が白雲寺を建立して愛宕大権現を祀る鎮護国家の道場とした。神仏習合の山岳修験霊場として栄え、9世紀には七高山の一つに数えられたが、明治初年の神仏分離令で白雲寺は廃絶し愛宕神社となった。伊弉冉尊など五柱を祀り、古くから火伏・防火に霊験あらたかな神として知られ、「火迺要慎」の火伏札は京都の台所や厨房に広く貼られている。3歳までに参拝すると一生火事に遭わないという言い伝えもある。

所在地
京都府京都市右京区嵯峨愛宕町1
御祭神
伊弉冉尊、埴山姫神
系統
伊勢・神明
奈良県開運家内安全

天石立神社

あまのいわたてじんじゃ

創祀年代不詳の古社で、延喜式神名帳に「天乃石立神社」と記される式内社。本殿を持たず、扉のような形に割れた花崗岩の巨岩群をそのまま神体として拝する、古代の磐座信仰の姿を今に伝える。前立磐に豊石窓命、後立磐に櫛石窓命、前伏磐に天岩戸別命などを祀り、東側に拝殿のみが設けられている。旧社格は村社。神社の北方約100mには、柳生新陰流の祖・柳生宗厳(石舟斎)が天狗と立ち合った際に一刀のもとに切ったと伝わる巨石「一刀石」があり、柳生の剣豪ゆかりの地として知られる。

所在地
奈良県奈良市柳生町柳生字岩戸谷789
御祭神
豊石窓命、櫛石窓命
系統
伊勢・神明
大阪府厄除け病気平癒

開口神社

あぐちじんじゃ

神功皇后が三韓からの帰途、石津浜での戦勝祈願の折に老漁師が献上した鯛を吉祥とし、塩土老翁の御魂を祀るよう詔したのが創建と伝わる古社。延喜式神名帳に記載された和泉国大鳥郡の式内社で、塩土老翁神・素盞嗚神・生国魂神の三柱を祀る。天永4年(1113)には三つの村の神社を併合して現在の形となった。「大寺さん」の通称で堺の人々に親しまれ、天正14年(1586)には豊臣秀吉から朱印状を受け、明治35年(1902)に府社に昇格した。大寺縁起や伏見天皇宸翰御歌集、短刀銘吉光など多くの文化財を所蔵し、安産・開運厄除の神社として信仰されている。

所在地
大阪府堺市堺区甲斐町東 2丁目 1番29号
御祭神
塩土老翁神、素盞嗚神
系統
八坂
滋賀県開運

小野神社

おのじんじゃ

延喜式神名帳に名神大社として載る式内社で、和邇・小野一帯を本拠とした小野氏ゆかりの古社。御祭神は孝昭天皇の第一皇子・天足彦国押人命と、日本で初めて餅をついたと伝わる米餅搗大使主命。推古天皇の御代に遣隋使・小野妹子がこの地に住み、氏神として奉祀したと伝えられる。米餅搗大使主命は「日本餅造の始祖」とされ、餅・菓子づくりの祖神として菓子業者の信仰を集める。11月2日の粢(しとぎ)祭では、神田で収穫した新穀の餅米を生のまま木臼で搗き固めた「しとぎ」を掲げて小野地区を巡り、五穀豊穣を祈る。参道には県下最大級というムクロジの大樹がある。

所在地
滋賀県大津市小野1961
御祭神
天足彦国押人命、米餅搗大使主命
滋賀県開運

雄琴神社

おごとじんじゃ

大同3年(808)、雄琴山上に初めて鎮座したと伝わる。主祭神の大炊神今雄宿禰命は、太政官の実務を代々担った小槻氏の祖で、仁寿元年(851)に功績により雄琴の地を領地として賜った人物。今雄の屋敷から琴の音が聞こえたことが「雄琴」の地名の由来になったとも伝えられる。延長4年(926)に社殿が造営され、正応4年(1291)に配祀神の崇道尽敬天皇・大己貴命が奉遷された。元亀の兵乱で焼失したが、延宝2年(1674)に再建されている。

所在地
滋賀県大津市雄琴2丁目10-1
御祭神
大炊神今雄宿禰命
京都府開運厄除け

熊野神社

くまのじんじゃ

弘仁2年(811)、修験道の祖・役小角から十世にあたる僧日圓が、国家護持のため紀州熊野大神を勧請したのに始まると伝わる。聖護院の守護神として奉祀され、平安末期には熊野信仰に篤い後白河法皇が社殿を修造し境内を寄進した。歴代天皇や庶民の信仰を集めたが応仁の乱で荒廃し、寛文6年(1666)聖護院門跡の助成により再興、天保6年(1835)に大修造が行われた。本殿に伊弉冉尊、相殿に伊弉諾尊・天照大神・速玉男尊・事解男尊を祀り、縁結び・安産・病気平癒の神として信仰される。

所在地
京都府京都市左京区聖護院山王町43
御祭神
伊弉冉尊、伊弉諾尊
系統
熊野
三重県開運

伊射波神社

いざわじんじゃ

志摩国の一之宮。創建は約1500年前と伝えられる古社で、稚日女尊を主祭神に、伊佐波登美尊・玉柱屋姫命・狭依姫命を祀る。鳥羽湾に突き出た加布良古崎に鎮座することから地元では「かぶらこさん」と親しまれ、昭和初期までは船で海側から参拝されていた。神明神社(石神さん)・彦瀧大明神とともに「鳥羽三女神」の一社に数えられ、縁結び・夫婦和合や海上安全・大漁祈願の神として信仰を集めている。

所在地
三重県鳥羽市安楽島町字加布良古1210
御祭神
稚日女尊、伊佐波登美命
大阪府商売繁盛金運

石津太神社

いわつたじんじゃ

石津の浜に漂着した蛭子命(えびす神)を村人が助け上げ、火を焚いて体を温めたという伝承が残る古社で、蛭子命・八重事代主命・天穂日命を祀る。この故事にちなみ、毎年12月14日には神木を積み上げた「とんと」に火を放ち、選ばれた「戎さん」を担いで火渡りを行う泉州の奇祭「やっさいほっさい」が斎行される。えびす信仰と修験道が融合した特殊な神事として、平成25年(2013)に堺市の無形民俗文化財に指定された。北本殿・南本殿・拝殿は17世紀中頃の建築と考えられ、寛永19年(1642)の銘文が柱に刻まれた市内最古級の一の鳥居などとともに堺市指定有形文化財となっている。

所在地
大阪府堺市西区浜寺石津町中4丁12-7
御祭神
蛭子命、八重事代主命
系統
恵比寿
兵庫県開運

雷神社

いかずちじんじゃ

創立年月は不詳。文武天皇の慶雲3年(706)、丹波・但馬両国で山災があった際に勅使が遣わされ幣帛を奉ったと伝わる古社で、承和9年(842)に官社に列し、貞観10年(868)には従五位上に進んだ。延喜式の制では名神大社に列せられ、延喜22年(922)には勅使の差遣があったと伝えられる。主祭神は大雷神で、須佐之男命・菅原道真を配祀する。康永2年(1343)に本殿階段の修理と本殿覆の建立、明暦2年(1656)には五味備前守により流造檜皮葺の本殿が再築された。明治6年(1873)村社に列し、明治26年(1893)に上佐野の須賀神社を合祀した。

所在地
兵庫県豊岡市佐野542番地2
御祭神
大雷神(オホイカツチノカミ)
滋賀県開運

檜尾神社

ひのおじんじゃ

社伝によれば、天津彦火瓊々杵尊が大龍となって雲中に現れ、また滝池のほとりに火気の尾を垂れたことから、これを祀って「火尾大明神」と号したのが始まりで、滝村・池田村の総社とされた。その後火災が多かったため社号を「檜尾大明神」に改めたと伝わり、火災除け・方除けの神として信仰が厚い。配祀神として菅原道真公・伊邪那岐命・蛭子命・素盞鳴尊・応神天皇を祀る。三間社流造の本殿は滋賀県指定有形文化財で、平成25年(2013)の保存修理工事により朱塗りの姿が復元された。例大祭(もとは4月8日、現在は春分の日)では、五穀豊穣を祈る古式の御田植神事(市指定無形民俗文化財)と猿田彦大神の方除・悪魔除けの神事が氏子により伝承されている。

所在地
滋賀県甲賀市甲南町池田54
御祭神
天津彦彦火瓊々杵尊
兵庫県開運

粟鹿神社

あわがじんじゃ

創立年代は不詳だが、和銅元年(708)に祭神や歴代祭主を詳細に記した「粟鹿大明神元記」の写本(宮内庁所蔵)が残る、但馬国最古級と伝わる古社。国土開発の神と称され、延喜式の制では名神大社に列し、但馬国一宮として広く崇敬を集めてきた。兵庫県神社庁によれば主祭神は日子坐王で、開化天皇の第三皇子として四道将軍の一人に任ぜられ丹波一円を平定した人物とされ、粟鹿の地はその終焉の地、本殿後方の円墳は王の埋葬地と伝わる。約600年前の建立と伝わる勅使門は市指定文化財。例祭日の10月17日には特殊神事「瓶子渡し」が行われる。旧県社。

所在地
兵庫県朝来市山東町粟鹿2152
御祭神
天美佐利命、日子坐王
滋賀県学業成就安産

阿志都弥神社・行過天満宮

あしずみじんじゃ ゆきすぎてんまんぐう

阿志都弥神社は、社殿がなかった上古にこの地の桜の木に木花開耶姫命を勧請し「桜花大明神」と称して祭祀を行ったのが始まりと伝わる式内社で、善積郷の総大社とされた。行過天満宮は、元慶7年(883)に菅原道真が加賀守として赴任する途中に阿志都弥神社へ参詣し、詩を詠んで通り過ぎたという由緒により、道真の曽孫・菅原輔正が長徳4年(998)に「行過天満大神」として勧請建立したものと伝わる。天保14年(1843)に行過天満宮が阿志都弥神社に合祀され、以後両社名を併せて称する。明治14年(1881)に郷社に列した。境内の椎の木は樹齢千数百年ともいわれ、滋賀県指定の自然記念物となっている。

所在地
滋賀県高島市今津町弘川1707-1
御祭神
木花開耶姫命、菅原道真公
系統
天神
奈良県開運

吉野神宮

よしのじんぐう

明治22年(1889)、明治天皇が南朝初代・後醍醐天皇の遺徳を偲んで創立を命じた神社で、明治25年(1892)の鎮座祭では、それまで吉水神社に奉安されていた後醍醐天皇の尊像が本殿へ遷された。祭神は後醍醐天皇。現在の社殿は昭和7年(1932)に改築された総檜造で、近代神社建築の代表作と評される。本殿が北を向いて建つのは、吉野で崩御した後醍醐天皇の京都への帰還の願いを汲んだものと伝わる。境内の摂社3社には日野資朝・児島高徳ら建武中興に尽くした7人の功臣が祀られている。

所在地
奈良県吉野郡吉野町吉野山3226
御祭神
後醍醐天皇
大阪府学業成就

綱敷天神社

つなしきてんじんしゃ

弘仁13年(822)、嵯峨天皇が当地(神山)に行幸し頓宮を構えて一夜を過ごしたことに由来する。崩御後の承和10年(843)、皇子の源融が追悼のため頓宮跡に嵯峨天皇を祀る社殿を建立し「神野太神宮」と号したのが御本社の前身。昌泰4年(901)、菅原道真が大宰府へ左遷される途上、当地に咲く紅梅を眺めるため船の艫綱を円座状に敷いて座った故事から「綱敷」の社名が起こった。正暦4年(993)、道真への正一位追贈を機に、神野太神宮と道真を祀る梅塚天満宮を合祀し、御本社・御旅社の体制となった。この紅梅が「梅田」の梅の字の由来、「北野天神」の呼称が繁華街「キタ」の語源になったとも伝わる、梅田・キタの氏神。嵯峨天皇を主祭神として祀る神社は全国唯一とされる。

所在地
大阪府大阪市北区神山町9-11
御祭神
嵯峨天皇、菅原道真
系統
天神

近畿に関連するご利益一覧

近畿の神社一覧から、よく紐づくご利益をまとめています。