近畿の神社一覧
近畿の都道府県別一覧と神社カードをまとめるページです。
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近畿の神社一覧
394件中141-160件を表示しています。
采女神社
猿沢池の北西畔に鎮座する春日大社の末社で、采女命を祀る。平安時代中期の歌物語『大和物語』によれば、奈良時代に天皇の寵愛が薄れたことを嘆いて猿沢池に身を投じた采女(宮中の女官)の霊を慰めるために創建されたと伝わる。社殿は池に背を向けて建っており、わが身を沈めた池を見るに忍びないと、一夜のうちに社が後ろを向いたという伝説が残る。例祭の采女祭は中秋の名月の日に行われ、JR奈良駅前から猿沢池へ花扇を奉納する行列が練り歩き、雅楽が奏でられる中で管絃船が池を巡って花扇を池に浮かべる「管絃船の儀」が行われる。
- 所在地
- 奈良県奈良市樽井町
- 御祭神
- 采女命
月読神社
『日本書紀』顕宗天皇3年(487)の条に、任那へ派遣される阿閉臣事代に月神の託宣があり、朝廷が山背国葛野郡の歌荒樔田(うたあらすだ)の地を月神に奉って、壱岐の押見宿禰が社を造営し祠官として奉仕したと記されており、これが当社の創祀と伝わる。以後、押見宿禰の子孫(壱岐氏・卜部氏)が世襲の祠官として仕えた。斉衡3年(856)、度重なる桂川の氾濫を避けて現在の松尾山麓に遷座し、以後は秦氏や松尾大社との関係を深め、現在は松尾大社の摂社となっている。御祭神は月読尊。天文・卜占の神から転じて、近世以降は農耕の神、また安産の神として崇敬されている。
- 所在地
- 京都府京都市西京区松室山添町15
- 御祭神
- 月読尊
津八幡宮
建武年間(1334〜38)に山城国男山の石清水八幡宮の分霊を垂水村千歳山に勧請したのが起源と伝わる。津藩2代藩主・藤堂高次が鷹狩の際に当社で雨宿りをした縁で崇敬を寄せ、寛永9年(1632)正月に藤方村の現在地へ社殿を遷して造営し、藩祖・藤堂高虎の神霊も合祀された。寛永21年(1644)には垂水村・藤方村のうちから300石が神領として寄進されている。御祭神は応神天皇・神功皇后で、相殿に住吉大神・藤堂高虎公を祀る。寛永12年(1635)に始まった当宮の祭礼が津まつりの起こりとされ、城下町津の伝統行事として今日まで続いている。
- 所在地
- 三重県津市藤方2339
- 御祭神
- 応神天皇、神功皇后
- 系統
- 八幡
等乃伎神社
平安時代の『延喜式』神名帳に記載された式内社。『続日本紀』天平勝宝4年(752)の記事に見える中臣殿来連(とのきのむらじ)が、祖神である天児屋根命を祀ったことに始まると伝えられ、社名や鎮座地の「富木(とのき)」という地名も殿来連との関係に由来すると考えられている古社。周辺の富木集落は殿来氏の本拠地と考えられており、古代氏族とのつながりを今に伝える。主祭神は天児屋根命。
- 所在地
- 大阪府高石市取石二丁目14番48号
- 御祭神
- 天児屋根命
- 系統
- 春日
手向山八幡宮
天平勝宝元年(749)、東大寺の大仏(盧舎那仏)造立にあたり、豊前国(現・大分県)の宇佐八幡宮から勧請され、東大寺の鎮守社とされた古社。御祭神は応神天皇・姫大神・仲哀天皇・神功皇后・仁徳天皇。現在の本殿は元禄4年(1691)の再建と伝わる。東大寺に隣接する手向山の麓に鎮座し、古くから紅葉の名所として知られる。毎年10月5日には勧請ゆかりの祭事である転害会(てがいえ)が行われ、東大寺転害門でも神事が営まれる。
- 所在地
- 奈良県奈良市雑司町434
- 御祭神
- 応神天皇、姫大神
- 系統
- 八幡
多治速比売神社
西暦580年頃の創建と伝えられる和泉国大鳥郡の延喜式内社二十四座のひとつ。主祭神の多治速比売命は女神で、厄除・安産・縁結びの神として崇敬が篤く、本殿には素盞嗚尊と菅原道真公も合わせ祀られている。現在の本殿は天井裏の墨書や棟札から天文10年(1541)の再建と分かる室町時代の建造物で、龍・雲・波・海藻・貝類などの精緻な彫刻で知られ、昭和24年(1949)に国の重要文化財に指定された。境内には坂上社・鴨田社など多数の末社があり、あわせて荒山宮(こうぜんのみや)と呼ばれる。昭和38年(1963)の泉北ニュータウン造成に伴い境内が整備され、神社周辺は堺市の荒山公園として約50品種・約1,100本の梅林が広がる梅の名所となっている。
- 所在地
- 大阪府堺市南区宮山台2丁3-1
- 御祭神
- 多治速比売命
小槻大社
創祀年代は不詳です。この地の古代豪族・小槻山君の祖神である落別命(於知別命)を祀る式内社で、栗太郡八座の一つに数えられます。小槻氏は奈良時代に宮廷へ采女を出し、平安時代から明治に至るまで千年近く官務家として朝廷に仕えました。『日本三代実録』には貞観5年(863年)に従五位下、元慶6年(882年)に従五位上を授けられた記録があり、『日本紀略』には延喜11年(911年)に従四位下を受けたと見えます。中世には青地庄に拠った近江守護佐々木氏の分流・青地氏が篤く崇敬し、弘安4年(1281年)に青地基氏が本殿内陣の元宮殿を新造、康永年間には正一位の神位授与を朝廷に願い出て許されました。現在の本殿は永正16年(1519年)に青地元真が再建したもので、国の重要文化財に指定されています。配祀の大己貴命は、境内に接していた天台宗音楽寺との関わりから日吉西本宮を勧請合祀したものと推察されています。
- 所在地
- 滋賀県栗東市下戸山1200
- 御祭神
- 於知別命、大己貴命
- 系統
- 出雲
大鳥神社
社伝では、元慶6年(882年)に伊賀国阿拝郡河合郷の篠山嶽から旧大原の地へ勧請され、のちに現在地へ遷されたと伝わります。神仏習合のもとで天台宗の大原山河合寺が営まれ、子院36院を擁して栄えました。中世には近江守護六角氏の崇敬を受け、河合社・河合祇園社・牛頭天王社などと呼ばれ、氏子からは今も「てんのうさん」と親しまれています。文禄4年(1595年)には花奪神事に豊臣秀吉の墨付きを得たと伝え、元禄2年(1689年)には桂昌院から修繕料が寄進されました。明治元年、旧大原荘の「大」と鳥居野の「鳥」を合わせて大鳥神社と改称。大正5年の火災で本殿を残して社殿を失いましたが、大正9年に氏子の力で復興し、拝殿など7棟が国の登録有形文化財となっています。御神体の素盞嗚命坐像は国の重要文化財です。
- 所在地
- 滋賀県甲賀市甲賀町鳥居野783
- 御祭神
- 素盞嗚尊
- 系統
- 八坂
三重縣護國神社
明治2年(1869)、津藩主藤堂高猷が津八幡宮に小祠を建て、戊辰の役で戦死した藩士の御霊を祀ったのが創祀。「招魂社」「官祭招魂社」と社名を改めながら、明治42年(1909)に現在地へ遷座し、昭和14年(1939)に現社名「三重縣護國神社」となった。三重県ゆかりの国事殉難者六万三百余柱の御英霊を祀り、郷土三重の守り神、平和と繁栄の神として崇敬されている。昭和50年(1975)には昭和天皇・香淳皇后の御親拝があった。御英霊がこれからの日本を担う子供たちの成長を願っていたことから、子供の神様としても県内外の信仰を集めている。
- 所在地
- 三重県津市広明町387
- 御祭神
- 国事殉難者
- 系統
- 護国
売布神社
推古天皇18年(610)の創建と伝わる古社で、延喜5年(905)制定の延喜式神名帳に摂津国の式内社として記載され、官幣社として神祇官から幣帛を供進された。主祭神は高比売神(下照姫神)、配祀神は天稚彦神。文徳天皇の綸旨以降代々の天皇の崇敬を受け、源頼朝の命を機に庶民の信仰も広まり、後宇多天皇が参籠したとも伝わる。いつしか「貴船大明神」と誤って崇められていたが、江戸時代の元文元年(1736)、幕命による考証で式内社・売布神社であることが判明し社名を改めた。衣・食・財の守護神として繊維・食料・金融業界の信仰が篤く、夫婦の神を祀ることから恋愛・結婚・就職の神としても崇敬される。境内のシイ林は市の天然記念物。
- 所在地
- 兵庫県宝塚市売布山手町1-1
- 御祭神
- 下照姫神
辛国神社
雄略天皇の御代(5世紀後期)に物部目大連がその祖神・饒速日命を祀ったのに始まると伝わる古社で、延喜式神名帳に記載される式内社。のちに一族の物部辛國連が社を守り「辛國神社」と称するようになったという。室町時代には春日の神(天児屋根命)を合祀し、周辺の地名「春日丘」にその名を残す。明治時代には長野神社(素盞鳴命)を合祀した。深い緑に囲まれた長い参道は「大阪みどりの百選」に選ばれており、数十種類の椿をはじめ多くの植物が植えられている。
- 所在地
- 大阪府藤井寺市藤井寺1丁目19-14
- 御祭神
- 饒速日命、天児屋根命
- 系統
- 春日
伊和神社
播磨国一宮。主祭神の大己貴神は播磨国内を巡歴して国造りを行い、最後に伊和の里で「我が事業は終わった」と仰せられて鎮まったと伝えられ、人々がその神徳を慕って社殿を営んだのが創祀とされる。「我を祀れ」との神託の後、一夜のうちに草木が生い茂り、石の上に二羽の大きな鶴が眠っていた場所に社殿を造営したという伝承があり、創建は成務天皇の甲申年(144)あるいは欽明天皇25年(564)と伝わる。延喜式では明神大社に列し、神階は正一位、明治の社格制度では国幣中社。古来、農工商など産業の神、縁結び・福の神、厄除け・病気平癒・交通安全の神として崇敬されてきた。配祀神は少彦名神・下照姫神。
- 所在地
- 兵庫県宍粟市一宮町須行名407
- 御祭神
- 大己貴神
- 系統
- 出雲
豊国神社
豊臣秀吉は天正2年(1574)から長浜城と城下町の建設に着手し、約10年にわたり長浜に善政を敷いた。慶長3年(1598)の秀吉逝去後、長浜町民は京都の豊国廟にならって早々に豊国神社を建立したが、徳川政権下では秀吉の神格化が許されず社殿は取り壊され、町役人十人衆が御神像を各家庭に隠して祀り続けた。寛政5年(1793)、彦根藩の許可を得て「えびす宮」を建立し、太閤の御神像をその裏に隠して祀ったのが当社の十日戎の始まりとされる。弘化3年(1846)には豊臣家の一字をとり「豊神社(みのり神社)」と称し、大正9年(1920)にようやく豊國神社の社名に復した。御祭神は豊臣秀吉公・加藤清正公・木村長門守重成公と、えびす宮の八重事代主命。
- 所在地
- 滋賀県長浜市南呉服町6-37
- 御祭神
- 豊国大明神(豊臣秀吉)、事代主大神
- 系統
- 恵比寿
堀川戎神社
欽明天皇の御代(539〜571)、止美連吉雄が蛭子大神の神託を受けて堀江で玉を得、これを御霊代として富島に祀った瓊見社・止美社が創祀と伝わる。白雉2年(651)に少彦名命、大宝3年(703)に天太玉命を相殿に祀り御祭神三座となった。平治の乱(1159)を避けて丹波国山家に動座したが、文和年間(1352〜55)に現在地へ遷座再興された。江戸時代中期からは「十日戎」が年々盛大となり、「ミナミの今宮、キタの堀川」と並び称され「堀川のえべっさん」と親しまれてきた。明治40年(1907)に数社を合併して堀川神社となり村社に列格。昭和20年の戦災で全建物を焼失したが順次復興し、昭和38年に現在の本殿が再建された。
- 所在地
- 大阪府大阪市北区西天満5丁目4-17
- 御祭神
- 蛭児大神(蛭子大神)、少彦名命
- 系統
- 天神
平群石床神社
『延喜式』神名帳に大社として記載される式内社で、平群谷の古社の中でも特異な存在とされる。祭神は劔刃石床別命(饒速日命とする説もある)。本来は社殿を持たず、高さ約8m・幅約30mの中央に亀裂の入った巨岩を御神体とする磐座信仰の社で、古来「陰石」として信仰されてきたと考えられている。大正13年(1924)に旧社地から北へ約200mの越木塚集落内へ遷座し、現在は集落上手の小丘上に東面して鎮座する。旧社地には御神体の巨岩が露出したまま残り、「石床神社旧社地」として保存されている。
- 所在地
- 奈良県生駒郡平群町越木塚734
- 御祭神
- 劔刃石床別命(若しくは饒速日命)
花窟神社
『日本書紀』に記される、日本最古の神社ともいわれる聖地。社殿を持たず、高さ約45mの巨岩を御神体とする自然信仰の社で、神々の母・伊弉冉尊が火神・軻遇突智尊を産み、灼かれて亡くなった後に葬られた御陵と伝わる。祭神は伊弉冉尊と軻遇突智尊。年2回(2月2日・10月2日)の例大祭では、百尋(約166m)の大綱を御神体の窟の頂上から境内の松の御神木に渡す「御綱掛け神事」が太古から続けられており、三重県の無形民俗文化財に指定されている。平成16年(2004)7月には「紀伊山地の霊場と参詣道」の構成資産として世界遺産に登録された。
- 所在地
- 三重県熊野市有馬町上地130番地
- 御祭神
- 伊弉冉尊、軻遇突智尊
- 系統
- 熊野
飛鳥戸神社
延長5年(927)に完成した『延喜式』神名帳に名神大社として記載される式内社。この地は5世紀後半に百済から渡来した王族・琨伎王(昆伎王)を祖とする飛鳥戸造一族の本拠地(河内国安宿郡)で、当社はもと琨伎王を祀ったとする説がある。現在の祭神は素盞嗚命。周辺には横穴式石室をもつ飛鳥千塚古墳群や、百済の石室構造との関連が指摘される観音塚古墳が分布し、渡来系氏族との深い関わりを物語る。竹内街道沿いの飛鳥(近つ飛鳥)の集落を見下ろす丘の上に鎮座する。
- 所在地
- 大阪府羽曳野市飛鳥1023
- 御祭神
- 素盞嗚命
- 系統
- 八坂
海神社
神功皇后が三韓からの帰途、暴風雨に遭った際に綿津見三神を祀って天候の回復を祈ったのが創始と伝わる古社。祭神は上津綿津見神・中津綿津見神・底津綿津見神の三柱で、それぞれ海上・海中・海底を司り、航海安全や漁業繁栄の神として信仰されてきた。古くから海上交通と漁業の要地であった垂水の地にあって、神戸市垂水区の総氏神として崇敬を集める。
- 所在地
- 兵庫県神戸市垂水区宮本町5-1
- 御祭神
- 上津綿津見神、中津綿津見神
馬路石邊神社
社伝によれば白鳳3年に建速須佐之男命を奉斎し、朱鳥元年(686)に大己貴命を合祀したことに始まる古社で、延喜式神名帳に記載される式内社。社名は古代の馬道(うまじ)郷の土豪・石邊君氏の氏神であることに由来する。中世には江州田中荘(吉身・守山など)の総鎮守「田中大明神」「田中天王社」と崇められ、鎮守の森は「天王の森」と呼ばれた。弘仁年間には嵯峨天皇の病気平癒祈願の功により神領などが寄進されたと伝わる。元亀・天正年間の野洲川周辺の戦乱で社殿や神宝を焼失し、江戸時代に再興されたが天明4年(1784)に再び火災に遭い、現社殿は文久2年(1862)の再建。明治9年に村社、明治14年に郷社に列した。祭礼では天下泰平・五穀豊穣を祈る古式踊「豊年踊」が奉納される。
- 所在地
- 滋賀県守山市吉身4丁目4-1
- 御祭神
- 建速須佐之男命、大己貴命
- 系統
- 出雲
豊国神社
豊臣秀吉公を祀る神社。秀吉の没後、慶長4年(1599)に京都・阿弥陀ヶ峰に葬られた秀吉を「豊国大明神」として祀るために創建された。元和元年(1615)の豊臣氏滅亡後、江戸幕府により廃絶されたが、明治元年(1868)に明治天皇が祭祀の復興を命じ、明治6年(1873)に別格官幣社に列格、明治13年(1880)に社殿が再興された。正面の唐門は伏見城の遺構と伝えられる国宝で、西本願寺・大徳寺の唐門とともに「京の三唐門」と称される。大正14年(1925)には北政所おね様を祀る貞照神社が創祀された。出世開運・厄除招福の神として全国から崇敬を集める。
- 所在地
- 京都府京都市東山区大和大路正面茶屋町530
- 御祭神
- 豊臣秀吉
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