参拝ガイド

天皇を祀る神社一覧

歴代天皇・皇后を御祭神とする神社を102社まとめました。八幡信仰から建国神話、御霊信仰まで、天皇を祀る背景の違いも解説します。

天皇を祀る神社とは

歴代天皇や皇后、皇族を御祭神として祀る神社は、全国に数多くあります。中でも多いのは、八幡信仰の中心的な御祭神である応神天皇です。母である神功皇后とともに祀られることが多く、武運・勝運のご利益で知られる八幡宮・八幡神社の総称の由来になっています。

このほか、建国の由来に関わる神武天皇を祀る橿原神宮・宮崎神宮、近代日本の基礎を築いた明治天皇を祀る明治神宮、非業の最期を遂げたことで御霊信仰の対象となった崇徳天皇(白峰神宮・金刀比羅宮)や安徳天皇(赤間神宮・水天宮)など、天皇を祀る背景は神社ごとに異なります。

天皇を祀る神社の系統

応神天皇を祀る八幡信仰の神社が全国的に最も数が多く、鶴岡八幡宮・宇佐神宮・石清水八幡宮など「日本三大八幡宮」と呼ばれる神社もこの系統です。

神武天皇・崇神天皇など建国神話に関わる天皇は、橿原神宮のように即位の地に創建された神社に祀られる例が中心です。明治天皇・昭憲皇太后のように、近代以降に神宮として新たに創建された例もあります。

天皇を祀る神社一覧(102社)

御祭神に歴代天皇・皇后を含む神社をまとめています。

大阪府商売繁盛金運

阿為神社

あいじんじゃ

阿為神社は大阪府茨木市安威に鎮座する式内社で、苗森神社とも称される。この一帯はかつて中臣氏の一族である中臣藍連の所領であり、その祖神である天児屋根命を祀ったのが創祀と伝わる。社伝では、大化の改新に先立ち中大兄皇子と中臣鎌足がこの地で密談を交わしたとも語り継がれ、藤原鎌足自身の勧請によって創建されたとする伝承も残る。御祭神には天児屋根命のほか、応神天皇・宇賀御魂神・菅原道真が祀られている。平成17年(2005)には本殿が新築され、その落慶記念行事として、鎌足ゆかりの蹴鞠が奉納された。これを機に、毎年11月には『蹴鞠の会』が恒例行事として続けられている。

所在地
大阪府茨木市安威3丁目17-17
御祭神
天兒屋根命、応神天皇
系統
稲荷
山口県家内安全交通安全

赤間神宮

あかま じんぐう

赤間神宮は安徳天皇を祀る神社。水難消除・家内安全のご利益で知られ、1191年(建久2年)に創建された由緒ある神社です。

所在地
山口県下関市阿弥陀寺町4-1
御祭神
安徳天皇
東京都健康祈願商売繁盛

穴八幡宮

あな はちまんぐう

穴八幡宮は応神天皇・仲哀天皇を祀る神社。金運・虫封じのご利益で知られ、1062年(康平5年)に創建された由緒ある神社です。

所在地
東京都新宿区西早稲田2-1-11
御祭神
応神天皇、仲哀天皇
系統
八幡
滋賀県開運

安閑神社

あんかんじんじゃ

滋賀県高島市安曇川町三尾里に鎮座し、安閑天皇を祀る。創祀の年月は不詳だが、社伝によれば文禄年間(1592〜1596)には現在の社地から北へ約20間の場所に権現堂という小さな祠があったという。文化元年(1804)に弥惣兵衛が夢のお告げを受けて小堂を再建し、明治6年(1873)に現在の社殿が建てられた。本殿は一間社流造で覆屋を備え、間口四尺三寸・奥行三尺三寸。祭礼日は4月22日である。境内には高さ約1m・幅約1.4mの碑が立ち、表面に絵とも文字とも判別しにくい陰刻があることから、俗に「神代文字」の碑と伝えられている。旧産所村(現在の安曇川町田中馬場地区)にあった三尾神社に伝わった『秀真伝(ホツマツタヱ)』の記号文字に似た点があるとも言われ、地域の歴史をめぐる伝承として語り継がれている。

所在地
滋賀県高島市安曇川町三尾里
御祭神
安閑天皇
長野県縁結び開運

阿禮神社

あれいじんじゃ

阿禮神社は長野県塩尻市に鎮座する延喜式内社で、旧社格は県社。社伝によれば、素盞嗚命が出雲国簸川上で八岐大蛇を平定した後、科野国塩尻峠西麓の荒彦山に姿を現し、悪鬼を討ち平げたと伝えられ、その神威を尊び祀ったのが起源とされる。もともと『阿礼ノ神』は、四沢川流域で集団生活を営んでいた諏訪族神氏を祖とする氏族が、上流にそびえる五百砥山そのものを御神体として祀ったものともいわれる。文徳天皇の仁寿2年(852)には現在の社地に遷座し、大己貴命・誉田別命が合祀された。現在の社殿は寛保3年(1743)に再建されたものである。

所在地
(前宮)長野県塩尻市塩尻町433-1
御祭神
須佐之男命、大己貴命
系統
出雲
沖縄県勝負運厄除け

安里八幡宮

あさとはちまんぐう

安里八幡宮は、琉球王国・第一尚氏第七代の尚徳王によって1466年(文正元年)に創建されたと伝わり、『中山世鑑』や『琉球神道記』などの史書にその由来が記されている。尚徳王が喜界島への遠征に向かう途中、安里の地で空を飛ぶ鳥を見て「この矢で射落とすことができれば遠征を成就させたまえ」と祈願し、見事に射止めたという。さらに那覇港を出港する際、波間に梵鐘が浮き沈みしながら軍船のそばを離れず漂っていたため、尚徳王はこれを八幡大菩薩の加護と考え、戦勝を誓ったと伝えられる。遠征を成し遂げて凱旋した尚徳王は、矢を射た場所に社殿を建てるとともに、梵鐘を納めるための光明山千手院という寺院も隣接して建立した。御祭神は応神天皇・玉依姫命・神功皇后。琉球王国の官社であった「琉球八社」の一つに数えられ、その中で唯一八幡神を祀る神社である。

所在地
沖縄県那覇市安里124
御祭神
応神天皇、神功皇后
系統
八幡
佐賀県勝負運厄除け

千栗八幡宮

ちりくはちまんぐう

公式サイトによれば、神亀元年(724年)に肥前国養父郡司・壬生春成が神託を受けて創建したと伝わり、令和6年に御創建千三百年を迎えた。祭神は應神天皇・仲哀天皇・神功皇后のほか、難波皇子・宇治皇子・住吉明神・武内宿禰を合わせ祀る。古くから宇佐神宮の別宮として知られ、平安時代には五所別宮の一社として朝廷の崇敬を受け、肥前国一の宮とされてきた。筑後川を望む段丘上に鎮座し、社前の石段が参道をなす。境内社には手足の神として信仰される武雄神社と、郡司が狩猟中に八幡神の使いである鳩が弓の上にとまったという創建伝承にちなむ鳩森稲荷神社がある。3月15日の「お粥試し」は日本有数の粥占神事として知られる。

所在地
佐賀県三養基郡みやき町大字白壁字千栗
御祭神
応神天皇、仲哀天皇
系統
八幡
韓国開運家内安全

朝鮮神宮

ちょうせんじんぐう

朝鮮神宮は、日本統治下の京城府(現在の大韓民国ソウル特別市)の南山に鎮座していた神社である。1919年に「朝鮮神社」として創立が仰せ出され、建築家・伊東忠太の設計により1920年から6年をかけて社殿が造営された。祭神には天照大神と明治天皇が祀られたが、創建に先立っては朝鮮の地の神や偉人を祀るべきとする檀君奉斎論も議論されたと伝わる。1925年6月に「朝鮮神宮」へと改称されて官幣大社に列せられ、同年10月には勅使が参向する鎮座式が執り行われ、朝鮮半島における中心的な神社として位置づけられた。しかし1945年8月の日本の敗戦により同月16日に御霊を送る儀式が執り行われ、神宝は宮内省に返納された。同年11月に廃社となり、社殿も解体された。跡地は現在、ソウル特別市の南山公園として整備されている。

所在地
朝鮮京畿道京城府南山現・大韓民国ソウル特別市龍山区厚岩洞30-65
御祭神
天照大神、明治天皇
系統
伊勢・神明
福岡県勝負運厄除け

大分八幡宮

だいぶはちまんぐう

大分八幡宮は応神天皇・神功皇后・玉依姫命を祀る福岡県飯塚市の古社。神亀3年(726)の創祀と伝え、筥崎宮の元宮とされる。

所在地
福岡県飯塚市大分1272
御祭神
応神天皇、神功皇后
系統
八幡
中国開運

大連神社

だいれんじんじゃ

明治40年(1907年)10月1日、関東州大連市に日本人居留民の総氏神として創建された神社。昭和19年(1944年)に旅順へ官幣大社関東神宮が鎮座するまでは、関東州における中心的な神社として広く崇敬を集めた。昭和20年8月の終戦とソ連軍の進攻を受け、昭和22年(1947年)3月、元宮司の水野久直が御神体と神宝を日本へ持ち帰り、福岡市の筥崎宮に仮奉安した。その後、水野が山口県下関市の赤間神宮宮司に就任したことから、昭和28年(1953年)5月に同社の神苑へ小祠を建てて御神体を遷した。やがて伊勢神宮の式年遷宮に際して古殿一棟を賜り、造営事業を始めて神域を拡張。さらに昭和55年(1980年)、貝島太市より日の本神社の社殿を譲り受け、関門海峡を望む現在地へ永代鎮座した。

所在地
山口県下関市阿弥陀寺町4-1(赤間神宮境内)
御祭神
天照皇大神、大国主大神
京都府勝負運厄除け

御香宮神社

ごこうのみやじんじゃ

創建については諸説あり、御香宮縁起では貞観四年(862)に境内から香りのよい水が湧き出た奇瑞により清和天皇から「御香宮」の名を賜ったと伝え、一方で弘仁十四年(823)に神功皇后の神託によって創建されたとも伝わる。主祭神の神功皇后は応神天皇の生母で、安産・子育ての神として篤く信仰される。天正十八年(1590)には豊臣秀吉が戦勝祈願のため太刀と願文を奉納し社領を寄進、慶長十年(1605)には徳川家康が社殿を再興した。元和八年(1622)には水戸徳川家初代の徳川頼房が伏見城の大手門を表門として寄進しており、現在の本殿・拝殿は江戸初期の建築として重要文化財に指定されている。

所在地
京都府京都市伏見区御香宮門前町174
御祭神
神功皇后、応神天皇
系統
八幡
大阪府勝負運厄除け

御霊神社

ごりょうじんじゃ

御霊神社は、鎌倉坂ノ下に鎮座し、鎌倉権五郎景政を祀る神社。平安後期の武将である景政公の武勇を伝え、古くから地域の鎮守として崇敬されてきた。面掛行列などの祭礼でも知られる。

所在地
大阪府大阪市中央区淡路町4丁目4-3
御祭神
天照大神荒魂、津布良彦神
系統
御霊
長崎県勝負運厄除け

八幡宮神社

はちまんぐうじんじゃ

対馬の中心・厳原の清水山麓に鎮座する対馬国一宮の論社で、旧県社。正式な社名は「八幡宮神社」で「厳原」の地名は入らないが、他所の八幡宮と区別するため「厳原八幡宮」とも呼ばれ、楼門にかかる扁額も「八幡宮神社」と記す。社伝では、神功皇后が三韓征伐からの帰途に清水山へ行啓し、神霊の宿る山として山頂に磐境を設け、神鏡と幣帛を置いて天神地祇を祀ったのが起こりとされる。677年(天武天皇6年)、天武天皇の勅命により清水山の麓に社殿を造営して八幡神を祀ったのが創建と伝わる。上県郡の上津八幡宮(現在の海神神社)に対して当社は下津八幡宮と並び称され、戦国時代頃からは府中八幡宮と呼ばれるようになった。1871年(明治4年)に式内名神大社「和多都美神社」に比定されて改称したことがあったが、1890年(明治23年)に元の八幡宮へ戻している。1874年(明治7年)に郷社、1916年(大正5年)に県社へ昇格した。

所在地
長崎県対馬市厳原町中村字清水山645-1
御祭神
応神天皇、神功皇后
系統
八幡
北海道交通安全商売繁盛

函館八幡宮

はこだてはちまんぐう

函館八幡宮は品陀和気命・住吉大神を祀る神社。厄除け・航海安全のご利益で知られ、1445年(文安2年)に創建された由緒ある神社です。

所在地
北海道函館市谷地頭町2-5
御祭神
応神天皇、住吉大神
系統
八幡
福岡県勝負運出世

筥崎宮

はこざき ぐう

筥崎宮は応神天皇・神功皇后を祀る神社。勝運・厄除けのご利益で知られ、921年(延喜21年)に創建された由緒ある神社です。

所在地
福岡県福岡市東区箱崎1-22-1
御祭神
応神天皇、神功皇后
系統
八幡
三重県開運

波氐神社

はてじんじゃ

創建年代は不詳だが、社伝では延暦20年(801年)に伝教大師によって社殿が改造されたとされ、桓武天皇の代には既に祀られていたと伝える。それから約100年後に成立した『延喜式』神名帳に載る伊勢国一志郡の式内社で、古来より矢頭山を中心に信仰されてきた。伊勢国司の北畠氏も崇敬篤く、神領を寄進して社の経営を助けたという。波瀬村には矢頭山の神を祀る社が3社あり、村の中央に鎮座する小矢頭神社を本宮、約6km離れた山麓の矢頭神社を中宮、山頂の高岳神社を奥宮として、あわせて矢頭山蔵王権現と称した。明治6年(1873年)の神仏分離で矢頭神社が波氐神社と改称し、明治42年から43年にかけて中宮・奥宮を含む村内32社を小矢頭神社に合祀して現在の波氐神社となった。昭和20年(1945年)に県社に列格している。

所在地
三重県津市一志町波瀬4248
御祭神
火雷神、安閑天皇
系統
出雲
東京都勝負運厄除け

八幡神社

はとのもりはちまんじんじゃ

鳩森八幡神社の創建には、いにしえの瑞祥にまつわる伝承が残る。かつてこの地の森にたびたび瑞雲が現れ、村人が分け入ると多くの白い鳩が西へ飛び立ったといい、この不思議な出来事にちなんで祠が建てられ「鳩森」と名付けられたと伝わる。貞観2年(860年)、関東巡教中の慈覚大師円仁がこの地に立ち寄った際、村民の願いを受けて神功皇后と応神天皇の御尊像を祀り、「正八幡宮」として崇敬されるようになったという。現在も応神天皇・神功皇后の二柱を御祭神とする。社殿は弘化2年(1845年)に上棟した欅造りであったが、昭和20年(1945年)の戦災で焼失し、戦後の復興を経て平成5年(1993年)に戦前の姿へと復元された。戦火をくぐり抜けたご神木の銀杏は、今も境内で命をつないでいる。境内には都内最古とされる富士塚(鳩森八幡神社富士塚)や将棋堂もあり、多くの参拝者に親しまれている。

所在地
東京都渋谷区千駄ヶ谷一丁目1番24号
御祭神
応神天皇、神功皇后
系統
八幡
京都府開運厄除け

平安神宮

へいあん じんぐう

平安神宮は桓武天皇・孝明天皇を祀る神社。開運招福・厄除けのご利益で知られ、1895年(明治28年)に創建された由緒ある神社です。

所在地
京都府京都市左京区岡崎西天王町97
御祭神
桓武天皇、孝明天皇
島根県勝負運厄除け

平濱八幡宮

ひらはまはちまんぐう

創建年代は不詳。天永2年(1111年)に太政官の命を受けて陰陽寮が当社の遷宮の日時を占ったことが石清水文書に見えることから、それ以前の鎮座は確実で、出雲国最古の八幡宮とされる。一帯は京都・石清水八幡宮の社領であり、当社は「平浜別宮」と呼ばれて石清水の社家の支流が奉仕した。のちに出雲国八所八幡宮の総社と位置づけられ、戦国期には亀井氏・尼子氏・毛利氏によって社殿が造営され、江戸時代には松江藩主の直轄下に置かれた。昭和17年(1942年)に県社へ列格。境内西隣には武内宿禰を祀る境内社・武内神社が鎮座し、「武内さん」の愛称で延命長寿の神として広く信仰を集めている。

所在地
島根県松江市八幡町303
御祭神
應神天皇、仲哀天皇
系統
八幡
北海道縁結び開運

北海道神宮

ほっかいどうじんぐう

北海道神宮は大国魂神・大那牟遅神を祀る神社。開運・金運のご利益で知られ、1869年(明治2年)に創建された由緒ある神社です。

所在地
北海道札幌市中央区宮ケ丘474
御祭神
大国魂神、大那牟遅神
東京都勝負運厄除け

今戸神社

いまどじんじゃ

今戸神社の創建は1063年(康平6年)と伝わる。奥州鎮守府将軍であった源頼義・義家父子が、奥州の安倍貞任・宗任討伐に際して戦勝を祈願し、鎌倉の鶴岡と浅草今之津(現在の今戸)に京都の石清水八幡宮を勧請したのが始まりとされ、当初は「今戸八幡」と称した。江戸時代には三代将軍徳川家光により官材を賜り、寛永13年(1636年)に再建されている。1937年(昭和12年)に隣接していた白山神社を合祀し、社名を「今戸神社」に改めた。大正12年の関東大震災、昭和20年の東京大空襲でいずれも社殿を焼失したが、昭和46年(1971年)11月に氏子・崇敬者の浄財により現在の社殿が造営された。近年は招き猫発祥の地の一つとされるほか、新選組・沖田総司終焉の地との言い伝えも残るが、後者については異説も指摘されている。

所在地
東京都台東区今戸1丁目5-22
御祭神
応神天皇、伊弉諾尊
系統
八幡
京都府厄除け開運

新日吉神宮

いまひえじんぐう

永暦元年(1160年)、後白河上皇が造営した御所・法住寺殿の鎮守として、比叡山東坂本の日吉山王七社を勧請したのに始まる。大山咋命をはじめとする日吉山王七柱を主神とし、後白河天皇を併せ祀り、相殿に素戔嗚尊・大年神を祀る。創建当初の社地は現在地より南にあったが、元和元年(1615年)に豊国廟社の破却に伴い旧廟前へ移り、明治30年(1897年)に現在地へ遷座した。酒造・医薬・縁結びの神として信仰を集めている。

所在地
京都府京都市東山区妙法院前側町451-1
御祭神
日吉山王七神、後白河天皇
系統
日吉
山口県勝負運厄除け

忌宮神社

いみのみやじんじゃ

第14代仲哀天皇が熊襲平定のため西下した際にこの地に豊浦宮を興し、7年間政務を執ったと伝わる。天皇崩御ののち、新羅征討から帰った神功皇后が天皇の神霊を豊浦宮の地に鎮祭したのが創祀とされる。社名の「忌」は「斎」と同義で、極めて神聖・清浄な宮を意味する。仲哀天皇・神功皇后・応神天皇を祀る延喜式内社で、古くから文武の神・安産の神として崇敬され、城下町長府の中心に鎮座する。

所在地
山口県下関市長府宮の内1-18
御祭神
仲哀天皇、神功皇后
系統
八幡
京都府勝負運出世

石清水八幡宮

いわしみず はちまんぐう

石清水八幡宮は応神天皇・比咩大神を祀る神社。厄除け・必勝祈願のご利益で知られ、860年(貞観2年)に創建された由緒ある神社です。

所在地
京都府八幡市八幡高坊30
御祭神
応神天皇、比売大神
系統
八幡
長崎県勝負運厄除け

厳原八幡宮神社

いずはらはちまんぐうじんじゃ

長崎県対馬市厳原の中心部、清水山の麓に鎮座する古社で、対馬国一宮の論社とされる。応神天皇・神功皇后・仲哀天皇・姫大神・武内宿禰の五柱を祀る。社伝では、神功皇后が三韓征伐からの帰途に清水山へ登り、神霊の宿る山として山頂に磐境を設け、神鏡と幣帛を供えて天神地祇を祀り、異国の侵入からこの地を守るよう祈ったことに始まると伝える。のち天武天皇6年(677年)に勅命によって山麓に社殿が造営され、八幡神が祀られたという。中世以降は対馬を治めた宗氏をはじめ島民の崇敬を広く集め、近代には明治7年(1874年)に郷社、大正5年(1916年)に県社へ列格した。旧暦8月15日を本祭とする古式大祭では、宮司や氏子らが長い行列を組み、神輿とともに厳原港を目指して練り歩く神幸式(おさがり)が行われ、前夜祭・本祭ともに浦安の舞と命婦の舞が奉納される。

所在地
長崎県対馬市厳原町中村字清水山645-1
御祭神
応神天皇、神功皇后
系統
八幡
広島県勝負運厄除け

亀山八幡神社(神石高原町)

かめやまはちまんじんじゃ

亀山八幡神社(神石高原町)は、広島県神石郡神石高原町小畠に鎮座する八幡神社。治暦元年(1065年)創建と伝わり、石清水八幡宮の御分霊を勧請したことに始まるとされています。

所在地
広島県神石郡神石高原町小畠2025
御祭神
応神天皇
系統
八幡
福島県家内安全厄除け

開成山大神宮

かいせいざん だいじんぐ

開成山大神宮は天照大御神・豊受大神を祀る神社。厄除け・家内安全のご利益で知られ、1876年(明治9年)に創建された由緒ある神社です。

所在地
福島県郡山市開成3-1-38
御祭神
天照大御神、豊受大御神
系統
伊勢・神明
福岡県勝負運厄除け

竈門神社

かまどじんじゃ

竈門神社は、太宰府政庁の鬼門(北東)にあたる宝満山を神体山として祀る古社である。社伝によれば、天武天皇2年(673年)に山中で修行していた心蓮上人が「われはこれ玉依姫の霊、この山中に居すること年久し」との神託を受けたことを機に、上宮が建立されたと伝わる。主祭神の玉依姫命は「魂と魂を引き寄せる」神徳を持つとされ、縁結び・方除け・厄除けの神として信仰されてきた。遣隋使・遣唐使など大陸へ渡る人々が航海の安全を祈願して登拝した霊山としても知られる。803年に従五位上、1106年には正一位を授けられ、平安時代編纂の『延喜式』にも名神大社として記載されるなど、朝廷からも篤く崇敬された。明治28年(1895年)には官幣小社に列せられている。

所在地
上宮:宝満山頂上下宮:福岡県太宰府市大字内山字御供屋谷883
御祭神
玉依姫命、神功皇后
系統
八幡
山口県勝負運厄除け

亀山八幡宮(下関)

かめやまはちまんぐう

亀山八幡宮(下関)は、応神天皇・仲哀天皇・神功皇后を祀る山口県下関市唐戸地区の八幡宮。勝負運・厄除けのご利益で知られ、関門海峡に近い下関の鎮守として親しまれています。

所在地
山口県下関市中之町1-1
御祭神
応神天皇、仲哀天皇
系統
八幡
京都府開運

上御霊神社

かみごりょうじんじゃ

正式には御霊神社といい、京都御所の北、上京区上御霊竪町に鎮座する。下御霊神社に対して上御霊神社と通称される。延暦13年(794年)の平安遷都に際し、桓武天皇が非業の死を遂げた弟・早良親王(崇道天皇)の神霊をこの地に祀ったのが起こりと伝わる。以後、井上大皇后や他戸親王、橘逸勢、文屋宮田麻呂ら政争に倒れた人々の霊が加えられ、十三柱を祀るようになった。貞観5年(863年)には神泉苑で御霊会が営まれ、疫病を鎮める霊社として都人の厚い信仰を集めた。応仁元年(1467年)、畠山政長と畠山義就が境内の御霊の森で衝突したことから、応仁の乱の発端の地としても知られる。「こころしずめの社」と称され、厄除けや学業成就の祈願に訪れる人が多い。

所在地
京都府京都市上京区上御霊前通烏丸東入上御霊竪町495番地
御祭神
崇道天皇、井上大皇后
系統
御霊
奈良県開運厄除け

橿原神宮

かしはら じんぐう

橿原神宮は神武天皇・媛蹈韛五十鈴媛命を祀る神社。国家安泰・開運招福のご利益で知られ、1890年(明治23年)に創建された由緒ある神社です。

所在地
奈良県橿原市久米町934
御祭神
神武天皇、媛蹈韛五十鈴媛命
福岡県開運

香椎宮

かしいぐう

香椎宮は、仲哀天皇9年(200)に神功皇后が祠を建て、仲哀天皇の神霊を祀ったことに始まると伝えられる。養老7年(723)の神功皇后の神託を受けて社殿造営が始まり、神亀元年(724)に竣工した両宮は香椎廟と称された。

所在地
福岡県福岡市東区香椎4-16-1
御祭神
仲哀天皇、神功皇后
千葉県勝負運厄除け

葛飾八幡宮

かつしかはちまんぐう

葛飾八幡宮は、応神天皇・神功皇后・玉依姫命を祀る市川市の古社。寛平年間、宇多天皇の勅願により下総国総鎮守として創建されたと伝えられる。古くから八幡信仰の社として崇敬され、千本公孫樹でも知られる。

所在地
千葉県市川市八幡四丁目2番1号
御祭神
誉田別命(応神天皇)、息長帯姫命(神功皇后)
系統
八幡
滋賀県開運

萱野神社

かやのじんじゃ

大津市大萱、JR瀬田駅のすぐ近くに鎮座する神社。かつては九帝王宮(九帝王社)、九大王社と呼ばれ、神紋は蓑亀を用いる。祭神は第九代・開化天皇(稚日本根子彦大日日天皇)で、九帝王大明神とも称される。社伝によれば、彦坐王命の四世にあたる治田連が淡海の国造としてこの地に住み、土地の開発と人々の暮らしの基盤を築いたのち、治田一族の遠祖である開化天皇の神霊をこの里の守護神として祀ったのが始まりで、雄略天皇6年(462年)のことと伝える。明治の神仏分離を経て、明治3年(1870年)に社号を現在の萱野神社と改めた。長寿・厄除・開運の信仰を集め、瀬田北地区の氏神として親しまれている。

所在地
滋賀県大津市大萱2丁目21-1
御祭神
開化天皇
宮崎県開運勝負運

皇宮神社

こぐ じんじゃ

皇宮神社は神日本磐余彦天皇(神武天皇)を祀る、宮崎神宮の境外摂社。神武天皇が東征まで過ごした皇居跡と伝わる神社です。

所在地
宮崎県宮崎市下北方町横小路
御祭神
神武天皇
大分県勝負運厄除け

薦神社

こもじんじゃ

別名を大貞八幡宮といい、承和年間(834〜848年)の創建と伝わる古社。境内の三角池(御澄池)を御神体として内宮とし、社殿を外宮と称する点に特色がある。養老4年(720年)の隼人の反乱では、この池に自生する真薦で編んだ枕状の御験を神輿に奉じて征討軍が向かったと伝えられ、八幡総本宮である宇佐神宮と深い関わりを持つ。御祭神は応神天皇・比売大神・息長帯比売命。現在の神門は元和8年(1622年)に中津藩主細川忠興が造営した三間一戸の二重門で、平面規模に比して背が高く、初重に裳階を付けて釣合をとる。他に類例のない江戸時代初期の珍しい形式として、昭和63年に国の重要文化財に指定された。平成7年から9年にかけて解体修理が行われ、造営当初の姿へ復元されている。内宮である三角池と外宮の社殿は大分県の史跡および天然記念物に指定されている。

所在地
大分県中津市大字大貞209
御祭神
応神天皇、比売大神
系統
八幡
東京都勝負運厄除け

金王八幡宮

こんのうはちまんぐう

寛治6年(1092年)正月15日、渋谷城内に八幡宮を勧請して創建されたと伝わり、渋谷氏の氏族の鎮守として900年以上この地を守ってきた。主祭神は応神天皇(品陀和気命)。渋谷発祥の地ともいわれ、渋谷金王丸常光が17歳で源義朝に従い保元の乱(1156年)で武名を挙げたことから、その名声にちなみ金王八幡宮と称されるようになった。境内には源頼朝が名付けたと伝わる「金王桜」があり、毎年3月最終土曜には金王丸の木像が特別開帳される金王桜まつりが行われる。

所在地
東京都渋谷区渋谷3-5-12
御祭神
応神天皇
系統
八幡
香川県勝負運厄除け

琴弾八幡宮

ことひきはちまんぐう

琴弾八幡宮は大宝3年(703)に創建されたと伝わる古社で、応神天皇・神功皇后・玉依姫命を祀る。かつては四国八十八ヶ所霊場の68番札所を兼ねており、現在も新四国曼荼羅霊場23番、さぬき十五社14番に数えられている。屋島の合戦にあたり源義経が戦勝を祈願して奉納したと伝わる木の鳥居が今も残されており、源氏ゆかりの社として知られる。琴弾公園内の山の頂に鎮座し、大鳥居から本殿まで381段の石段が続いている。

所在地
香川県観音寺市八幡町一丁目1番1号
御祭神
応神天皇、神功皇后
系統
八幡
香川県健康祈願交通安全

金刀比羅宮

ことひらぐう

金刀比羅宮は大物主神・崇徳天皇を祀る神社。海上安全・病気平癒のご利益で知られ、不明(伝承あり)に創建された由緒ある神社です。

所在地
香川県仲多度郡琴平町892-1
御祭神
大物主大神、崇徳天皇
系統
金刀比羅
広島県縁結び開運

河内神社

こうちじんじゃ

河内神社は、広島県庄原市に鎮座する地域の鎮守。大山祇命などを祀り、山間地域の農耕・山林・生活守護の神として崇敬されてきた。地域祭礼を通じて、氏子の暮らしと結びついた信仰を今に伝えている。

所在地
広島県広島市佐伯区五日市町上河内359-1
御祭神
帯中津日子命(仲哀天皇)、品陀和気命(応神天皇)
系統
出雲
熊本県開運

郡浦神社

こうのうらじんじゃ

天養元年(1144)の創建と伝わる古社で、肥後国三宮とされる。主祭神の蒲智比咩命は古くから当地の近くに祀られていた姫神で、のちに阿蘇神社の健磐龍命、国造神社の速瓶玉命、神武天皇が合わせ祀られた。阿蘇神社・甲佐神社・健軍神社とともに「阿蘇四社」と称され、阿蘇信仰の広がりを示す神社として知られる。境内には平安時代初期のものとされる石造五重塔や、明治9年(1876)の神風連の変で自刃した六烈士ゆかりの石碑が残る。旧社格は郷社。

所在地
熊本県宇城市三角町郡浦2666
御祭神
蒲智比咩命、健磐龍命
熊本県家内安全勝負運

藤崎八旛宮

くまもと ふじさき はちまんぐう

藤崎八旛宮は応神天皇・神功皇后を祀る神社。厄除け・勝負運のご利益で知られ、935年(承平5年)に創建された肥後国一之宮の由緒ある神社です。

所在地
熊本県熊本市中央区井川淵町3-1
御祭神
応神天皇、神功皇后
系統
八幡
広島県勝負運厄除け

亀山八幡神社(呉市安浦町)

かめやまはちまんじんじゃ

亀山八幡神社(呉市安浦町)は、広島県呉市安浦町内海北に鎮座する八幡神社。市有形文化財の本殿は江戸初期の特徴を残す、瀬戸内沿岸・島嶼部を代表する建造物です。

所在地
広島県呉市安浦町内海北5丁目
御祭神
応神天皇
系統
八幡
大阪府開運

呉服神社

くれはじんじゃ

呉服神社は、機織・裁縫の祖神とされる呉服大神を祀る神社。応神天皇の時代、阿知使主・都知使主が大陸から機織りや染色の技術を導入するため呉へ渡った故事に関わるとされ、池田の呉服の里に鎮座している。

所在地
大阪府池田市室町7-4
御祭神
呉服大明神、仁徳天皇
福岡県開運

水天宮

くるめすいてんぐう

久留米水天宮は、全国水天宮の総本宮。源平合戦後、安徳天皇・高倉平中宮・二位の尼を祀ったことに始まると伝えられ、のち水の神・安産の神として信仰が広がった。筑後川沿いに鎮座し、久留米藩主有馬家からも崇敬された。

所在地
福岡県久留米市瀬下町265-1
御祭神
天御中主神、安徳天皇
大阪府開運

日部神社

くさべじんじゃ

大阪府堺市西区草部に鎮座し、彦坐王・神武天皇・道臣命を主祭神とする。彦坐王は、この一帯を拠点とした豪族・日下部首氏の祖神とされる。創建の経緯は詳らかでないが、本居宣長『古事記伝』は、神武天皇が東征の際に上陸し長髄彦と最初の戦いをした「日下の蓼津」をこの一帯に比定している。明治44年(1911)に近隣の八坂神社・熊野神社・菅原神社を合祀し、旧八坂神社の社地へ遷座した。現在の社地・本殿・神門は旧八坂神社のもので、拝殿は旧菅原神社から移築されたものである。本殿は、その前にあった石燈籠に「正平二十四年卯月八日」(正平24年/1369年)の銘が刻まれていることや建築様式から、その頃の建立と考えられ、石燈籠とともに大正6年(1917)に国の重要文化財に指定された。本殿の蟇股には多彩な彫刻が施される。神門は江戸時代の作で堺市指定文化財。

所在地
大阪府堺市西区草部262
御祭神
彦坐王、神武天皇
東京都開運

宮中三殿

きゅうちゅうさんでん

皇居の吹上御苑にある賢所・皇霊殿・神殿の三殿をまとめた呼称で、三殿を一括して賢所と称することもある。南面して建つ三殿の中央が皇祖天照大御神を祀る賢所、その西が歴代天皇・皇后・皇族の霊を祀る皇霊殿、東が天神地祇八百万神を祀る神殿にあたる。明治維新後に宮中の祭祀が段階的に整理され、明治5年(1872年)に現在に連なる三殿の形が整ったと解されている。現在の建物は宮内省一等匠手を務めた木子清敬の設計により明治21年(1888年)10月に竣工し、翌明治22年1月9日に遷座された。単層入母屋妻入の白木造で、屋根は当初の檜皮葺から後に銅板葺へ改められた。昭和19年(1944年)には空襲を避けて皇居内の防空壕へ、平成16年(2004年)には耐震劣化調査のため仮殿へ一時動座している。祭祀は宮内庁とは別の内廷組織である掌典職が担う。

所在地
東京都千代田区千代田1番1号(皇居 吹上御苑内)
御祭神
天照大御神(賢所)、歴代天皇・皇族の霊(皇霊殿)
東京都縁結び学業成就

明治神宮

めいじじんぐう

明治神宮は明治天皇・昭憲皇太后を祀る神社。家内安全・縁結びのご利益で知られ、1920年(大正9年)に創建された由緒ある神社です。

所在地
東京都渋谷区代々木神園町1-1
御祭神
明治天皇、昭憲皇太后
兵庫県開運

御厨神社

みくりやじんじゃ

創立の年月は火災で記録を失い不詳。社伝によれば、神功皇后が西征の途中に二見浦へ船を寄せて船子を集め兵糧を調えた際、土地の人々が食物を献じたことに由来し、神饌を調える場所を意味する「御厨」が社名になったと伝える。伊勢神宮の御厨(荘園)であったとする説もある。貞観年間(859〜877)に八幡宮を勧請し、延喜元年(901)に大宰府へ左遷される途上の菅原道真が船を二見浦へ寄せて社地に上陸したという所縁から、寛和年間(985〜987)に天満宮を勧請したと伝わる。長暦年間(1037〜1040)に現在地の「卯の花の森」へ遷り、以後は誉田別命・菅原道真・素盞嗚命の三座を相殿に祀る。道真が一夜を明かしたという「仮寝の岡」の伝承が残り、船頭や回船業者など海運関係者の信仰も集めてきた。境内には紅梅・白梅があり、紅梅は2月上旬から中旬、白梅は2月中旬から3月上旬に見頃を迎える。

所在地
兵庫県明石市二見町東二見1323
御祭神
誉田別命(応神天皇)、菅原道真
大阪府開運

水無瀬神宮

みなせじんぐう

水無瀬神宮は、後鳥羽天皇ゆかりの水無瀬離宮跡に、後鳥羽天皇・土御門天皇・順徳天皇の御霊を祀る神社。承久の乱後、遠く配流地で崩御した三天皇を弔うために建立され、後鳥羽天皇の遺徳を今に伝えている。

所在地
大阪府三島郡島本町広瀬3丁目10-24
御祭神
後鳥羽天皇、土御門天皇
広島県勝負運厄除け

御調八幡宮

みつきはちまんぐう

神護景雲3年(769年)、宇佐八幡宮の神託事件で道鏡の野望を退けた和気清麻呂の姉、和気広虫(法均尼)が備後国へ流された際、この地に留まって宇佐八幡大神を勧請し、弟の赦免を祈願したことに始まると伝わる。宝亀8年(777年)を創建の年とし、以後、八幡庄の鎮守、備後総鎮護の社として崇敬を集めている。天正年間には三原城に滞在した豊臣秀吉が参拝し、境内に桜を手植えしたと伝えられる。木造狛犬一対をはじめ、木造行道面・木造神像・経典板木が国の重要文化財に指定され、シイを主とする社叢は広島県の天然記念物となっている。

所在地
広島県三原市八幡町宮内7
御祭神
応神天皇、仲哀天皇
系統
八幡
熊本県開運

宮原三神宮

みやはらさんじんぐう

八代平野の北部、氷川町宮原に鎮座する旧郷社。伊勢神宮内宮の天照皇大神、近江日吉社の国常立尊、山城下鴨社の神武天皇の三神を祀ることから三神宮と称する。社伝では平治元年(1159年)、二条天皇の勅命を受けた平重盛が平盛俊に命じて社殿の造営を始め、応保元年(1161年)に落成、盛俊の弟盛房が社司となって神霊を勧請したと伝え、当初は三宮社と呼ばれた。天正16年(1588年)にキリシタン大名小西行長の焼き討ちで社殿を失うが、慶長年間に加藤清正によって復興され、その後は細川氏の保護を受けた。現在の社殿は天保10年(1839年)の造営である。明治の神仏分離により別当の神蔵寺を廃して社号を宮原三神宮と改め、八代北部一帯の総鎮守として崇敬されてきた。

所在地
熊本県八代郡氷川町宮原491
御祭神
天照皇大神、国常立尊
鹿児島県開運

宮浦宮

みやうらぐう

延喜式神名帳に名を連ねる大隅国の式内社で、神武天皇に天神七代・地神五代を合わせた計18柱を祀ります。宝暦2年(1752年)に正一位の神階を授けられ、「正一位宮浦大明神」の勅額が掲げられたと伝えられますが、それ以前の詳しい沿革は明らかになっていません。寛政3年(1791年)、桜島の噴火に伴う大火で社殿を焼失し、薩摩藩主の島津斉宣によって再興されました。明治6年(1873年)に県社に列格し、明治10年(1877年)の西南戦争でも被害を受けています。本殿の前には南北に分かれて2本の大イチョウがそびえ、「福山の夫婦イチョウ」として昭和39年(1964年)に鹿児島県の天然記念物に指定されました。樹齢は千年を数えるとも伝えられ、晩秋の黄葉の時期には多くの人が訪れます。

所在地
鹿児島県霧島市福山町福山2437
御祭神
神武天皇、天神七代
宮崎県開運勝負運

宮崎神宮

みやざき じんぐう

宮崎神宮は神日本磐余彦天皇(神武天皇)を祀る神社。開運・国家安泰のご利益で知られ、神代の時代の創建とされる由緒ある神社です。

所在地
宮崎県宮崎市神宮2-4-1
御祭神
神武天皇
岩手県商売繁盛厄除け

盛岡八幡宮

もりおか はちまんぐう

盛岡八幡宮は品陀和気命を祀る神社。厄除け・五穀豊穣のご利益で知られ、1680年(延宝8年)に創建された由緒ある神社です。

所在地
岩手県盛岡市八幡町13-1
御祭神
応神天皇
系統
八幡
熊本県勝負運厄除け

守山八幡宮

もりやまはちまんぐう

熊本県に鎮座する八幡系の神社です。御祭神は応神天皇、神功皇后、姫大神。勝負運・厄除け・スポーツのご利益で知られます。

所在地
熊本県宇城市小川町南部田1108
御祭神
応神天皇、神功皇后
系統
八幡
大阪府勝負運厄除け

百舌鳥八幡宮

もずはちまんぐう

主祭神に応神天皇を祀る。社伝によれば、神功皇后が三韓征討の帰途にこの地で万代までも鎮まり天下泰平を守ろうと誓願し、のちの欽明天皇の御代に八幡大神の宣託を受けて地を万代(もず)と称し、神社を創建したのが始まりと伝わる。平安時代には京都・石清水八幡宮の和泉国万代別宮として栄え、社僧四十八ヵ寺を擁した。江戸時代には歴代の大坂城代が就任時に必ず参拝したといわれ、徳川家から葵紋の使用を許された。秋には例大祭に合わせて氏子各町からふとん太鼓が奉納され、大いに賑わう。

所在地
大阪府堺市北区百舌鳥赤畑町5-706
御祭神
応神天皇、神功皇后
系統
八幡
京都府開運

向日神社

むこうじんじゃ

向日山に鎮座していた「向神社(上ノ社)」と「火雷神社(下ノ社)」を起源とし、いずれも延喜式神名帳に載る古社である。社伝では養老2年(718)に向神社が現在地へ鎮座したとされ、火雷神社は継体天皇の頃の創建と伝わる。建治元年(1275)に両社が合わせ祀られ、現在の向日神社となった。本殿は応永29年(1422)の再建で、室町時代の三間社流造を代表する建築として国の重要文化財に指定されており、明治神宮本殿の設計に際して参考にされたと伝えられる。本殿の覆屋や幣殿、拝殿、境内の門や摂末社など多数の建物も国の登録有形文化財となっている。地元では「明神さん」の名で親しまれている。

所在地
京都府向日市向日町北山65
御祭神
向日神、火雷大神
愛知県商売繁盛勝負運

名古屋八幡宮

なごや はちまんぐう

名古屋八幡宮は応神天皇・神功皇后を祀る神社。厄除け・勝負運のご利益で知られ、平安時代に創建された由緒ある神社です。

御祭神
応神天皇
系統
八幡
大分県勝負運厄除け

亀岡八幡神社(中津市山国町)

かめおかはちまんじんじゃ

亀岡八幡神社(中津市山国町)は、大分県中津市山国町中摩に鎮座する八幡神社。亀岡八幡宮とも称される、中津市山国町の八幡信仰の社です。

所在地
大分県中津市山国町中摩5611
御祭神
品陀和気命(応神天皇)
系統
八幡
栃木県開運家内安全

雄琴神社

おごとじんじゃ

寛治5年(1091)、清原武則の子孫・保定が祖先の舎人親王を祀り、藤森神社と称したのが創まりと伝わる。寛正3年(1462)、壬生城を築いた壬生氏の祖・壬生胤業が、遠祖である小槻今雄公の神霊を近江国の雄琴神社から勧請して合祀し、社号を雄琴神社と改めた。祭神は天照大御神・天武天皇・舎人親王・小槻今雄公の四柱。以来900年余りにわたり壬生の総鎮守(総氏神)として崇敬を集めている。

所在地
栃木県下都賀郡壬生町通町18-58
御祭神
天照大御神、天武天皇
系統
伊勢・神明
大分県家内安全勝負運

柞原八幡宮

おいた じんじゃ

柞原八幡宮は応神天皇・神功皇后を祀る神社。厄除け・勝負運のご利益で知られ、825年(天長2年)に創建された豊後国一之宮の由緒ある神社です。

所在地
大分県大分市八幡987
御祭神
応神天皇、神功皇后
系統
八幡
秋田県勝負運厄除け

大館八幡神社

おおだてはちまんじんじゃ

秋田県に鎮座する八幡系の神社です。御祭神は誉田別命(応神天皇)、息長足姫命。勝負運・厄除け・スポーツのご利益で知られます。

所在地
秋田県大館市字八幡1
御祭神
誉田別命(応神天皇)、息長足姫命
系統
八幡
東京都勝負運厄除け

大宮八幡宮

おおみやはちまんぐう

康平6年(1063)、源頼義が前九年の役平定の途上、大空に八条の白雲がたなびくのを八幡大神の加護の瑞兆と感じ、乱の平定後に京都・石清水八幡宮から分霊を勧請して創建したと伝わる。子の八幡太郎義家も後三年の役ののち社殿を修築し、千本の若松を植えたと伝えられる。かつて「武蔵国八幡一之宮」と称された。昭和44年(1969)には境内から弥生時代の祭祀遺跡が発掘され、太古からの聖域であることが確認された。御祭神は応神天皇・仲哀天皇・神功皇后。「東京のへそ」とも呼ばれ、安産・子育て厄除けの信仰を集める。

所在地
東京都杉並区大宮2-3-1
御祭神
八幡大神(応神天皇)、仲哀天皇
系統
八幡
滋賀県厄除け病気平癒

大笹原神社

おおささはらじんじゃ

滋賀県野洲市大篠原に鎮座する旧郷社。創建年代は明らかでないが平安時代中期と伝え、寛和2年(986年)に越智諸実が社殿を再建して社領を寄進したという。現在の本殿は室町時代中期の応永21年(1414年)の建立で、六角氏の家臣で岩倉城主の馬淵定信を願主として再建されたと伝わる。桁行三間・梁間三間、一重の入母屋造、向拝一間、檜皮葺。彩色を施さない素木造だが、欄間や戸の意匠、各所に配された彫刻の手法が優れ、東山文化の装飾性をよく伝えている。小規模ながら中世の神社建築として屈指の傑作と評価され、明治34年(1901年)に重要文化財、昭和36年(1961年)に国宝に指定された。参道を進むと左手に拝殿、その右手に寄倍の池、奥に本殿と境内社の篠原神社本殿が並ぶ。良質のもち米を産する土地柄にちなみ、鏡餅の起源を祀るという「餅の宮」も境内にある。

所在地
滋賀県野洲市大篠原2375
御祭神
速須佐之男命、稲田姫命
系統
八坂
宮城県子宝勝負運

大崎八幡宮

おさき はちまんぐう

大崎八幡宮は応神天皇・仲哀天皇を祀る神社。厄除け・必勝祈願のご利益で知られ、1607年(慶長12年)に創建された由緒ある神社です。

所在地
宮城県仙台市青葉区八幡4-6-1
御祭神
応神天皇、仲哀天皇
系統
八幡
滋賀県開運

近江神宮

おうみじんぐう

近江神宮は、天智天皇を祀る大津市の神社。天智天皇が近江大津宮で営んだ政治と文化の遺徳をたたえ、昭和15年に創建された。漏刻による時の制度にちなみ、時の神・かるたの聖地としても知られる。

所在地
滋賀県大津市神宮町1-1
御祭神
天智天皇
山形県勝負運出世

寒河江八幡宮

やまがた はちまんぐう

寒河江八幡宮は応神天皇・神功皇后を祀る山形県寒河江市の神社。厄除け・勝負運のご利益で知られ、寒河江荘の総鎮守として900年以上の歴史を持つ古社です。

所在地
山形県寒河江市八幡町5-70
御祭神
応神天皇、神功皇后
系統
八幡
宮城県勝負運厄除け

櫻田山神社

さくらださんじんじゃ

櫻田山神社は、正式名称を「山神社」といい、鎮座する地区の名を冠して「櫻田山神社」の名で親しまれている。由緒によれば、武烈天皇に仕えた狩野掃部之祐と久我大連の両名が、西暦506年12月8日の天皇崩御の後に東駒形山の麓へ赴き、天皇を偲んで社を建てて山神社と称したという。創建から約1500年になると伝えられる。古くから安産・子育ての神として近隣の人々に篤く信仰され、栗駒山麓の里に鎮座する氏神として地域に大切に守られてきた。

所在地
宮城県栗原市栗駒桜田山神下106
御祭神
武烈天皇(小長谷若雀命)、応神天皇(誉田別命)
系統
八幡
北海道家内安全勝負運

札幌八幡宮

さっぽろ はちまんぐう

札幌八幡宮は応神天皇・神功皇后を祀る神社。厄除け・勝負運のご利益で知られ、1878年(明治11年)に創建された由緒ある神社です。

所在地
北海道札幌市白石区本通14丁目北1-1
御祭神
応神天皇、神功皇后
系統
八幡
滋賀県勝負運厄除け

沙沙貴神社

ささきじんじゃ

少彦名神・大毘古神・仁徳天皇・宇多天皇・敦実親王の四座五柱を「佐佐木大明神」と総称して祀る。延長5年(927)にまとめられた延喜式神名帳に名が載り、少彦名神がササゲの莢の舟で海を渡ってササキの郷に来たという伝承が残る。古くは沙沙貴山君の祖神とされる大毘古神を祀ったのが始まりとみられる。平安時代に宇多天皇の流れをくむ源成頼が佐々木庄に住み、孫の経方が佐々木を名乗って神主を務めて以来、宇多源氏・佐佐木源氏の氏神として六角・京極・黒田・朽木など一族の崇敬を受けた。文治2年(1186)には佐々木定綱が、源頼朝の筆と伝わる「佐佐木大明神」の額を大鳥居に掲げたとされる。現在の本殿・権殿・拝殿は江戸末期の火災後に丸亀藩京極家が再建したもので、楼門や回廊などを含む8棟が滋賀県指定有形文化財である。

所在地
滋賀県近江八幡市安土町常楽寺1
御祭神
佐佐木大明神(少彦名命、大毘古神
系統
八幡
長崎県勝負運厄除け

亀山八幡宮(佐世保)

かめやまはちまんぐう

亀山八幡宮(佐世保)は、応神天皇・仲哀天皇・神功皇后などを祀る長崎県佐世保市八幡町の八幡宮。佐世保中心部に鎮座する、勝負運・厄除けのご利益で知られる神社です。

所在地
長崎県佐世保市八幡町3-3
御祭神
応神天皇、仲哀天皇
系統
八幡
宮城県勝負運厄除け

亀岡八幡宮(仙台)

かめおかはちまんぐう

亀岡八幡宮(仙台)は、宮城県仙台市青葉区川内亀岡町に鎮座する八幡宮。伊達氏ゆかりの神社で、応神天皇・神功皇后・玉依姫命を祀ります。

所在地
宮城県仙台市青葉区川内亀岡町62
御祭神
応神天皇、神功皇后
系統
八幡
兵庫県開運

清水神社

しみずじんじゃ

創建の年代は明らかでない。江戸時代の初めに、古くからこの地で祀られていた帝釈天と、他村から迎えた王子権現を合わせ祀ったのが始まりと伝えられ、近世を通じて王子権現宮と称された。主祭神は大己貴命で、顕宗天皇と仁賢天皇を配祀する。明治44年(1911)には元清水神社を合祀している。新田開発の進んだ魚住の地で村の鎮守として信仰され、田植えを終えた6月下旬には豊作を祈る「おくわはん」の神事が今も続けられている。この行事は江戸時代に始まったとされ、明石市の無形民俗文化財に指定されている。例祭は10月17日。現在は近隣の住吉神社が兼務している。

所在地
兵庫県明石市魚住町清水886
御祭神
大己貴命、顕宗天皇
系統
出雲
京都府学業成就

下御霊神社

しもごりょうじんじゃ

創建年代は不詳。平安時代、相次ぐ疫病や災害を非業の死を遂げた貴人の怨霊のしわざと考え、御霊として祀り慰める御霊信仰から生まれた神社で、『日本三代実録』貞観5年(863)5月20日条に記される神泉苑での最古の御霊会がその淵源とされる。この御霊会で祀られた崇道天皇(早良親王)・伊予親王ら六座に二座を加えた八所御霊を祭神とする。はじめ愛宕郡出雲郷の下出雲寺境内に鎮座したと伝わり、のち新町出水の西へ移り、天正18年(1590)に現在地へ遷座した。古くから皇居の産土神として皇室の崇敬が厚く、享保年間には霊元天皇が二度にわたり社頭で祈願している。疫病退散の神「下御霊鎮疫神」として信仰され、境内に湧く御霊水でも知られる。

所在地
京都府京都市中京区寺町通丸太町下る下御霊前町
御祭神
吉備聖霊、崇道天皇
系統
御霊
熊本県勝負運厄除け

塩屋八幡宮

しおやはちまんぐう

八代城下の西方に鎮座する八幡宮。寛永9年(1632年)、八代城に隠居した細川忠興(三斎)が、かねて崇敬していた豊前の宇佐神宮から分霊を勧請して創建したと伝わる。明暦元年(1655年)、八代城主松井興長が現在地へ社殿を移し、八代城下西域を守る鎮守と定めた。以来、塩屋町の氏神として町人の信仰を集めてきた。九州三大祭のひとつに数えられる八代神社(妙見宮)の妙見祭では、当宮が神幸行列の御旅所となる。11月22日に神輿が妙見宮から「お下り」して当宮に泊まり、翌23日の早朝、当宮を起点に「お上り」の行列が妙見宮へ向けて出発する。祭りの二日間、八代の町の中心となる社である。

所在地
熊本県八代市八幡町1-11
御祭神
応神天皇、神功皇后
系統
八幡
京都府開運

白峰神宮

しらみねじんぐう

白峯神宮は、代々鞠と和歌の宗家であった公家・飛鳥井家の邸宅跡に鎮座する。御祭神として崇徳天皇と淳仁天皇、蹴鞠の神である精大明神を祀る。境内には樹齢数百年と伝わる霊木「小賀玉の木」がそびえ、京都御所にほど近い立地にありながら、静けさを保つ社として知られている。

所在地
京都府京都市上京区今出川通堀川東飛鳥井町261
御祭神
崇徳天皇、淳仁天皇
京都府開運

崇道神社

すどうじんじゃ

桓武天皇の弟・早良親王を祭神とする。親王は藤原種継暗殺事件に連座して廃太子となり、淡路へ配流される途上で没した。その後、都で疫病や近親者の不幸が相次いだことが親王の祟りとされ、鎮魂のために当社が創建されたと伝わる。創建年は詳らかでないが、御霊信仰が広まった貞観年間(859〜877)頃とされる。鎌倉から室町期にかけて周辺の廃絶した社を合わせ、上高野一帯の産土神となり、江戸時代には「高野御霊」と呼ばれた。明治41年(1908)には式内社・伊多太神社を境内へ遷座し、大正4年(1915)には出雲高野神社と小野神社を再興して合祀している。崇道天皇のみを祭神とする神社としては京都で唯一とされる。

所在地
京都府京都市左京区上高野西明寺山町34
御祭神
早良親王(崇道天皇)
東京都開運

水天宮

すいてんぐう

文政元年(1818)、久留米藩9代藩主・有馬頼徳が国元の久留米水天宮の分霊を三田赤羽の江戸上屋敷内に勧請したことに始まる。屋敷内の社でありながら庶民の信仰が篤く、毎月5日に屋敷の門を開いて参拝が許されたと伝わる。明治維新後の明治4年(1871)に青山へ、翌明治5年(1872)に現在の日本橋蛎殻町へ遷座した。御祭神は天御中主大神・安徳天皇・建礼門院・二位の尼の四柱で、江戸時代から安産・子授けの神として崇敬され、戌の日には安産祈願の参拝者で賑わう。

所在地
東京都中央区日本橋蛎殻町二丁目4番1号
御祭神
天御中主神、安徳天皇
山口県勝負運厄除け

住吉神社

すみよしじんじゃ

長門国一宮で、大阪の住吉大社、博多の住吉神社と並ぶ「日本三大住吉」の一社。社伝では、神功皇后が三韓出兵の折に住吉大神から「吾が荒魂を穴門の山田村に祀れ」という神誨を受けて創祀したと伝え、住吉三神の荒魂を祀るのが大きな特色である。相殿に応神天皇・武内宿禰命・神功皇后・建御名方命を祀る。『延喜式』神名帳には名神大社として載る。本殿は応安3年(1370年)に大内弘世が造進したもので、五つの社殿を檜皮葺の屋根で連ねた九間社流造という全国的にも特異な形式をもち、室町初期の社寺建築として昭和28年に国宝に指定された。拝殿は天文8年(1539年)に毛利元就が寄進したもので、室町末期の手法をよく伝え昭和29年に国の重要文化財に指定されている。歴代の領主から手厚い保護を受けてきた古社である。

所在地
山口県下関市一の宮住吉一丁目11-1
御祭神
住吉三神、応神天皇
系統
八幡
奈良県勝負運厄除け

手向山八幡宮

たむけやまはちまんぐう

天平勝宝元年(749)、東大寺の大仏(盧舎那仏)造立にあたり、豊前国(現・大分県)の宇佐八幡宮から勧請され、東大寺の鎮守社とされた古社。御祭神は応神天皇・姫大神・仲哀天皇・神功皇后・仁徳天皇。現在の本殿は元禄4年(1691)の再建と伝わる。東大寺に隣接する手向山の麓に鎮座し、古くから紅葉の名所として知られる。毎年10月5日には勧請ゆかりの祭事である転害会(てがいえ)が行われ、東大寺転害門でも神事が営まれる。

所在地
奈良県奈良市雑司町434
御祭神
応神天皇、姫大神
系統
八幡
滋賀県開運

田村神社

たむらじんじゃ

厄除・交通安全の神として知られ、征夷大将軍・坂上田村麻呂公を主祭神に、嵯峨天皇・倭姫命を祀る。社伝によれば、垂仁天皇45年に甲可翁が倭姫命の生霊を鎮祭して「高座大明神」と称したのに始まり、弘仁3年(812年)正月、鈴鹿峠の悪鬼を平定した田村麻呂公の遺徳を仰いだ嵯峨天皇の勅により、この土山の地に祀られた。弘仁13年(822年)4月8日に現在地へ遷座し「田村大明神」と称されるようになったと伝わる。近江と伊勢の国境にあたる交通の要衝に鎮座し、かつては東海道が境内を通っていた。現在の本殿は御鎮座1200年記念事業として平成23年(2011年)に造替されたもの。

所在地
滋賀県甲賀市土山町北土山469
御祭神
坂上田村麻呂公(正一位田村大明神[注 1])、嵯峨天皇
宮崎県交通安全勝負運

立磐神社

たていわ じんじゃ

立磐神社は住吉三神と神武天皇を祀る神社。神武天皇が美々津港から東征へ船出した地として知られ、航海安全・勝運の信仰を集めます。

所在地
宮崎県日向市美々津町3419
御祭神
底筒男命、中筒男命
系統
住吉
山口県勝負運厄除け

遠石八幡宮

といしはちまんぐう

推古天皇30年(622)、宇佐八幡大神の神霊が現れ「この地に跡を垂れ国民を守らん」と告げたという伝承を創祀とし、和銅元年(708)の社殿造営をもって創建とする古社。地名「遠石」もこの神託の故事に由来すると伝わる。平安時代には石清水八幡宮の別宮となり、のち毛利氏や歴代徳山藩主の崇敬を受けて発展した。祭神は応神天皇(品陀和気命)を主神に、神功皇后と宗像三女神を祀り、厄除開運・安産・交通安全などの神徳で知られる。

所在地
山口県周南市遠石2-3-1
御祭神
品陀和気命(応神天皇)
系統
八幡
大阪府勝負運厄除け

壺井八幡宮

つぼいはちまんぐう

壺井八幡宮は、寛仁4年(1020)に源頼信が河内国司としてこの地に館を構えたことに始まる。その子・頼義は康平7年(1064)5月15日、前九年の役から凱旋したのち、京都の石清水八幡宮の神霊を私邸東側に勧請して社殿を建立した。これが壺井八幡宮の起源であり、頼信・頼義・義家の三代がこの地に住んだことから、河内源氏の氏神として崇敬されるようになった。天仁2年(1109)には義家の六男・源義時が摂社壺井権現社を創建し、頼信・頼義・義家の霊を祀っている。壺井権現社は京都の六孫王神社、川西市の多田神社と並び「源氏三神社」の一つに数えられる。本殿は度重なる兵火で焼失し、現在の社殿は元禄14年(1701)、徳川綱吉の命により柳沢吉保が再建したものである。境内には源義家着用と伝わる黒韋威胴丸や僧形八幡神像(いずれも国指定重要文化財)、天光丸の太刀(重要美術品)、源氏の白旗のほか、樹齢1000年ともいわれる大楠が伝わる。

所在地
大阪府羽曳野市壺井605-2
御祭神
誉田別尊、神功皇后
系統
八幡
三重県勝負運厄除け

津八幡宮

つはちまんぐう

建武年間(1334〜38)に山城国男山の石清水八幡宮の分霊を垂水村千歳山に勧請したのが起源と伝わる。津藩2代藩主・藤堂高次が鷹狩の際に当社で雨宿りをした縁で崇敬を寄せ、寛永9年(1632)正月に藤方村の現在地へ社殿を遷して造営し、藩祖・藤堂高虎の神霊も合祀された。寛永21年(1644)には垂水村・藤方村のうちから300石が神領として寄進されている。御祭神は応神天皇・神功皇后で、相殿に住吉大神・藤堂高虎公を祀る。寛永12年(1635)に始まった当宮の祭礼が津まつりの起こりとされ、城下町津の伝統行事として今日まで続いている。

所在地
三重県津市藤方2339
御祭神
応神天皇、神功皇后
系統
八幡
大阪府学業成就

綱敷天神社

つなしきてんじんしゃ

弘仁13年(822)、嵯峨天皇が当地(神山)に行幸し頓宮を構えて一夜を過ごしたことに由来する。崩御後の承和10年(843)、皇子の源融が追悼のため頓宮跡に嵯峨天皇を祀る社殿を建立し「神野太神宮」と号したのが御本社の前身。昌泰4年(901)、菅原道真が大宰府へ左遷される途上、当地に咲く紅梅を眺めるため船の艫綱を円座状に敷いて座った故事から「綱敷」の社名が起こった。正暦4年(993)、道真への正一位追贈を機に、神野太神宮と道真を祀る梅塚天満宮を合祀し、御本社・御旅社の体制となった。この紅梅が「梅田」の梅の字の由来、「北野天神」の呼称が繁華街「キタ」の語源になったとも伝わる、梅田・キタの氏神。嵯峨天皇を主祭神として祀る神社は全国唯一とされる。

所在地
大阪府大阪市北区神山町9-11
御祭神
嵯峨天皇、菅原道真
系統
天神
神奈川県家内安全勝負運

鶴岡八幡宮

つるがおか はちまんぐう

鶴岡八幡宮は応神天皇・比売神を祀る神社。勝運・厄除けのご利益で知られ、1063年(康平6年)に創建された由緒ある神社です。

所在地
神奈川県鎌倉市雪ノ下2-1-31
御祭神
応神天皇、比売大神
系統
八幡
神奈川県勝負運厄除け

鶴嶺八幡宮

つるみねはちまんぐう

長元3年(1030)、源頼義が下総の乱平定に際し、懐島郷(現在の茅ヶ崎)に石清水八幡宮を勧請したのが創祀と伝わり、源氏が関東進出の第一歩として祀った最初の氏神社とされる。康平6年(1063)に頼義が鎌倉に鶴岡八幡宮の前身を建立すると、当宮は「本社八幡宮」と呼ばれた。弘安4年(1281)の蒙古襲来に際しては退散の祈祷が行われ、これにちなむ「晦日祭」が例祭として伝わった。江戸時代には徳川幕府から朱印地の寄進を受け、昭和9年(1934)に郷社に列格。祭神は応神天皇・仁徳天皇・佐塚大神で、菅原道真を合祀する。

所在地
〒 253-0086神奈川県茅ヶ崎市浜之郷462
御祭神
応神天皇、仁徳天皇
系統
八幡
香川県開運家内安全

鶴尾神社

つるおじんじゃ

香川県に鎮座する春日系の神社です。御祭神は氣長足姫尊、譽田別天皇、莵道稚郎子尊。開運・家内安全のご利益で知られます。

所在地
香川県高松市西春日町字北山浦1066番地
御祭神
氣長足姫尊、譽田別天皇
系統
春日
京都府勝負運厄除け

宇治上神社

うじがみじんじゃ

宇治川東岸、朝日山の山裾に鎮座する。応神天皇の末の皇子で聡明さゆえに皇太子に立てられた菟道稚郎子命を主祭神とし、応神天皇・仁徳天皇を併せ祀る。社伝では、応神天皇の崩御後に菟道稚郎子が兄の仁徳天皇へ皇位を譲ろうとし、仁徳天皇も父帝の定めを変えられないとして3年にわたり譲り合った結果、世の乱れを憂えた菟道稚郎子が自ら命を絶ち、これを知った仁徳天皇が難波から急ぎ宇治へ赴いて手厚く葬ったことが、のちの創建の由来になったと伝える。京都府の説明によれば、本殿(国宝)は平安時代後期に伐採された木材を用いた一間社流造の三殿からなり、神社建築としては日本最古の本殿とされる。拝殿(国宝)は鎌倉時代前期に伐採された桧を使った優れた建物遺構である。「古都京都の文化財」の構成資産として世界文化遺産に登録されている。御神徳は学業成就・武運隆昌・家内安全で、祭神名の「菟」にちなみうさぎの授与品でも知られる。

所在地
京都府宇治市宇治山田59
御祭神
菟道稚郎子命、応神天皇
系統
八幡
大分県開運勝負運

宇佐神宮

うさ じんぐう

宇佐神宮は八幡大神・比売大神を祀る神社。勝運・厄除けのご利益で知られ、725年(神亀2年)に創建された由緒ある神社です。

所在地
大分県宇佐市南宇佐2859
御祭神
応神天皇、比売大神
系統
八幡
滋賀県勝負運厄除け

宇佐八幡宮

うさはちまんぐう

治暦元年(1065)、前九年の役ののち近江国錦織郷に館を構えた源頼義が、九州の宇佐神宮から八幡神(応神天皇)を勧請し、産土神として創建したと伝わる。社地を探していた頼義を神鳩が現れて導いたといい、以来この山は宇佐山と呼ばれるようになった。宇佐山の中腹に本殿と上拝殿、山麓に下拝殿と鳥居があり、「むしはちまん」とも称されて子どもの守り神として信仰される。本殿の両脇には子どもの成長を祈願する土鳩の人形が数多く奉納されている。例祭の「夜まつり」では松明の明かりの中、2基の神輿が上拝殿から下拝殿への急坂を威勢よく下る。平成26年(2014)には創建950年祭が斎行された。

所在地
滋賀県大津市錦織1-15
御祭神
八幡大神(応神天皇)
系統
八幡
徳島県勝負運厄除け

宇佐八幡神社

うさはちまんじんじゃ

慶長年間(1596〜1615)、徳島藩祖・蜂須賀家政に招かれて播磨国から移住し、撫養で塩田を開いた馬居七郎兵衛らが八幡宮を勧請し、斎田村の氏神として祀ったのに始まる。1644年に現在地へ遷座し、1673年に本殿、1688年に拝殿を創建。現在の本殿・拝殿は1770年・1778年の造営で、明治5年(1872)に郷社に列した。斎田・黒崎の総氏神として崇敬され、創建の頃より子宝・安産の守り神として知られる。御祭神は応神天皇・仲哀天皇・神功皇后。毎年10月13日には女性が主体となって供物を献上する「お御供神事」(徳島県指定無形民俗文化財)が行われる。

所在地
徳島県鳴門市撫養町黒崎八幡130
御祭神
応神天皇、仲哀天皇
系統
八幡
岡山県勝負運厄除け

牛窓神社

うしまどじんじゃ

瀬戸内海を見下ろす牛窓の丘に鎮座し、牛窓八幡宮とも呼ばれる。もとは牛窓の土地の神霊と祖先の神霊を祀って牛窓明神と称したが、平安時代の長和年間(1012〜16)に教円大徳が豊前の宇佐八幡宮から応神天皇・神功皇后・比賣大神・武内宿禰命の神霊を迎えて牛窓八幡宮となったと伝わる。明治6年(1873)に郷社に列せられ、現社名に改められた。東備の鎮守として崇敬され、10月第4日曜の秋季例祭では神輿が町内のお旅所を巡り、船型のだんじりが練り歩く。末社の疫神社では唐子踊、御霊社では太刀踊が奉納される。牛窓海水浴場の横から長い石段の表参道が続く。

所在地
岡山県瀬戸内市牛窓町牛窓2147
御祭神
応神天皇、神功皇后
系統
八幡
兵庫県勝負運厄除け

魚吹八幡神社

うすきはちまんじんじゃ

神功皇后摂政3年(202年)、皇后が神託を受けて宇須伎津の浄地を開き、小さな社を建てて玉依比賣命を祀り敷嶋宮と号したのが起こりと伝えられる。のちに仁徳天皇7年(319年)、応神天皇(品陀和氣命)と神功皇后(息長足比賣命)を合わせ祀り、現在の三柱となった。播磨地方でも最大級の24か町・1万数千戸におよぶ氏子圏を持ち、当社の祭礼に漁民が一斉に休漁して網を干して参詣したことが「網干」の地名の由来と伝えられる。10月21日・22日の秋季例祭は「ちょうちん祭り」として知られ、宵宮では楼門前で提灯を叩き合う「提灯練り」が繰り広げられる。本宮には18台の屋台が集まり、楼門前や本殿前で「チョーサー」の掛け声とともに練り合わされる。

所在地
兵庫県姫路市網干区宮内193
御祭神
応神天皇、神功皇后
系統
八幡
茨城県勝負運厄除け

若宮八幡宮

わかみやはちまんぐう

応永年間(1394〜1428)、佐竹氏12代の佐竹義仁が鎌倉の鶴岡八幡宮から分霊を勧請し、太田城内に守護神として祀ったのが始まりと伝わる。以後は佐竹氏歴代の祈願所となり、関ヶ原の戦い後に佐竹氏が秋田へ移封された際には、分霊が大館城の守護神として奉持された。江戸時代には水戸徳川家の崇敬を受け、慶長14年(1609)に初代藩主徳川頼房の病気平癒祈願が成就したと伝えられる。水戸藩が領内の八幡社を整理した「八幡改め」の際にも存続を許された四社の一つに数えられ、宝永5年(1708)に現在地へ遷座した。祭神は仁徳天皇にあたる大鷦鷯尊で、倉稲魂命を併せ祀る。境内には樹齢500年を超えるケヤキの巨木群があり、最大のものは高さ約30m、幹周約8.5mで茨城県の天然記念物に指定されている。

所在地
茨城県常陸太田市宮本町2344
御祭神
大鷦鷯尊(仁徳天皇)、倉稲魂命
系統
八幡
京都府勝負運厄除け

若宮八幡宮社

わかみやはちまんぐうしゃ

天喜元年(1053)、後冷泉天皇の勅願により源頼義が六条醒ヶ井に創建したと伝わる。応仁の乱で荒廃した後は社地を転々とし、慶長10年(1605)に現在の五条坂へ移った。現社殿は承応3年(1654)の再建。祭神は応神天皇・仲哀天皇・神功皇后で、相殿に仲恭天皇と陶祖神・椎根津彦命を祀る。昭和24年(1949)、清水焼発祥の地である五条坂の土地柄から椎根津彦命が合祀され、以後「陶器神社」の通称で親しまれる。毎年8月には大祭とあわせて陶器祭が行われ、五条坂一帯が陶器市で賑わう。

所在地
京都府京都市東山区五条橋東五丁目480
御祭神
応神天皇、仲哀天皇
系統
八幡
大阪府開運

彌榮神社

やえいじんじゃ

旧記によれば、文禄年間(1592〜1595)に出雲国意宇郡の熊野大社(現在の島根県松江市)から御分霊を迎えて祀ったのが創建と伝わる。当初は牛頭天王社と呼ばれ、創立以来この地の鎮守として信仰されてきた。明治5年(1872)に村社に列せられ、社号を現在の彌榮神社に改めている。明治43年(1910)には旧岡村の御館神社を合祀した。御祭神は素戔嗚尊と仁徳天皇。7月の夏祭では御神輿と鳳輦を中心とした行列が氏地を巡り、天王寺区餌差町の味原御旅所と生野区勝山北の岡御旅所へ渡御する。鶴橋・桃谷の市街地に鎮まる氏神として、今も地域の祭礼の中心となっている。

所在地
大阪府大阪市生野区桃谷2-16-22
御祭神
素戔嗚尊、仁徳天皇
奈良県開運

吉水神社

よしみずじんじゃ

吉水神社は、もとは吉水院と称する修験宗の僧坊で、天武天皇の時代(白鳳年間)に役行者が創建したと伝えられる。後醍醐天皇、楠木正成公、吉水宗信法印を祀り、南朝ゆかりの地としても知られる。

所在地
奈良県吉野郡吉野町吉野山579
御祭神
後醍醐天皇、楠木正成
奈良県開運

吉野神宮

よしのじんぐう

明治22年(1889)、明治天皇が南朝初代・後醍醐天皇の遺徳を偲んで創立を命じた神社で、明治25年(1892)の鎮座祭では、それまで吉水神社に奉安されていた後醍醐天皇の尊像が本殿へ遷された。祭神は後醍醐天皇。現在の社殿は昭和7年(1932)に改築された総檜造で、近代神社建築の代表作と評される。本殿が北を向いて建つのは、吉野で崩御した後醍醐天皇の京都への帰還の願いを汲んだものと伝わる。境内の摂社3社には日野資朝・児島高徳ら建武中興に尽くした7人の功臣が祀られている。

所在地
奈良県吉野郡吉野町吉野山3226
御祭神
後醍醐天皇
神奈川県勝負運厄除け

亀岡八幡宮(逗子)

かめおかはちまんぐう

亀岡八幡宮(逗子)は、神奈川県逗子市逗子に鎮座する八幡宮。同名の仙台・市谷の亀岡八幡宮や、中津の亀岡八幡神社と区別するため、逗子の地名を付けて整理しています。

所在地
神奈川県逗子市逗子
御祭神
応神天皇
系統
八幡

よくある質問

天皇を祀る神社にはどのような御利益がありますか?

御祭神によって異なります。応神天皇(八幡信仰)は武運長久・勝運、神武天皇は国家安泰・開運、明治天皇は国家繁栄などのご利益で語られることが多いですが、神社ごとの由緒を確認することをおすすめします。

八幡神社の御祭神が天皇なのはなぜですか?

八幡神社の中心的な御祭神である八幡大神は、応神天皇と同一視されています。母である神功皇后、比売大神とあわせて祀られる例が多く、これが全国の八幡宮・八幡神社の信仰の由来になっています。

崇徳天皇や安徳天皇を祀る神社が持つ意味は何ですか?

非業の最期を遂げた人物を丁重に祀ることで、その御霊を鎮め、災いを鎮めるという御霊信仰の考え方に基づいています。崇徳天皇を祀る白峰神宮・金刀比羅宮、安徳天皇を祀る赤間神宮・水天宮などが知られています。