初詣先は「大きな神社に行く」だけが正解ではありません。まず自分の住む地域の氏神様(産土神)を調べ、そのうえで縁のある神社や、御祭神のご利益で選ぶ方法があります。混雑を避けたい場合は、有名神社の松の内以降の参拝や、地元神社との組み合わせ(二番詣で)も選択肢になります。
初詣の作法・服装・混雑を避けるコツなど参拝の基本は、詳しい解説記事もあわせて確認してください。
公式情報で初詣の参拝者が多いことが確認できる神社を82社紹介。地元の氏神様から全国的に知られる神社まで、初詣先を選ぶ参考にできます。
初詣先は「大きな神社に行く」だけが正解ではありません。まず自分の住む地域の氏神様(産土神)を調べ、そのうえで縁のある神社や、御祭神のご利益で選ぶ方法があります。混雑を避けたい場合は、有名神社の松の内以降の参拝や、地元神社との組み合わせ(二番詣で)も選択肢になります。
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この一覧は、各神社の公式サイトなど確認できる情報源をもとに「初詣」との関連が確認できた神社のみを掲載しています。掲載されていない神社でも、地域の氏神様として初詣を受け付けている場合が多くあります。地域から探したい場合は地域別一覧もご活用ください。
公式情報で初詣との関連が確認できた神社をまとめています。
社伝によれば、安閑天皇元年(531年)、物部姓礒部氏がその氏神である経津主神を祀ったことに始まり、後に機織や農耕の神とされる比売大神をあわせ祀るようになったと伝わる。1400年以上の歴史を持つ上野国一之宮で、延喜式にも名神大社として名を連ねる古社である。現在の社殿は寛永12年(1635年)、3代将軍徳川家光の命により造営されたもので、江戸初期の漆塗り極彩色の建築として国の重要文化財に指定されている。参道を上った先の総門から石段を下った位置に社殿が鎮座する、全国でも珍しい「下り宮」としても知られる。
社伝によれば、慶雲4年(707年)、麿子親王によって創建されたと伝わる古社である。祭神の大己貴神は大国主神の別名としても知られ、国土経営に関わる神として信仰されてきた。かつて丹波国と丹後国の境に鎮座していたことから、両国の守護神として崇敬を集めたと伝わる。江戸時代には三輪明神とも呼ばれ、福知山藩の鎮守として藩主から篤い崇敬を受けた。明治以降は旧社格府社に列せられ、境内には鎌倉時代の作と伝わる石灯籠が残る。
三嶋大社は大山祇命・積羽八重事代主神を祀る神社。商売繁盛・家内安全のご利益で知られ、不明(奈良時代に記録あり)に創建された由緒ある神社です。
上杉神社は上杉謙信公を祀る神社。開運招福・諸願成就のご利益で知られ、1871年(明治4年)に創建された由緒ある神社です。
上賀茂神社は賀茂別雷大神を祀る神社。厄除け・方除けのご利益で知られ、678年(天武天皇7年)に創建された由緒ある神社です。
上野東照宮は寛永4年(1627年)の創建と伝わり、徳川家康公を東照大権現として祀る神社である。日光・久能山の東照宮とともに、全国に数多く分社が置かれた東照宮の一社にあたる。現在の社殿は江戸時代初期に造営されたもので、金色殿と通称される社殿をはじめとする建造物群は、戦火や震災による被害を免れ、江戸初期建築の貴重な遺構として国の重要文化財に指定されている。出世や勝利、健康長寿にゆかりのある神として参拝されているとされる。
下鴨神社は賀茂建角身命・玉依媛命を祀る神社。縁結び・安産のご利益で知られ、紀元前90年(伝承)に創建された由緒ある神社です。
大分県中津市の中津城址に鎮座し、「豊前の国のお伊勢様」として親しまれている神社です。伊勢神宮より天照大御神・豊受大御神の御分霊を奉迎鎮祭しており、今も地域の信仰を集めています。
丹生都比売神社は丹生都比売大神等を祀る神社。諸災守護・安産のご利益で知られ、不明(1700年以上前)に創建された由緒ある神社です。
明治天皇崩御の際に殉死した乃木希典大将と乃木静子夫人を祀る神社。1923年創建。乃木将軍の旧邸宅(乃木邸)が境内に保存されている。毎年9月13日の例大祭には多くの参拝者が訪れる。
亀山八幡宮(下関)は、応神天皇・仲哀天皇・神功皇后を祀る山口県下関市唐戸地区の八幡宮。勝負運・厄除けのご利益で知られ、関門海峡に近い下関の鎮守として親しまれています。
亀山八幡神社(呉市安浦町)は、広島県呉市安浦町内海北に鎮座する八幡神社。市有形文化財の本殿は江戸初期の特徴を残す、瀬戸内沿岸・島嶼部を代表する建造物です。
亀岡八幡宮(仙台)は、宮城県仙台市青葉区川内亀岡町に鎮座する八幡宮。伊達氏ゆかりの神社で、応神天皇・神功皇后・玉依姫命を祀ります。
亀岡八幡宮(逗子)は、神奈川県逗子市逗子に鎮座する八幡宮。同名の仙台・市谷の亀岡八幡宮や、中津の亀岡八幡神社と区別するため、逗子の地名を付けて整理しています。
弘仁年間(810~824)、嵯峨天皇の勅命により創建されたと伝わります。延喜式神名帳に記された式内社の論社とされ、下総国二宮として朝廷からの崇敬を受けました。江戸時代には徳川家康から朱印地10石が与えられています。治承4年(1180)、当地に住み着いた藤原師経が祖先の藤原時平を相殿に合祀したと伝わり、現在の社殿は安永年間(1772~1781)の再建で、大きな唐破風を持つ権現造です。
五社神社は、曳馬城(後の浜松城)主・久野越中守により城内に創建されたと伝わります。徳川家康が浜松城主であった天正7年(1579)、秀忠公誕生に際し産土神として崇敬され、翌天正8年(1580)に現在地へ遷座しました。一方の諏訪神社は、延暦10年(791)に坂上田村麻呂が東征の折に創建したと伝え、弘治2年(1556)に曳馬城下へ遷座し、同じく秀忠公の産土神として崇敬されました。両社殿はかつて「お江戸見たくば五社諏訪ごろじ」と謡われた壮麗な建築でしたが、昭和20年(1945)の戦災で焼失。昭和37年(1962)に両社が合祀され、昭和57年(1982)竣工の現社殿に奉斎されています。
伊勢神宮 内宮は天照大御神を祀る神社。国家安泰・開運のご利益で知られ、紀元前4年(伝承)に創建された由緒ある神社です。
全国に約3万社ある稲荷神社の総本社。711年創建。千本鳥居で有名で、外国人観光客にも人気が高い。稲荷山全体が御神体で、山頂まで約4kmの参道が続く。
住吉大社は底筒男命・中筒男命を祀る神社。航海安全・お祓いのご利益で知られ、211年(伝承)に創建された由緒ある神社です。
八坂神社は素戔嗚尊・櫛稲田姫命を祀る神社。厄除け・疫病退散のご利益で知られ、656年(伝承)に創建された由緒ある神社です。
八幡大神社は、明暦3年(1657年)の明暦の大火で焼け出された江戸・神田連雀町の住民が代替地としてこの地を与えられ、連雀新田を開いたことに始まる。名主松井治兵衛ら村役人が幕府に社寺の建立を願い出て、老中松平伊豆守や寺社奉行の検分を経て許可され、社地1万坪・寺地2万坪が除地として定められた。こうして寛文4年(1664年)、村の鎮守として創建されたのが当社であると伝わる。御祭神は応神天皇(誉田別命)。江戸時代には別当寺であった禅林寺の前身・松之坊の隣接地に社殿が営まれ、享保10年(1725年)に改修、弘化元年(1844年)に再建された。明治6年(1873年)の神仏分離により禅林寺から独立して村社に列格し、現在の社殿は昭和40年(1965年)に新築、平成3年(1991年)に現在地へと移された。例祭で渡御する二之宮神輿の鳳凰の目に用いられたダイヤモンドは、1994年版ギネスブックに日本一として掲載されたことでも知られる。
鳩森八幡神社の創建には、いにしえの瑞祥にまつわる伝承が残る。かつてこの地の森にたびたび瑞雲が現れ、村人が分け入ると多くの白い鳩が西へ飛び立ったといい、この不思議な出来事にちなんで祠が建てられ「鳩森」と名付けられたと伝わる。貞観2年(860年)、関東巡教中の慈覚大師円仁がこの地に立ち寄った際、村民の願いを受けて神功皇后と応神天皇の御尊像を祀り、「正八幡宮」として崇敬されるようになったという。現在も応神天皇・神功皇后の二柱を御祭神とする。社殿は弘化2年(1845年)に上棟した欅造りであったが、昭和20年(1945年)の戦災で焼失し、戦後の復興を経て平成5年(1993年)に戦前の姿へと復元された。戦火をくぐり抜けたご神木の銀杏は、今も境内で命をつないでいる。境内には都内最古とされる富士塚(鳩森八幡神社富士塚)や将棋堂もあり、多くの参拝者に親しまれている。
社伝によると、景行天皇58年に皇子・稲背入彦命が大和国穴師の地に八千矛神を祀ったのが始まりとされる。近江国高穴穂宮への遷都に伴い穴太へ遷り、欽明天皇の御代を経て養老2年(718年)、現在の野洲市五条の地に社殿を造営し鎮座したと伝わる。御祭神の八千矛神は大国主神の別名で、手名椎神・足名椎神を配祀する。延喜式神名帳に名神大社として名を連ねる古社で、近江国屈指の格式を誇り、1915年には県社に列せられた。境内の鳥居と楼門は足利尊氏の寄進と伝えられ、平安時代の作庭とされる池泉回遊式庭園は国の名勝に指定されている。2018年には鎮座1300年の節目を迎えた。
出羽三山神社は月読命・大山祇命を祀る神社。家内安全・商売繁盛のご利益で知られ、593年(推古天皇元年)伝承に創建された由緒ある神社です。
出雲大社は大国主大神を祀る神社。縁結び・商売繁盛のご利益で知られ、神代(伝承)に創建された由緒ある神社です。
出雲大社大阪分祠は、島根県の出雲大社から分祠された神社で、昭和21年(1946年)春、初代教主・吉村亀治によって創建された。亀治の祖父は大峰山の修験道場・龍泉寺の住職を務めた人物で、亀治自身も修験道と深いつながりを持っていたと伝わる。池田市五月山の愛宕神社に関わりのあった内海敏勝から、火之迦具土神(愛宕大権現)の教えを広めるよう託されたことが創建の契機になったとされ、当初は愛宕大権現を祀る河内分社として出発した。昭和23年(1948年)に島根の出雲大社から大国主命の御分霊を拝受し、昭和33年(1958年)に現在の「出雲大社大阪分祠」の名称に改めた。御祭神は大國主命・火之迦具土神・武甕槌大神の三柱で、縁結びの神として親しまれている。
北口本宮冨士浅間神社は木花開耶姫命・天孫彦火瓊瓊杵尊を祀る神社。安産・火防のご利益で知られ、110年(景行天皇40年)伝承に創建された由緒ある神社です。
北野天満宮は菅原道真公を祀る神社。学業成就・厄除祈願のご利益で知られ、947年(天暦元年)に創建された由緒ある神社です。
千葉神社は、平安時代に関東を治めた武将・平良文が妙見菩薩(北斗妙見)に篤く祈願し、戦のたびに加護を得たと伝わることに始まる。良文を祖とする千葉氏の三代目・平忠常が、長保2年(1000年)に香取山の一画に妙見の分霊を祀る祠を建て、「北斗山金剛授寺」として中興したのが起源とされる。第66代一条天皇が眼病平癒を祈願したところ回復したとの言い伝えから、勅願所として綸旨と寺号を賜ったという。千葉氏と縁の深い源頼朝は自筆の願文や太刀を奉納して武運を祈り、日蓮上人も参籠して妙見を法華経守護の神と讃えたと伝わる。徳川家康も篤く崇敬し、社領二百石を寄進するとともに、十万石の大名に準じる格式を与えたとされる。明治2年(1869年)の神仏分離令により、長く続く妙見大祭の神輿渡御の様式を保つため「千葉神社」と改称し、今日に至る。
善知鳥神社は宗像三女神(多紀理毘売命・市寸島比売命を祀る神社。交通安全・海上安全のご利益で知られ、大同年間(806年 - 810年)に創建された由緒ある神社です。
多度大社は天津彦根命を祀る神社。雨乞い・厄除けのご利益で知られ、雄略天皇の時代(伝承)に創建された由緒ある神社です。
大宮氷川神社は素戔嗚尊・奇稲田姫命を祀る神社。縁結び・家内安全のご利益で知られ、紀元前473年(伝承)に創建された由緒ある神社です。
大山(標高1252m)の山頂と中腹に社殿を持つ神社。雨降り山(あふりやま)とも呼ばれ、雨乞いの神として農民に信仰された。江戸時代には「大山詣り」が盛んで、多くの参拝者が訪れた。
大崎八幡宮は応神天皇・仲哀天皇を祀る神社。厄除け・必勝祈願のご利益で知られ、1607年(慶長12年)に創建された由緒ある神社です。
大鳥大社は延長5年(927年)完成の延喜式神名帳に「名神大社」として記載された古社で、和泉国の一宮に数えられる。祭神の日本武尊は東国平定などの功をなした後、伊勢国能褒野で没し、その御霊は白鳥となって大和・河内を経て最後にこの地へ舞い降りたと伝わり、これが創建の由来とされる。境内の「千種の杜」は、白鳥が舞い降りた際に一夜にして木々が生い茂ったという伝承にちなむ名である。相殿には大鳥氏の祖神と伝わる大鳥連祖神も祀られている。清和天皇の代に従三位に叙せられ、のちに正一位へ昇階するなど朝廷からも篤く崇敬され、平清盛・重盛父子が和歌と名馬を奉納したほか、織田・豊臣・徳川の歴代武将も社領の寄進や社殿造営を行った。社殿は「大鳥造」と呼ばれる古い様式で知られるが、兵乱や火災でたびたび焼失し、現在の社殿は明治42年に従来の形式にならって再建されたものである。
大麻比古神社は大麻比古大神・猿田彦大神を祀る神社。方除・厄除のご利益で知られ、神武天皇の時代(伝承)に創建された由緒ある神社です。
宇佐神宮は八幡大神・比売大神を祀る神社。勝運・厄除けのご利益で知られ、725年(神亀2年)に創建された由緒ある神社です。
安里八幡宮は、琉球王国・第一尚氏第七代の尚徳王によって1466年(文正元年)に創建されたと伝わり、『中山世鑑』や『琉球神道記』などの史書にその由来が記されている。尚徳王が喜界島への遠征に向かう途中、安里の地で空を飛ぶ鳥を見て「この矢で射落とすことができれば遠征を成就させたまえ」と祈願し、見事に射止めたという。さらに那覇港を出港する際、波間に梵鐘が浮き沈みしながら軍船のそばを離れず漂っていたため、尚徳王はこれを八幡大菩薩の加護と考え、戦勝を誓ったと伝えられる。遠征を成し遂げて凱旋した尚徳王は、矢を射た場所に社殿を建てるとともに、梵鐘を納めるための光明山千手院という寺院も隣接して建立した。御祭神は応神天皇・玉依姫命・神功皇后。琉球王国の官社であった「琉球八社」の一つに数えられ、その中で唯一八幡神を祀る神社である。
宮地嶽神社は息長足比売命・勝村大神を祀る神社。開運・商売繁盛のご利益で知られ、約1700年前(伝承)に創建された由緒ある神社です。
宮崎神宮は神日本磐余彦天皇(神武天皇)を祀る神社。開運・国家安泰のご利益で知られ、神代の時代の創建とされる由緒ある神社です。
富士山本宮浅間大社は木花之佐久夜毘売命を祀る神社。安産・火災消除のご利益で知られ、紀元前27年(伝承)に創建された由緒ある神社です。
居多神社は越後国一宮として知られる古社で、大国主命・奴奈川姫・建御名方命・事代主命を祀る。弘仁四年(813)に朝廷から従五位下、貞観三年(861)には従四位下を賜り、延長五年(927)の延喜式神名帳にも記載された式内社である。中世以降は越後国司や越後守護上杉家、上杉謙信からも篤く保護され、越後一宮として崇敬を集めてきた。浄土真宗の宗祖・親鸞聖人が越後に配流された際、上陸してまず参拝したと伝わる神社としても知られ、境内には聖人にまつわる「越後七不思議」の一つ、片方にしか葉を付けない片葉の葦が群生する。
常陸国出雲大社は大国主大神を祀る神社。縁結び・商売繁盛のご利益で知られ、1992年(平成4年)に創建された由緒ある神社です。
天平年間、遠江国司であった桜井王が国の安寧と繁栄を祈願し、国府庁舎内に八幡神を祀ったのが始まりと伝わる。延喜式内社には数えられなかったものの、歴代の国司に守られ続けてきた。中世には足利氏や今川氏からも篤い崇敬を受け、徳川家康は磐田御殿での鷹狩りの折に参詣し、関ヶ原合戦への出陣に際してもこの地から発したと伝えられる。江戸時代には2代将軍徳川秀忠が鳥居を、末娘の東福門院が本殿を寄進するなど幕府とも縁が深く、寛永12年(1635)には現在の楼門と社殿が再建された。明治22年の鉄道開通以降は中泉の総氏神として、今も地域の人々に守られている。
平安時代初期、坂上田村麻呂が東夷東征の折に岩木村へ宇佐八幡宮の分霊を勧請し、戦勝を祈願したのが始まりと伝わる。御祭神は誉田別命・息長足姫命・比売女神。慶長十七年(1612)、二代藩主津軽信牧の治世に、それまで大浦城の鎮守として崇められていた八幡宮が現在地へ遷座した。本殿と唐門は桃山様式を伝える代表的な神社建築として昭和十一年に国宝指定を受け、現在は国の重要文化財に指定されている。
彌彦神社は天香山命を祀る神社。縁結び・仕事運のご利益で知られ、和銅年間(708年 - 715年)以前に創建された由緒ある神社です。
創建については諸説あり、御香宮縁起では貞観四年(862)に境内から香りのよい水が湧き出た奇瑞により清和天皇から「御香宮」の名を賜ったと伝え、一方で弘仁十四年(823)に神功皇后の神託によって創建されたとも伝わる。主祭神の神功皇后は応神天皇の生母で、安産・子育ての神として篤く信仰される。天正十八年(1590)には豊臣秀吉が戦勝祈願のため太刀と願文を奉納し社領を寄進、慶長十年(1605)には徳川家康が社殿を再興した。元和八年(1622)には水戸徳川家初代の徳川頼房が伏見城の大手門を表門として寄進しており、現在の本殿・拝殿は江戸初期の建築として重要文化財に指定されている。
新屋山神社は大山祇神・天照大御神を祀る神社。金運・商売繁盛のご利益で知られ、1534年(天文3年)に創建された由緒ある神社です。
新田神社は、神亀山(しんきさん)と呼ばれる亀の形をした山の上に鎮座する。社伝によれば、天照大神から地上を治めるよう命を受けた瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)が高千穂峰に降臨したのち川内の地に至り、「千台(せんだい)」と呼ばれる高殿を築いて住まったと伝わり、これが「川内」の地名の由来とされる。また瓊瓊杵尊が川内川から水を引いて新しく田を開いたことにちなみ、「新田」の社号が付けられたという。平安時代の古文書には「新田宮」の名で登場し、承安三年ごろの火災で社殿を焼失した後、山頂に再興されたと伝わる。慶長年間には島津義久によって現在の社殿の基が造営され、明治18年には国幣中社に列せられた。大正9年には皇太子時代の昭和天皇が参拝し、以後も皇族の参拝を重ねている。
日光二荒山神社は二荒山大神(大己貴命・田心姫命を祀る神社。縁結び・安産のご利益で知られ、767年(神護景雲元年)に創建された由緒ある神社です。
日光東照宮は徳川家康公を祀る神社。大願成就・厄除けのご利益で知られ、1617年(元和3年)に創建された由緒ある神社です。
春日大社は武甕槌命・経津主命を祀る神社。国家無事・交通安全のご利益で知られ、768年(神護景雲2年)に創建された由緒ある神社です。
東京大神宮は天照皇大神・豊受大神などを祀る神社。縁結び・家内安全のご利益で知られ、1880年(明治13年)に創建された由緒ある神社です。
松原八幡神社は、天平宝字7年(763年)に妻鹿の漁師が「八幡大菩薩」と記された霊木を拾い上げ、それを祀ったことに由来すると伝わる。宇佐神宮からの勧請とされ、平安時代には松原荘が石清水八幡宮の社領となり、その別宮として位置づけられた。中殿に品陀和気命(応神天皇)、左殿に息長足姫命(神功皇后)、右殿に比咩大神(比咩三神)を祀る。
橿原神宮は神武天皇・媛蹈韛五十鈴媛命を祀る神社。国家安泰・開運招福のご利益で知られ、1890年(明治23年)に創建された由緒ある神社です。
武田神社は武田信玄公を祀る神社。勝運・厄除けのご利益で知られ、1919年(大正8年)に創建された由緒ある神社です。
気多大社は大己貴命を祀る神社。縁結びのご利益で知られ、崇神天皇の時代(伝承)に創建された由緒ある神社です。
氣比神宮は伊奢沙別命など七柱を祀る神社。海上安全・農漁業の守護のご利益で知られ、702年(大宝2年)に創建された由緒ある神社です。
温泉神社は、延喜式に記された磐城七社の一社と伝わる古社で、御祭神は大己貴命・少彦名命・事代主命の三柱。社伝によれば、上古は湯ノ岳の山頂に鎮座し、中世には観音山へ遷り、江戸時代の明和5年(1768)に現在地へ遷宮したという。本殿は元禄8年(1695)に造営されたもので、現在はいわき市の有形文化財に指定されている。いわき湯本温泉の鎮守として、古くから温泉の恵みに感謝する人々の信仰を集めてきた。
玉前神社は上総国一之宮の格式を持つ古社で、社名は地名「一宮町」の由来ともなっている。平安時代編纂の『延喜式神名帳』には「名神大社」として記載され、朝廷・豪族・幕府など各時代の権力者から篤い信仰を集めてきた。永禄年間の戦火により社殿や宝物、古文書の多くを焼失したため創建の詳細は明らかでないが、毎年9月に行われる例祭には少なくとも1200年の歴史があるとされる。社名の由来には御祭神にちなむ説や、九十九里浜の古称「玉の浦」に由来する説など複数の伝承が残る。
白山神社は菊理媛尊・伊弉諾尊を祀る神社。縁結び・家内安全のご利益で知られ、902年(延喜2年)に創建された由緒ある神社です。
秩父神社は八意思兼命・知知夫彦命を祀る神社。学業成就・心願成就のご利益で知られ、崇神天皇の時代(伝承)に創建された由緒ある神社です。
穗高神社は穂高見命・綿津見命を祀る神社。交通安全・産業安全のご利益で知られ、不明(平安時代以前)に創建された由緒ある神社です。
穴八幡宮は応神天皇・仲哀天皇を祀る神社。金運・虫封じのご利益で知られ、1062年(康平5年)に創建された由緒ある神社です。
竈門神社は、太宰府政庁の鬼門(北東)にあたる宝満山を神体山として祀る古社である。社伝によれば、天武天皇2年(673年)に山中で修行していた心蓮上人が「われはこれ玉依姫の霊、この山中に居すること年久し」との神託を受けたことを機に、上宮が建立されたと伝わる。主祭神の玉依姫命は「魂と魂を引き寄せる」神徳を持つとされ、縁結び・方除け・厄除けの神として信仰されてきた。遣隋使・遣唐使など大陸へ渡る人々が航海の安全を祈願して登拝した霊山としても知られる。803年に従五位上、1106年には正一位を授けられ、平安時代編纂の『延喜式』にも名神大社として記載されるなど、朝廷からも篤く崇敬された。明治28年(1895年)には官幣小社に列せられている。
筥崎宮は応神天皇・神功皇后を祀る神社。勝運・厄除けのご利益で知られ、921年(延喜21年)に創建された由緒ある神社です。
花園神社は、江戸時代に開かれた宿場町・内藤新宿の総鎮守として崇敬されてきた社で、徳川家康の江戸入府以前に大和国(奈良県)の吉野山から御分霊を勧請したのが始まりと伝わる。かつては現在の伊勢丹新宿店付近に鎮座していたが、寛永年間(1624~1645年)に尾張藩の下屋敷に囲まれる形になったことから現在地へ遷座した。遷座先には美しい花が咲き誇る庭園が広がっていたことから「花園稲荷」とも呼ばれるようになったという。倉稲魂命(うかのみたまのみこと)・日本武尊(やまとたけるのみこと)・受持神(うけもちのかみ)を祀り、日本武尊は武神としての性格から次第に商売繁盛を守る神としても信仰されるようになった。新宿の繁華街の中にありながら、今も地域住民や商人から篤い崇敬を集めている。
藤崎八旛宮は応神天皇・神功皇后を祀る神社。厄除け・勝負運のご利益で知られ、935年(承平5年)に創建された肥後国一之宮の由緒ある神社です。
談山神社は、中臣鎌足公を祀る多武峰の神社。大化改新に先立ち、中大兄皇子と鎌足公が談合した地と伝えられることから談山と呼ばれる。藤原氏の祖を祀る社として崇敬され、十三重塔など神仏習合の歴史を残す。
諏訪大社 上社本宮は建御名方神・八坂刀売神を祀る神社。勝運・家内安全のご利益で知られ、神代(古事記)に創建された由緒ある神社です。
諏訪大社 下社秋宮は建御名方神・八坂刀売神を祀る神社。勝運・家内安全のご利益で知られ、神代(古事記)に創建された由緒ある神社です。
貫前神社は経津主神・比売大神を祀る神社。厄除け・交通安全のご利益で知られ、531年(安閑天皇元年)に創建された由緒ある神社です。
赤坂氷川神社は東京都港区赤坂に鎮座する、厄除・縁結びの信仰が篤い氷川信仰の古社。徳川吉宗が造営した社殿が震災・戦災を免れて残り、東京十社の一社にも数えられます。
都農神社は宮崎県児湯郡都農町に鎮座し、延喜式神名帳にその名が記される式内社で、旧社格は国幣小社。日向国一之宮として古くから崇敬を集めてきた。御祭神は大己貴命で、国土の経営や人々の暮らしを支えた神として知られる。社伝によれば、神武天皇が東征に出立する際にこの地に立ち寄り、国土の平安と武運長久を祈願したことが創建の由来と伝わる。日向国における最も社格の高い神社として、古代より地域の信仰の中心であり続け、時代を経て現在も『日向国一之宮』の名にふさわしい風格ある社殿と杜を伝えている。
金刀比羅宮は大物主神・崇徳天皇を祀る神社。海上安全・病気平癒のご利益で知られ、不明(伝承あり)に創建された由緒ある神社です。
鎮西大社諏訪神社は建御名方神・八坂刀売神を祀る神社。厄除け・縁結びのご利益で知られ、1625年(寛永2年)に創建された由緒ある神社です。
神社の由緒・ご利益・アクセス情報を整備中です。
開成山大神宮は天照大御神・豊受大神を祀る神社。厄除け・家内安全のご利益で知られ、1876年(明治9年)に創建された由緒ある神社です。
靖国神社は護国の英霊を祀る神社。国家安泰・平和祈願のご利益で知られ、1869年(明治2年)に創建された由緒ある神社です。
香取神宮は、千葉県香取市に鎮座する香取信仰の総本社。経津主神を祀り、下総国一宮・勅祭社として篤く崇敬される、勝運・交通安全・災難除けで知られる神宮です。
高鴨神社は奈良県御所市鴨神に鎮座し、『日本最古の鴨社』『全国鴨社の元宮』と称される古社である。この地は鴨一族発祥の地とされ、古代豪族・鴨氏ゆかりの聖地として古くから祭祀が営まれてきた。その歴史は古事記や日本書紀にも記されており、御祭神である阿治志貴高日子根神(阿遅志貴高日子根命)にまつわる伝承が伝わる。葛城の地に根ざした鴨氏の氏神として、また全国に広がる賀茂社・鴨社の源流の一つとして、時代を超えて崇敬を集め続けている社である。
鹿島神宮は武甕槌大神を祀る神社。勝運・必勝祈願のご利益で知られ、紀元前660年(伝承)に創建された由緒ある神社です。
決まりはありません。氏神様、崇敬する神社、ご利益で選んだ神社など、どこに参拝しても問題ありません。複数の神社をまわる「三社参り」のような習慣がある地域もあります。
元旦から三が日は特に混雑します。松の内(1月7日、地域により15日まで)以降であれば落ち着いて参拝できる神社が多く、日程に余裕があれば時期をずらすのもおすすめです。
確認できる情報が少ない神社は一覧に含めていません。地元の神社が初詣を受け付けているかどうかは、神社の公式サイトやSNS、地域の神社庁の情報を確認してください。多くの神社は一覧の有無に関わらず初詣の参拝を受け付けています。